「愛がなんだ」と聴かないで。気まずいふたりの愛の行方〜ショートショートVol.4
エンドロールが終わった。
なんなんだろうこの映画は。
男はこの場から早く逃げ出したかった。
シネマショートショート
「愛がなんだ」と聴かないで。気まずいふたりの愛の行方。
立ち上がろうとする男。
そっと腕に手が添えられた。
ほっそりした女の手に意思が宿る。
「面白かったね」
「お、おお、ああ、面白かったね、俺、ちょっとトイレに行ってくるわ」
腕に添えられた手に力が入った。
「私って彼女だよね」
「ん?」
「私って彼女だよね」
「あ、ん~、そうかな、そうだよね」
「だって私と寝てるもんね」
「ね、寝て?うーんなんか今日眠いね、ちょっとトイレ先に、、」
腕に添えられた手が
がっしり肘あたりをロックしている。
「寝てるよね、私と」
「いやぁ公共の場だからね、そういうことは今はね」
女の表情はない。
「最低だよね、この男」
「え?お、俺?あ、あ、あ、この映画ね、いやぁ、そ、そうだよね」
「思わせぶりにしてさ、勝手に呼びつけてさ、やるだけやってさ」
「ま、まあ、人の恋愛って色々あるよね、きっと深い事情がね、彼らにもねきっと」
「誰かさんとそっくりだよね」
「ん~~、誰かいたかなぁ、いたかなぁ~、こういう男」
女の目が鋭く男を真っ直ぐに見つめている。
「あの男、追いケチャップとかってやってたけど、あざといよね、ほんと」
「いやぁ、もうみんな出ちゃってるから、まず、出ようか」
「誰かさんに、追いマヨネーズされたことあるけどね、、気持ち悪いだけだよね」
「ん~、追いマヨ?そんなことってあるのかな~」
「あとあの女もさぁ、‘好きならしょうがないって‘なんか結局そうやってる自分が可愛いんだよね」
「そ、そうかもしれないね、ある意味、似た2人なのかもしれないね」
「いや、それは全然違うけどね」
腕に捻りがぐいと来た。
ひぃっ!
「あの男が1番のクズだけどね」
腕はもう感覚が無い。
「もっと大切にしてくれる男と付き合えばいいのにね。あんな男を好きになる自分を好きになるんじゃなくて、自分に酔ってるだけだよね、あんなの」
「(前方を見て)あ、あ、なんか劇場の掃除の方もだいぶ入ってるみたいだからね、、もう迷惑になるからね」
「でさ、あの仲原っちって、なんか好きな女に振り回された男いたじゃん」
「は、はい」
「でも最後、潔かったよね。好きでいることを諦めるって決断したんだもんね。『諦めるタイミングくらい選ばせてくださいよ』って泣きながら言ってさ。すごいよね、彼」
「あの~膀胱が破裂しそうで、ちょっとヤバいよね」
「そしたらあの女がさ、泣いてる彼に『うるせーよ、バーカ』って言って、結局最後まであの女は、‘あの男を好きでいる自分‘を捨てられないって、ラストなんかあれホラーだわ、ほんと」
「そ、そ、そうかもしれないね」
「私、なんか目が覚めた気がする、、」
「え?どういうこと、、?」
(劇場員)「あの~、お客さん、ちょっと」
「すみません! も、もう出ますんで、、」
(劇場員)「いや、違うんです、後ろの方」
振り向くと中年の禿げた男がポテトをポリポリ食べている。
「あの〜持ち込み禁止なんで、あともう次の開場近いんで、、」
(今までずっと聴いていたのかこいつ、、)
「ちょっと待て青年。今、大事なところなんだ」
「へ?」
「この2人にとって、今、とても、大事なところなんだ」
「ちょ、ちょっと今までずっと聴いてたんですか!何、人の話勝手に聴いてるんですか!」
「いや、ただ、聴こえたんだ」
「な、なんだこいつ、、(女に)もういこう早く」
「いいんじゃない。別に聞いてもらったって」
「え?」
「人を好きになるのは恥ずかしいことではないのです」
「は?」
「と、『ペンギン・ハイウェイ』ではアオヤマ君が言っている。小学4年生にして真理をついた言葉だ」
「おっさん、誰だよ!?」
「私は教授だ」
(女に向かって)
「若い時は、なんでもすぐこの世の終わりみたいに思えちゃうもんなんだよ。この先これからも泣く事があるかもしれないけど必ず出会える。君だけを愛してくれるふさわしい男に。」
「そうなんですか?」
「と、『セブンティーン・アゲイン』でザック・エフロンが言っている」
「あのザックが、、」
掴まれた腕の力が緩む。
「そうだ、それとな。誰かを愛して誰かを失った人は、何も失っていない人よりも美しい。」
「はい」
女の声が艶めく。
「と、『イルマーレ』で確かキアヌ・リーブスが誰かに言われていた」
「なんだ全部、映画の受け売りじゃねえか!せめて言った誰かを特定しろよ!」
腕から手が離れる。
もはや腕は紫から黄土色になっている。
女の瞳が輝いている。
中年はいきなりバッと青年を指さし
「奴はとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です!」
「『カリオストロの城』じゃねえか!」
気にも介さず女に向かって
「よければ一緒に来ないか?先のことは約束できないが、それなりに楽しいはずだ」
と女にすっと手を差し出した。
女はそのポテト🍟で脂ぎった手に一瞬怯んだが
青年に軽蔑に満ちた眼差しで一瞥して
男の手を取った。
「じゃあ、いこうか」
「はい」
目を潤ませた女は立ち上がり
教授についていこうとする。
「ちょ、ちょ、何この展開!?」
「ちなみにさっきの言葉は『ギター弾きの恋』でショーン・ペンが言っている。ウディ・アレンの映画は恋愛のバイブルだよ、君」
「ウディ・アレン、不倫とセクハラで干されてるじゃねえか!」
「そして青年、彼女しかいないと思うだろうが、私は思わない。今は思い出がいっぱいでも振り返ってみればいい」
「それ『(500日)のサマー』!」
(女に向かって)
「君はとてもすてきだ。とても特別な女性だよ」
「それ『プリティ・ウーマン』!おっさん、リチャードギア気取りやめろ!」
「劇場員の諸君、邪魔したね」
教授と女はすでに腕を組んでいる。
女の耳もとで
「昔、ある哲人が言った言葉がある。
’私以外 私じゃないの’
あなたはこの世で たったひとりだけだよ」
「それ”ゲスの極み乙女!”の曲じゃねーか!映画ですらないし、しかもベッキーと不倫中の歌!」
教授と女は手を携え、劇場を出て行った。
「あの、時間ないんでポテトのカス拾ってもらっていいすか」
「あ、、すいません」
男はシートにこびりついたポテト🍟をつまみ始めた。
気づくと涙が流れていた。
涙はいつまでも止まらなかった。
「俺たちもう終わっちゃったんですかね、、」
「てか、始まってもなかったんじゃないすか」
「『キッズリターン』!!」
2人は思わずハモって照れ笑いして
そっと目を逸らした。
「愛って何なんですかね、、」
「わかんないす、次始まるんで出てもらっていいすか?」
男は立ち上がることができなかった。
もうとうの昔に膀胱は限界に来ていた。
「愛ってなんだよ、、」
最後まで男にはわからなかった。
男は静かに目を瞑った。
失ったものはもう二度と戻らない。
ただなぜだろう
この解き放たれた感覚。
男は柔らかな笑みを浮かべていた。
それはまるで羊水に包まれたような
湿った心地よさだけが男を包んでいた。
後日、男はこの劇場を出禁になった。
天豆ショートショート
「愛がなんだ」と聴かないで。気まずいふたりの愛の行方。