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女性同士の恋愛を描いた全米図書賞受賞作 Malinda Lo『Last Night at the Telegraph Club』/ケイシー・マクイストン『明日のあなたも愛してる』(林啓恵訳)

 今回は、中国系アメリカ人作家Malinda Loの『Last Night at the Telegraph Club』を紹介したいと思います。2022年度の全米図書賞児童文学部門(National Book Award for Young People's Literature)を受賞した作品です。

あのサラ・ウォーターズが推薦 

この本のAmazonのページを開くと、全米図書賞児童文学部門にくわえ、
 
・Asian/Pacific American Awards for Literature ヤングアダルト文学部門受賞
・ストーンウォール賞(LGBT文学を対象とした賞)児童書&YA部門受賞
・マイケル・L・プリンツ賞オナー賞
 
といった輝かしい受賞歴が並んでいるが、私がもっとも興味を持った理由は、

Lo's writing, restrained yet luscious, shimmers with the thrills of youthful desire. A lovely, memorable novel about listening to the whispers of a wayward heart and claiming a place in the world ― Sarah Waters
(ローの筆致は抑制されつつも甘やかで、瑞々しい欲望がもたらす興奮できらめいている。この忘れがたい愛すべき小説は、わきまえない心のささやきに耳を傾け、世界に自らの居場所を主張する物語だ)

というサラ・ウォーターズによる推薦文である。
 
サラ・ウォーターズといえば、このミス一位に輝いた『半身』や、映画『お嬢さん』の原作『荊の城』などで日本でも人気の作家であり、甘美な文章で巧みな仕掛けを作り出すことに定評がある。そんなサラが推しているのだから、これは期待大だと読みはじめた。

『Last Night at the Telegraph Club』のあらすじ

1954年のサンフランシスコ。中国系アメリカ人のリリーは、医師の父親と看護師の母親のもとで生まれ、幼なじみのシャーリーとともにチャイナタウンで育った。

17歳になったふたりは、この日もいつものようにシャーリーの両親が営む中華料理店で過ごしている。そのとき、親しげに食事をしているふたりの女性がリリーの視界に入る。いったいどういう関係なのだろう? と想像をめぐらせながら、ふと手もとにあった『クロニクル』誌を広げると、リリーの目はTelegraph Clubの広告に吸いこまれる。
 
ナイトクラブのようだが、そこに映されているのは華やかな女性たちではなく、〈男装の麗人トミー・アンドルーズ〉だった。リリーは胸を高鳴らせながら、シャーリーに気づかれないようにその広告をちぎってポケットに入れた。
 
自分の部屋に戻ったリリーは、科学者の叔母さんがプレゼントしてくれたアーサー・C・クラークの『宇宙の探検』をひらく。そこに隠していたキャサリン・ヘップバーンの写真と、トミー・アンドルーズが映った広告をその横に並べる。
叔母さんのように研究者になって、いつか空を飛んで宇宙に行きたいと思いをはせる。人類が月に到着する日もそう遠い夢ではないと叔母さんが話していたのだから。
 
そんなある日、学校の授業で「夢」についてグループワークを行う。シャーリーは結婚して家族を持つのが夢だと語る。シャーリーと同じくチャイナタウン仲間のウィルは弁護士になりたいと語る。
リリーが月に行く夢について語ると、同級生のキャスリーンが素敵な夢だとエールを送る。キャスリーンはアメリア・イアハートのような女性パイロットになりたいと語る。この日からリリーはキャスリーンを意識するようになる。
 
トミー・アンドルーズが忘れられないリリーは、女同士の恋愛を描いたペーパーバックを雑貨屋で見つけて激しく動揺する。
自分はおかしいのだろうか? こんなこと誰にも言えない。親友のシャーリーにさえ。シャーリーはウィルの兄のカルヴィンに気があるらしい。やたらとリリーにウィルと付き合うよう勧めてくる。けれどもウィルをそんなふうに見ることはできない。ウィルにダンスに誘われ、リリーは思わず逃げ出してしまう。
 
すると、カバンから大事に持ち歩いていたトミー・アンドルーズの写真を落としてしまい、出くわしたキャスリーンが拾ってくれる。
なんとキャスリーンは、Telegraph Clubでトミー・アンドルーズのショーを観たことがあると打ち明ける。ふたりは一緒に帰り、はじめてゆっくり会話を交わす。もう友達になったのだから、キャスと呼んでとキャスリーンは言う。リリーは〈友達〉ということばを胸のうちで反芻する。
いつかキャスと一緒にTelegraph Clubに行って、トミー・アンドルーズに会いたい。リリーはそう心に誓う。
 
そんななか、リリーは父親から驚くべき話を耳にする。父親が勤務する病院にFBIがやってきたらしい。FBIはカルヴィンが共産党員ではないかと疑っているのだ。リリーの父親に証言を求め、従わないならば中国に強制送還すると脅している……

『Last Night at the Telegraph Club』のココに注目

 と、同性愛者や共産党員が厳しく弾圧された1950年代を舞台として、自らのセクシュアリティに目覚める少女、リリーを描いた物語である。

ただ、正直な感想として、サラ・ウォーターズの小説のように、歴史とロマンスがしっかりと絡みあい、怒涛の展開が巻き起こるのかと期待していたら、そういうわけではなく、基本的には予想していたとおりの筋立てだった。

リリーの物語の合間に、リリーの母親、父親、そして叔母さんの短い章が挟みこまれ、優秀な中国人留学生と恋におちた中国系アメリカ人の母親、中国本土の戦争に医師として従軍した父親、中国で戦争を体験してからアメリカに渡った叔母のジュディの物語が描かれる。第二次世界大戦前後のアメリカで、中国系アメリカ人や中国からの移民が置かれた立場を垣間見ることができて興味深く、これらのくだりをもっと詳しく読みたかった。
 
とはいえ、自分はふつうの人とはちがうようだと悩み、キャスに恋をすることでセクシュアリティを自覚して、少女から大人になるリリーの心情がていねいに描かれているため、セクシュアリティについて悩む若い読者はもちろん、幅広い層の読者の心に訴えかける小説であることはまちがいない。

善人であるがゆえに鈍感で頑なな母親との軋轢や、親友だったはずのシャーリーとのすれちがいも、物語の前半から効果的に示されている。Telegraph Clubで出会う女性たちの個性豊かな存在感も、巧みに描き分けられている。
 
また、こういった同性愛者たちが集うクラブや〈男装の麗人〉については、きちんとした時代考証に基づいて書かれていて、作者のブログでその資料の一部を掲載している。Malinda Loはもともとジャーナリストとして執筆活動を行っていたらしく、公式サイトでは記事のいくつかを読むこともできる。

この本も読んでみて! 『明日のあなたも愛してる』

この『Last Night at the Telegraph Club』を読んでみたい! でも洋書はちょっと……というかたにお勧めしたいのは、ケイシー・マクイストン『明日のあなたも愛してる』(林啓恵訳)である。

 23歳のオーガストは、故郷ニューオーリンズを離れて、単身ニューヨークにやってくる。夢と希望を抱いてニューヨークにやってきた、というより、過去の事件にとりつかれた母親との閉塞した生活から逃れたかったという方が近い。

お金もない、友達もいない、恋人もいない。けれども住む場所を確保しないといけないので、格安の部屋を借りて、謎めいたクイアなルームメイトたちとの同居生活をはじめる。
そんなある日、地下鉄でオーガスタはショートカットがよく似合うかっこいい女性と出会う……
 
こうしてオーガストはショートカットの美女、ジェーンに恋をするのだが、ふたりの前に大きな障壁が立ちふさがるのだった。それが何であるかはぜひ本を読んで確認してほしい(女性同士の恋愛という障壁ではない)。

なにより、この本のおもしろさは、主筋となる恋愛だけでもじゅうぶんドラマチックなのに、個性豊かということばでは収まりきれないルームメイトたちとのスリリングなやりとり、母親が追いかける事件の謎解きというミステリー要素など、満漢全席のように読みどころが惜しみなく詰まっているところにある。ふつうならありえないと思ってしまう設定も、ニューヨークの地下鉄なら魔法がおきるのかもしれないと、読者に思わせる物語である。

さらに、『Last Night at the Telegraph Club』と同様に、LGBTがこれまで弾圧を受けてきた歴史も描かれている。サンフランシスコのチャイナタウンが物語に関わってくるという点も共通項だ。

オーガストとジェーン、それぞれの〈解放〉を描くことによって、恋愛も性も、そして人生そのものもふつうである必要なんてない、もっと自由に、もっと好きに生きればいいのだと、読者も〈解放〉する物語である。
(2023/01/23)

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