見出し画像

「石垣にみる幻想」-エッセイ-

〜50音でつづるエッセイ〜
今週は「い」から始まるテーマでお送りします♪

私が生まれ育った家は傾斜地に建っており、裏庭には自然の石をそのまま積み上げたような大きな大きな石垣がありました。

所どころ苔むした石積みの壁は、長い年月を感じさせるような独特の風格があって、とても心惹かれたものです。

その石垣は、子供時代の私にとって、大好きな遊び場の一つでした。

ある時は、石垣を堤防に見立てて、魚釣りごっこ(長い木の枝に縄跳びか何かのヒモをくくりつけて釣竿代わりにしてました)。
また、ある時は石と石の間にカタツムリが隠れてないかを探したり、お城の城壁に見立てて遊んだりもしました。

そんなある日。
妹や弟たちと石垣で魚釣りごっこをして遊んでいると、庭に洗濯物を干しにきた祖母が足を止め、「懐かしいなぁ。ウチも小さい頃、そこでよう遊んだわ」と言いながら近づいてきました。

「ここは、昔はほんまに魚が釣れたんやで。まだウチが子供の頃のことやけど。石垣の向こうはすぐ琵琶湖やってん」
祖母の言葉に、私と弟妹達は思わず目を丸くしました。

石垣の向こうを眺めても、路地や裏隣の家が見えるばかりで、その先には広い住宅街が広がっています。
住宅街を越えてみても、公園や国道や他にも色々な大きな施設が立ち並んでいるため、琵琶湖は遠すぎて到底見える範囲にはありません。

「それ、ほんまに?」
と思わず聞き返すと。
「どんどん埋め立てられて、今はあんなに遠うなってしもたけどなあ」
そう言って祖母は、今度は庭の隅にあるコンクリートの坂道を指差しました。
「昔はあそこで洗濯してたんやで。今と違うて洗い桶と洗濯板でな。洗濯物を干す場所は変わらんけど」
自分と変わらない幼き日の祖母が、石垣に座って魚釣りして遊んだり洗濯をする姿を思い浮かべ、ずいぶんと不思議な気分になりました。

この辺りの地域にある石垣が、昔の琵琶湖の境界線だったという祖母の話を聞いてから。
私の世界は、それまでと少し違って見えるようになりました。

改めて近所を歩いてみると、確かに他の家や畑の端にも石垣があるのを発見しました。

あちこちに残る石垣に沿って歩きながら、100年前なら湖の中にある場所を自分が歩いてることに、ひどくわくわくしたものです。

私の生まれ育った古い家は、現在ではその姿を見ることはできません。
周りの街並みも時と共にどんどん変わっていき、今ではまるで見知らぬ街のようです。

それでも。
その石垣だけは、子供時代の記憶のまま同じ場所にあり、故郷を訪れるたびに懐かしい気持ちにさせてくれるのです。


故郷にまつわるエッセイ「急がば泳げ」もよかったらどうぞ(*'▽'*)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?