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裏磐梯縦走


山行地図(注1)

《山行概要》
裏磐梯スキー場駐車場(06:30)⇨銅沼あかぬま(07:00)⇨弘法清水小屋(08:00)⇨磐梯山山頂(08:40)⇨八方台登山口(09:45)⇨猫魔ヶ岳(10:15)⇨雄国沼(11:15)⇨雄子沢登山口(12:20)⇨裏磐梯スキー場駐車場(13:00)

総距離:29.6km
累積標高:1,431m / 1,418m
日付:2022年7月2日

会津の名山として、広く知られる磐梯山。足元に本邦第4位の面積を誇る猪苗代湖を従えたその山容優美な独立峰は、まこと会津富士の雅名にふさわしい。

多くの文献が、天にかかる岩の連なりを表現した「いわはし」をその名の由来としてあげます。以下、深田久弥「日本百名山」から引きます(深田久弥「日本百名山」22. 磐梯山。原文縦書き)。

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…(筆者注:磐梯山は)磐代山、万代山とも書かれたが、それは宛字あてじであって、もとはイワハシ山であった。イワは岩、ハシははし(又は椅)である。岩のそびえ立っている場所をハシタテと呼ぶ例を、私は幾つか知っている。この山の頂上近くに旧噴火口の岩壁が見上げられる。そこからイワハシが来たのではないだろうか。その磐梯いわはし山が音読されてバンダイ山となったのである。
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先に山容優美と述べましたが、それはこの山を、猪苗代湖を背にして南側から見上げた姿です。

しかし、当山を反対側である北側、裏磐梯から見上げれば、その姿は一変します。以下、深田久弥「日本百名山」から引きます(深田久弥「日本百名山」22. 磐梯山。原文縦書き)。

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(…)磐梯山は表から見たのと裏側から見たのとは、大へん趣がちがう。裏側では表側のような端麗雄大な姿は見られない。大爆発で欠損した小磐梯が、いまだに荒々しい傷口を見せて、断崖となって立っているすごい姿が眼をくが(…)
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大惨事となった明治21年(1888)の水蒸気噴火。気象庁の記録では、以下のように経過が説明されています(*1)。

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数日前から弱い地震。7:00頃鳴動始まり、7:30頃から強い地震が3回発生。7:45頃大音響とともに爆発、短時間に爆発が15~20回反復して小磐梯山の大半を崩壊させた。同時に琵琶沢沿いに疾風(火砕サージ)と土石流が発生し、南東山麓の村を破壊した。爆発音が50~100kmまで聞こえ、降灰は太平洋岸に達した。火口は北に向いてU字形に開き、東西約2.2km、南北2kmで堆積物総量は1.5×10³m³。大規模な岩屑なだれ(45~77km/時)を生じて山麓の5村11集落を埋没し、死者461名(477名とも)。家屋山林耕地の被害大きく、桧原湖などが生じた。この後に土石流(火山泥流)が数多く発生した。
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この爆発により裏磐梯は大被害を被りましたが、もともとあった豊かな水資源があちこちでせきとめられ、桧原、小野川そして秋元の三湖のほか名勝五色沼をはじめとする無数の湖沼が生じました。現在一帯は磐梯朝日国立公園の一部となり、その雄大かつ風光明媚な景色を求めて全国から人々をひきよせる一大観光地となっています。時に自然は人間に容赦なき脅威をもたらしますが、同時に豊かな恵みを与える存在でもあります。

こんにち小鳥さえずる静謐な裏磐梯の森を歩いても、かつての大災害を実感することは難しい。しかるに例外は、その破壊力をまざまざと見せつける、小磐梯山が吹き飛んだ痕跡をとどめた凄烈な断崖絶壁。そのたもとには、火山性物質で赤く染まった火口湖銅沼あかぬまが控えます。恐ろしくも神秘的な絶景です。

この時期磐梯山は、知る人ぞ知るバンダイクワガタの花の季節です。このバンダイクワガタ、昨年放送されたNHK連続テレビ小説「らんまん」の主人公のモデルとなった牧野富太郎博士が磐梯山で採取発表し、しばらくは磐梯山の固有種とされていました。しかし、DNA解析に基づく最新の植物分類学においてはその説は否定されており、東北地方に分布するミチノククワガタと呼ばれる植物その他と同種であるとのよし(*2)。

厳密さと正確さが求められる学術研究の世界ではそれが結論なのかもしれませんが、磐梯山がバンダイクワガタの稀少な生育地であることに変わりはありません。この季節磐梯山を彩る主役のひとりであり、多くの方々が楽しみにしていると見え、事実、明らかにそれ目当てで来ていることがわかる(一眼カメラを構え、登山道でとにかく花の写真を撮りまくっている)私とすれちがうひと皆「バンダイクワガタ咲いてました?」と聞くぐらいです。この時期はやはりこれが見られないと、磐梯山に登った気がしません。

そして、この時期もうひとりの主役はなんといっても雄国沼のゼンテイカ(ニッコウキスゲ)の大群落でしょう。ゼンテイカの群生地は尾瀬や美ヶ原の車山高原などが著名ですが、尾瀬の群落が鹿による食害を含めたさまざまな要因で近年縮小してしまった結果、雄国沼の群生はおそらく本邦最大級の規模。雄国沼を背にしたゼンテイカの山吹色の花がその雄大な青い湖面に映える光景は、えもいわれぬ絶景です。

バンダイクワガタが待つ磐梯山と、ゼンテイカ咲き乱れる雄国沼をラウンドしてきました。

出発地点へと向かう道中。磐梯山を南東方向から撮影。こちらが表の姿。たおやかで優美な山容です。
裏磐梯スキー場の駐車場を出発。序盤はゲレンデを登ります。 遠目に、荒々しい磐梯山の爆裂火口の断崖が見えます。こちらが、磐梯山の裏の顔です。
ゲレンデの上から、北方面の眺望。左の方に桧原湖、右奥に吾妻連峰を望む。
明治21年(1888)の噴火で生じた火口湖、銅沼あかぬま。 小磐梯山が崩壊した跡を残す荒々しい岸壁が、当時の破壊力の凄まじさを伝えます。表ではやさしい顔を見せる磐梯山ですが、これももうひとつの顔です。
山頂へ向かう途中から北方面の眺望。遠景に、明治21年(1888)の噴火によりせきとめられた桧原湖。
タニウツギ。
この季節、東北地方ではよく見かけます。
わぁ!ギンリョウソウが元気にいっぱい咲いています。
グンナイフウロ。
東北の山のほか、南北アルプスでもよく見かけます。 花の色は紅紫色のものが多いのですが、こちらは白花の品種。
ミヤマオダマキ。
東北の山でよく見かけます。
噴火で崩壊した小磐梯山のふちまでのぼってきました。雄大な裏磐梯の眺望。絶景です。
そこからパッとうしろをふりかえれば、これから目指す磐梯山の頂上が。
サラサドウダンが鈴なりの花を咲かせていました。かわいいですね!
わぁ!ハクサンチドリです。谷川岳や北アルプスの峰々でもよく見かけます。
磐梯山山頂に到着。山頂から望む、猪苗代湖の全景。天気に恵まれて絶景です。
同じく磐梯山山頂から、西方面(猫魔ヶ岳方面)の眺望。写真中央、遥かかなたに飯豊いいで連峰の峰々が見えます。
飯豊連峰をアップ。2,000m峰が連なるその峰々は、豪雪地帯であることも相まって、縦走するには高い技術と経験を要する、登山家垂涎の山脈です。
同じく磐梯山山頂から、北(裏磐梯)方面。こちらも絶景です。
山頂からの360°大パノラマを満喫しました。
そしてそして…バンダイクワガタ!
磐梯山の山頂付近、岩がゴロゴロとした乾いたところに咲いています。
この先いつまでも、ここで出会えることを切に願います。
ご機嫌で磐梯山を下山。ここは、八方台登山口近くのブナの森。 この辺りは明治21年(1888)の噴火の影響をほとんど受けていないそうで、原生林が広がっています。
猫魔ヶ岳へ縦走開始。途中うしろを振り返ります。左のピークが先ほどまでいた磐梯山。右に猪苗代湖。
猫魔ヶ岳山頂に到着。
猫魔ヶ岳山頂は開けていて、眺望抜群。裏磐梯方面を撮影。
さあ本日第二のハイライト。雄国沼が見えてきました。金沢峠の眺望スポットから。 遠目にも、湖畔がゼンテイカ(ニッコウキスゲ)の山吹色に染まっていることがわかります。
雄国沼の湿原に到着。まさに満開でした。
見事な群生です。
ゼンテイカの山吹色が雄国沼の青さに映えます。
雄国沼では数年に一度、ゼンテイカとともにコバイケイソウの花が盛りを迎えます。
直近では2021年がその年でした。その時撮った写真がこちら。 コバイケイソウの当たり年では全く違った趣の湿原を見ることができます。
湿原ではゼンテイカに紛れて、トキソウも咲いていました。
いつまでもここにいたい衝動にかられますが、もちろんそんなわけにもいかず、泣く泣く雄国沼を後にしました。
本日のご褒美温泉は、裏磐梯レイクリゾート、猫魔温泉。 贅沢な源泉かけながしを堪能できるだけでなく、眼前に広がる雄大な桧原湖の眺めも素晴らしい。お疲れ様でした!

*1
気象庁HP 知識・解説 火山 全国の活火山の活動履歴等 東北地方の活火山 磐梯山 磐梯山有史以降の火山活動

*2
参考文献
「日本の野生植物」平凡社、2017.09

(注1)
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出典:国土地理院ウェブサイト(地理院地図:電子国土Web)
GPSデータに基づく軌跡を描線。
図形等加筆。


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