短編小説 恋と非常識〜P2P6曲目あなたより〜
「ねえ、真琴達どうなってるの?」
友人の佳代が、呆れるように私に尋ねてきた。
「どうなってるのって…時々LINEする程度の仲?」
沖縄から帰ってきて、私と透さんは、時々LINEをする仲になっていた。
会話の内容は大したことはなく、その時見たもの、食べたものなど、何となく写真に収めたものをお互い送り合う。
やりとりも長く続く訳ではなく、もちろん会うこともない。
本当に、お互いの感性を報告し合う。そんな関係になっていた。
「でもさ、真琴は透さんのこと、好きなんでしょ?」
佳代が直球で尋ねてくる。
この子は、普段大人しいくせに、私に対してだけは直球で投げかけてくる。
まあ、その関係がありがたくて、ついつい佳代には本音を話してしまうのだが。
先日も、2人で飲みながら、私達が別れた経緯を話した。
一通り私の話を聞いて佳代は「贅沢だよ」と笑いながら言った。
贅沢
そうだと思う。
私は今、この付かず離れずの関係がとても心地よかった。
この距離を保っていれば、私の領域に透さんが踏み込んでくることもないし、私の領域にいる壮一に気を遣うこともない。
この距離を保てているから、佳代に「うん、好きだね」と言えてしまえる。
私の一方的な『好き』だから、どの程度好きなのかなんて、周りに知らしめる必要もない。
私は私の気持ちで好きという気持ちを抱き締めている。
例えそれが透さんに対して失礼でも、私が楽だった。
あの沖縄での再会。
沖縄は、壮一にプロポーズされた場所だった。
私の部屋に飾ってある写真のブランコに、私が無邪気に乗っている時に、結婚を申し込まれた。
「何でこんな時に言うの?!」
ブランコに乗ってる時にプロポーズされる人なんて、そうそういないだろう。
私は笑い転げながら、力が抜けて、ブランコから、落ちてしまった。
下が砂浜だったので、全然痛くなくて、むしろそれも面白くて笑いが止まらなかった。
だから、どうやって返事したかも覚えていないが、私は、プロポーズを受けた。
その時履いてたのが、砂が落ちたデニムだった。
なので、あの写真も、あのデニムも私にとっては宝物に近い。
なのになんで、あの時あのエピソードを話したのか。
そして、この写真の詳しい話をしたことがなかったのに、何で透さんはあれ程までに、あの写真にこだわったのか。
その答えを知る扉を開けることが怖かった。
だから、撮影が終わった後、バルコニーで再開した時も、このまま2人で過ごしていると何か扉が開いてしまいそうで、私は自分からあの時間を終わりにした。
バルコニー越しで本当に良かった。
でないと、勢いで透さんの胸に飛び込んでいただろう。
でも、別れを告げたのは私だ。
しかも、壮一を理由にして。
あの時だって、透さんと星を見上げながら、思い出したのは、壮一のことだった。
透さんとの時間を楽しみながら、私は壮一のことを考えている。
そんな自分がとても嫌だった。
でも、透さんが好きだと言う自分勝手な感情は確実にあることは、あのバルコニーで確信したのも事実だった。
だから、今も、透さんとの関係を切ることはとても怖かった。
そんな自分に嫌気が差すが、それでも、今の透さんを手放すことが、どうしてもできなかった。
「真琴はずるいね」
私の気持ちを代弁するように佳代が言う。
「自分でもわかってるよ」
私が、持っていたビールを口に入れる。
「まあ、それが人間ってもんか」
佳代が適当にまとめてくれた。
そう、そうやって適当にやっていって、私は自分自身だけ抱き締めていく。自分勝手生きていくんだ。
そう自分に言い聞かせていた。
季節が秋を超えて、厚いコートが必要になった頃、MVのサンプルが届いた。
このアーティストが好きだと言う佳代が、どうしても見たい、と私の部屋で待機していた。
佳代は、好きだと言っているが、私に普段の彼のプライベートな部分は絶対聞いてこなかった。
「私はアーティストの彼が好きだから、良いのよ。歌が聞ければ」
それが佳代の信条らしい。そんな佳代の潔さが、好きだった。
「これ、全編沖縄なの?贅沢だね。うわあ…映画みたいじゃん、素敵…」
佳代がうっとりしながら画面を眺める。
ラストに近いところで、デニムから砂が溢れた。
その時、佳代が私を見てギョッとした。
「え?ちょっと真琴、どうしたの?」
私は画面を見ながら涙を流していた。
デニムから砂が溢れるのを見て、思い出したのは、プロポーズしてくれた壮一じゃなくて、デニムから溢れた写真を送ってくれた透さんだったからだ。
「透さんに会いたい…」
私は思わず呟く。
「それは真琴、自分勝手すぎない?」
佳代が私に釘を刺した。
本当にそうだ。
自分勝手だ。壮一を理由に自分から別れて、壮一を盾にして自分にとって心地よい関係を築いて、それなのに…
「本当、非常識だよね」
でも涙は止まらなかった。
「でもさ、非常識なのが、恋じゃない?非常識だと思っても、その人のことを思えるなら、それは大事にしないといけないんじゃないかな。
真琴にとって壮一さんは何?」
「大切な…人」
「だよね。じゃあ、透さんは?」
「…好きな…人」
「それで良いじゃん」
「それでいいのかな?」
「それ以外何があるのよ。真琴が今、手を繋ぎたいのは誰?」
「透さん」
私は間髪入れず答えた。
「即答できんじゃん。それだけ、わかってるってことじゃん」
「本当は、佳代とも手を繋ぎたい」
「何言ってんよの」
2人で笑い合う。
私のスマホの通知音が鳴る。
確認すると透さんからだった。
「俺、田舎に帰ります」
短い一文だった。
え?田舎に帰る?どう言うこと?社長を辞める?東京を離れる?もう会えない?
私は今気づいた自分の気持ちと相まって、パニックに陥っていた。
そんな私の様子を見て、何かを察した真琴がスマホを見る。
「真琴!」
佳代が私の手を握る。奇しくも先程手を繋ぎたいと言ったことが叶ってしまった。
「落ち着いて。あんたさっきなんて言った?」
「…透さんに会いたい」
「でしょ?」
「うん、行ってくる」
私は顔をあげて、佳代にそう宣言した。
私は、透さんに会いに行く。
そう決めて、家を飛び出した。
冬の空気が冷たかったが、その空気が私を後押ししてくれるように、私の背中に向けて風が吹いていた。
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