文章が「売れる」とか「読まれる」とか,そういうことはどうでもいい. #振り返りnote 10月21日〜27日
毎週土曜日恒例の #振り返りnote の企画です。今週は、10月21日〜27日のあいだに投稿した過去記事をまとめました。
ちょうど1〜4年前の今の時期に自分がなにを考えて、なにを行動していたのか。そんなことを振り返るための時間が少しくらいあってもいいと思う。
2019年10月21日 創作の谷間
少なくとも「書くこと」については、創作の谷間なんて要らないくらいの境地に達しました。「書くこと」は僕にとって「考えること」です。「書くこと」を通してでしかうまく「考えること」ができないので、日々、書きます。
だから、「誰のために書いているのか」と訊かれたら、たぶん、一番には自分のために書いている、ということになるでしょう。僕にとって、文章が「売れる」とか「読まれる」とか、そういうことはどうでもいいんです。生計はほかのことで立てて、自分の「考えること」ために、これからも書き続けたい。
2022年10月22日 演劇は、「見る」だけでは物足りなく、「体験」できてこそのものだと思っています
らしいです。だからというわけじゃないけど、来年1月の公演会場も下見をしないまま、台本を書いています。でも、会場の空間的特性を無視しているわけではなくて、むしろとても気にしているくらいです。
僕のかわりに下見に行ってくださった方から話を伺ったり、写真を見つめたりしながら、頭のなかで補完し、想像しながら、だいたいこんな感じかな、と思いをめぐらせる。それが、いつもだいたい良い感じで合っていて、良い感じではずれているんですよ。
2019年10月23日 noteをはじめて1年が経ちました。
2019年付けでnoteを始めてから1年、ということは、今年は2023年だから……なんと5年が経ったんですね。しかも、途中途中で小休止してはいるけれど、5年間書き続けている。これはとてもすごいことだ。5年分のnoteを集成し、冊子をつくりたい。誰か、良い方法を教えてください…!
2020年10月24日 魔法つかいを志す僕らのために
難しい言葉のつかいかたをしているなぁ。2020年の自分。それこそ魔法をつかうために、覚えたての呪文を繰り返し唱えて練習しているみたいな文章だ。
2022年10月25日 ひじょうにぼんやりと世界を見ていると、すべてのものは別個に存在せず、つながりあっていて、窮極的には「ひとつのもの」であるように思えてくる
本当に申し訳ないのですが、人の名前を覚えるのがとても苦手です。先日も名前を間違えてしまって、ある人をがっかりさせてしまいました。
人の名前だけじゃなくて、物の名前や、概念につけられている名称を覚えることも苦手です。固有名詞を暗記しておくことができません。でも、「暗記科目」と言われている日本史がすこぶる得意だったのは、名詞の暗記というより、歴史を「ストーリー」で理解していたからだと思います。
僕は、さまざまなことを覚えておくために、ストーリーをつむぎます。たった今、創作している長編小説には、僕の忘れたくない記憶(覚えておきたい記憶)が盛りこまれてあります。今年は、演劇の仕事で、京都へ行ったり、豊岡や、榛名湖にも行かせてもらったので、そこで見聞きしたものや感じたことを、ぜひとも忘れたくないなぁと思って、それをストーリーにしています。
僕にとっては、それが京都での出来事であるか、榛名湖での出来事であるかは、あまり気にするところではないので、長編小説のなかでは榛名湖での出来事も、豊岡での出来事も、ごちゃ混ぜになって登場します。
#演劇人コンクール2021 『命を弄ぶ男ふたり』 という戯曲に対して、私はどのような想いをもっていたのだろう
この文章にはとくに自信があります。当時の僕はどうしてこんなに優れた文章を書けたのでしょう。きっとすべてがマッチングしていたんですね。第一に岸田國士の『命を弄ぶ男ふたり』という戯曲、第二に当時の自分の心情、第三に世情、これらが噛みあっていたからこそ、こんな文章が生まれたのだと思います。ぜひ読んでみてください。
2022年10月27日 美化できる記憶は美化してしまってもいいんじゃないか
近頃は励ますための文章を書いているなぁ。自分を励ますための文章が、誰かの励ましにもなってくれたらいい。たぶん、こういうテイストの文章を書くようになっているのは、『たまたま』のせいだと思います。
『たまたま』は優しい演劇です。今回は、優しい演劇をつくることが僕の主題です。
『斗起夫』(2022)では絶望を書きました。あの頃の僕は文章を書くということは、絶望的なものを書くことである、というくらいに思っていました。べつにそういう考えかたから改心したわけじゃないけれど、『斗起夫』みたいな物語しか書けない作家だと勘違いされるのはとてもシャクなので優しい物語をつむぎます。僕のなかにも絶望的な面もあるし、優しさにあふれる面もあります。多くの人たちがそうであるように。