見出し画像

凸凹さんが好きな私

私は発達凸凹さんゆっくりさん、いわゆる知的発達症、神経発達症、ASD(自閉スペクトラム症)、ADHDなどと言われる人たちが大好きです。
現在は放課後等デイサービスで凸凹さんのサポートをしています。

私が凸凹さんとちゃんと出会ったのは大学の時。
大学で社会福祉学部に入学し、知的障害の方と関わるボランティアをしました。
初めての日に、言語表現が少なく、よく飛び跳ねているASDの男性の方のサポートをすることになりました。
それまでASDの方と関わったこともないし、よくわからないまま1日を終えましたが、その体験が楽しくて、そのまま運営に参加してボランティアを4年間続けました。

また、在学中に知的障害のある方の施設に実習やアルバイトに行くなどして経験値を増やしていきました。

後で先輩に、なぜ私を少し難しそうな方に付けたのかと聞いたことがありますが、上手くいきそう、楽しそうという勘だったと言われ、ご縁だったのかなぁと思います。

私はそれらの経験を通して、凸凹さんと関わることが好きだと感じていました。

卒業後、知的障害者の生活支援施設に就職しました。そこで数年働いた後、壁にぶつかり、退職し、一年福祉とは関係ない仕事に就きました。
だけど、街中でASDの人を見ると楽しさを持って見てしまう自分がいて、やっぱり、ASDの方と関わりたいと決意して、転職をしました。

法人内の異動で、子どもの児童発達支援・放課後等デイサービスで働くことになり、そこで、たくさんのことを学びました。
特に、特性を知り、特性を認めた上で、その人を変えるのではなく環境を変えたり、工夫や配慮をしてサポートしていくことの大切さや、心に寄り添う関わり方を知りました。

大学生の時に、実習で行った障害児の療育施設で、トイレでトイレットペーパーをたくさん出す子がいて、私はトイレットペーパーを途中で切ってしまい、大泣きさせてしまったことがあります。
その時に先生が「社会に出てこれから何でも受け入れてもらえるわけじゃないんだから、練習していかないと」と言われ、この子たちが変わらないといけないことにショックを受けて泣きながら掃除をした経験があります。

その時から、私はみんなが受け入れられる社会になることを夢見ていたのだと思います。

大学で師事した先生が「誰でも自閉症かADHDの特性を持っている」と言っていて、私も特性があると思い、楽になりました。
私も自由に生きたい。
それが受け入れられる社会で生きたい。
凸凹さんに自分を重ねて見ているのだと思います。

なので、今私ができることは、凸凹について楽しいと思うことや凸凹さんと関わるために大切なことなどを伝えて、少しでも知ってくれる人を増やしていくことだと思いました。
少しでも凸凹さんのことを知ってくれる人が増えると嬉しいです。

そして、今まで培った経験や知識を活かして、支援コンサルをしたいです!
児童発達支援や放課後デイ、通所施設などで、支援の方法を伝えていきたいです。
私も支援をしていて悩むことがあるので、支援を一緒に考える人がいたらと思います。

みんなが違いを受け止めて、凸凹があってものびのびと、一緒に暮らせる社会を目指して。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?