アイルランドでカツ丼、お味噌汁、熱いお茶をいただいた話
アイルランドに住みはじめてから、意識していることがある。それは……
夕ごはんにお米を食べること!🍚
一昨年アイルランドに着いたときは、はじめてのヨーロッパ生活!おいしいパン!パスタ!牛乳!チーズ!見たことない形やラインナップの野菜!日本とは異なる食文化に、一日三食、完璧に染まろうとした。
しばらく経つと、ふとお腹の倦怠感が続く。それに、満腹感が続かない。気がつけばお腹がすいてお菓子を食べている。何だろう?今までと何が違う?そして、思い当たる節が一つ………お米が足りていないこと。特に夜。何だろう?遺伝子的なものなんだろうか?それとも30年間日本で育ち培われた体質?とにかく、お米なしの生活にしてから、お腹に落ち着きが来ない。
そうして私にははお米が必要なんだと気がついてからは、パンやパスタも引き続き食べつつ、意識的にどこか一食……特に夜、お米を食べるように心がけている。やはり、腹持ちがいい気がする。
ヨーロッパといえば、日本の短くて粘り気のあるお米がなかなか売っていないイメージがあった。しかしありがたいことに、近年、お寿司がアイルランドでも人気も知名度も高まってきている。そのおかげでアジアンマーケットに行かずとも、一般的なスーパーに行けば「Sushi Rice」と名付けられた日本米が簡単に手に入る(その他、焼き海苔やわさび、ガリなんかのお寿司セット一式が揃っている)。
しかし一転、外食となると、日本食の市場がまだまだ小さいことを思い知る。日本食のレストランは、ダブリン、コーク、ゴールウェイなどの都市部にほぼ限定され、都市部でさえ店舗数は多くない。私は植物調査員という職業柄、車を走らせて野山へ出張に出かける頻度が高い。その分、外食の頻度も高くなる。
出張の帰り道はいつも、夕飯にお米が食べられるかどうかが肝になる。運転時間を伸ばしてでも何とか食べようと、Googleマップが勧めてくれる最短最速の帰宅ルートをねじ曲げるのが常だ。
今年の10月10日、コーク西部の離島で出張調査をした日のこと。6時に起き、調査を終えて時刻は17時半。家まで5時間のドライブ。お腹はペコペコだった。夕飯は経費で落とせるし、遠出したんだから何か美味しいものでも食べていきたい。やっぱり、お米が食べたい。
そこでふと、水草の勉強会で知り合った子と、日本料理屋について話したのを思い出した。その子はタイ出身で、やはりお米が食べられる場所をいつも求めていると言っていた。
「みはら、コーク市街地にあるMIYAZAKIってお店、知ってる?すっごく美味しい日本料理屋さんなの。コークに行ったら、毎回絶対そこに入っちゃうのよ」
私は、話を聞きながら涎と日本食への恋しさが爆発していた。行きたい。しかしコーク市街地は私の家から3時間半くらいかかる。だから、いつかコークに行く機会があれば絶対、と思っていたのだ。
今、コーク西部にいる。MIYAZAKIがあるコーク市街地まで、1時間半。しかも家があるゴールウェイへの帰り道としても悪くない。完璧だ。よっしゃ!MIYAZAKIだ!調査の疲れも吹っ飛び、意気揚々と車のエンジンをかけた。
ほどなくしてコーク市街地に到着。店の近くの路上駐車場に車を停めて、走る。MIYAZAKIはどこだ!
あった!MIYAZAKIと書かれた大きな看板。外観の写真を撮ろうとしたら、中で食べているお客さんと目が合った。このお店、席がすべて壁側を向いたカウンター席だ。
中に入ると、席を一つか二つ残してあとは満席だった。席の数は全部で十個あるかないかでかなり少なめ。回転数を速めるためだろうか?おひとりさまごはんがしやすい日本の牛丼屋や立ち食い蕎麦屋なんかを思わせるこの店の内装に、新鮮さと懐かしさを感じた。
閉店が20時なのに19時半に入ってきた私にも、店員のお姉さんは優しかった。「もう閉店間際なんですけど、店内で食べてもいいですか?持ち帰りでもかまいません」と聞くと「店内でいいですよ!」と笑顔で答えてくれた。優しい………
先払い制のようなので、そのままお姉さんのいるレジ横でメニュー表を開く。ラインナップはうどんそば、どんぶり、おむすび、お寿司がメインだ。大好きな梅のおにぎりと迷ったが、腹ペコだったのでがっつりいこうと思い、カツ丼とお味噌汁、そしてお茶を注文した。
それから10分もしない内に、食べ物が運ばれてきた。
この風景を噛みしめる。もう、言うことない。カツ丼のどんぶり、お味噌汁、熱いお茶。この集いに目頭が熱くなる。これに勝てる組み合わせは日本の平和の象徴、おじいちゃん、軽トラ、柴犬くらいだ。
夢中でがっついた。美味しかった。分厚いカツを頬張りつつ、次いで卵をご飯と一緒にかきこむ。一度、脂を味噌汁でさっぱりと流し込む。そしてまたカツをかじって、熱いお茶をすすり……幸せ~!!!
これで23ユーロ(今のレートで3000円くらい)。アイルランドの夕食代としては一般的で、日本食としてはかなり安い。コークに住んでいたら、週一、二くらいでここに来ちゃいそうだ。
ちなみに客層はというと、日本人……は一人もいなかった。しかし、みなさんお箸を手慣れた手付きで扱いながら、親子丼やカツ丼を味わっていた。
この人達も、私と同じように、今夜はお米が食べたい!そう思ってこのお店に入ったんだろうか。お互いに背を向けて黙々と食べているが、ここはお米を食べにやってきた人々の集いだ、と勝手に仲間意識を感じた。
お店を出るときに、隣に座っていて少し挨拶を交わしたイタリア人のカップルが「じゃあね、よい夜を」と手を振ってくれた。
疲れた日に、良心的な値段で、美味しい日本食。そしてお米が好きな人達。この出会いに手を合わせて、ごちそうさまでした。