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雷に打たれたような瞬間を紡いで辿り着くところ
アイルランドで植物調査員をしているみはらです。
日本からアイルランドへの移住は、"アイルランドとゲーム·ゼルダの伝説の風景が似ているから"という理由で決めました。日本人にとっては異世界のような風景と文化を持つ魔法の国。その野山を歩けば、もう気分はオープンワールドの主人公です。
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そして、三日坊主の私が、大学の専攻から、日本での仕事、アイルランドでの仕事と共通して、今まで続けられている植物生態学。これは、"野山のアイテムを集めながら進む、そういうゲームの主人公のような冒険が出来そうだから"、という理由で選んだものです。この植物生態学、本当に面白いんです。積年のアイルランドに行く夢が叶わなくても、これに関わる仕事を続けられるなら、それでも満足だ、と思っていたくらいに。
というのも、アイルランドに限らずとも、東京や北海道にいた時から、調査の思い出を家族に話すと「物語?現実?どっち?」と聞かれるくらい、この界隈には面白い人たちやファンタジーな体験に溢れていて、私を夢中にさせてきたのです。
ということで今回は、日本にいた頃、植物生態学の調査の旅の中で、「うそ、まるでゲーム/映画のワンシーンだ………」と感じた瞬間を集めて、載せてみたいと思います。特に、ある2人の師匠との思い出です。
気つけ薬だ、飲め─手練れのおじいさん
環境系の調査員になったら、野山を駆けてお金がもらえるから、ゼルダの伝説のリンクみたいな生活が出来るよな……という理由で高校から進学した農学系の大学。しかしいざ入ると、環境にかかわる学問の何と多岐に渡ること……どれも山に入っての調査は出来そうですが、どれが一番しっくりくるんだろう。私は少し、迷子になってしまいました。
色々と手探りしているうちに、2年生の選択で生態学の講義を受けてみることに。すると、口髭と顎髭を生やした教授が自分の調査風景を紹介してくれる回がありました。そこには、ロシアやモンゴル、ネパールに調査に行き、大草原で馬を走らせ、サソリに遭遇し、星を見て………そんな、まさに私が描いていた夢そのものの冒険が目の前に広がっていました。
生態学が、私の運命の道だったのか!
まさにピシャーッと雷に打たれたような感覚でした。ノートも取らずに、私はこの先起こるであろう冒険に胸を馳せました。うん、この大学で、生態学を専攻するしかない。講義が終わるとすぐに教壇に走っていき、教授に「あの、みはらです。まだ2年生ですが、あなたの生態学研究室に入りたいです」とお願いをし、それ以降、研究室の調査やゼミに参加させてもらえることになりました。
その夏、北アルプスの雲ノ平という場所での植物調査に同行させてもらえることに。雲ノ平は主に富山と岐阜の二つの登山口があり、私達は富山から登るルートを行きました。富山の登山口から雲ノ平までは、片道13時間くらいになるので、到着前に大抵は途中で一泊するのが基本です。私たちは、8時間くらい登ったところで薬師沢小屋という山荘に泊まりました。
山荘には外につき出すバルコニーがあり、私たちはそこで星を見ながら明日のルート確認なんかをして団欒していました。が、標高の高さに加えて山荘は沢沿いということもあり、その涼しさにだんだんとぶるぶる身体が震えてきます。毛布にくるまって暖を取っていると、目の前に突然ズイッとコップが差し出されます。前を見ると、あの顎髭の教授がウィスキー瓶を片手に持っています。そして一言。
「みはら。気つけ薬だ、飲め。身体が少し暖まる」
二度めの雷。
川に落ちた主人公を助けた後、焚き火を囲んで酒を差し出してくる手練れのおじいさん?!と、一気に私はそんなビジョンがブワーッと見えて、呆然としたままコップを受け取りました。ウィスキーで胃が熱くなるのを感じながらも、まだ心臓をバクバクさせて、さっきの光景を反芻します。
これが生態学………これが生態学なら、やはり私は生態学をやるしかない。こんな瞬間に立ち会えるのなら、仕事もプライベートも、私は一生、生態学をやるしかない!この「気つけ薬だ、飲め」はそう決心させるに十分なほど、私にとってあまりにも忘れがたく、いつまでも頭に鳴り響くような、人生を左右する瞬間でした。
ガンダルフとアシリパを2で割ったおじいさん
大学卒業後、北海道の環境コンサルタントで植物調査員をしていた時、社内に師匠がいました。Kさん。出会った当初は60後半。私が入社した時には、植物調査員の先輩が「私たちはみんなKさんに師事して育ててもらったんだよ。みはらさんも弟子入りだね」とKさんを紹介すると、彼から「まだ弟子にするかはわからん。見込みがないやつには教えん」とすでに物語の頑固職人のような台詞が飛び出てきました。私はやはりこの道を進んで間違いない、とまた確信。
それから調査に同行する度に、彼の破天荒ぶりが露になっていきます。特にお気に入りのエピソードをいくつかご紹介します。
洗礼
入社して間もなく、道北の山奥の斜面で植物調査をしていました。少し大がかりなプロジェクトで、私とKさんを含めた植物調査員4人に加え、顧客である環境省の職員さんも見学に来ていました。途中でKさんが「俺は周りの様子も見とくで」と言って斜面下に姿を消します。数分後、下から木がバキキッと伐られる音が。職員さんがびっくりして「ひ、ヒグマですか?」と聞くと、先輩達はあっけらかんとして「いえ、Kさんですね。杖作ってるんじゃないですか?」と言い放ちます。ここで新入社員ながら、これが日常茶飯事なんだ……と覚悟を決めます。
さらには、そこでの調査を終えて、広大な山に消えたKさんと合流しようとなります。Kさんは基本携帯を持っていません。そもそも電波もない。どうするんだろうと思っていると、先輩達はキョロキョロと山道を歩き始め、何かを見つけると「お、痕跡がある。うん、こっちの方向にKさんがいるぞ!ついてこい!」と言って手慣れた様子で先輩達がKさんのいるらしい方に走っていきます。ふとそこを見ると山道に、行き先の方向を示す矢印と、その矢印を人が作ったことを示すやぐらが枝で作られていました。ボーイスカウトの技らしいのですが、私はえ?!仕事中こんなことある?!と驚きと興奮に包まれながら、先輩達の後に続いて山を走っていったのでした。
リアルガンダルフ
別のある日、インターンの女の子Rちゃんがやってきて、Kさん、Rちゃん、私の三人で山に入っての植物調査をしたことがありました。Rちゃんは補助員ということで、私とKさんが調査区内にある植物を口で羅列していくのを書き留める係でした。午後も過ぎて調査を続けると、少し疲れが出てきているようで、それを見たKさんが落ち葉を集めてふかふかのソファを作り「ここに座って書け。な」と優しく彼女に休憩を促します。KさんもRちゃんに続いて座るのを見て、私も少し休憩しようと横に座ると、
お前は森をのたうち回って調査してこいやあ~!
とKさんの雷が落ちます。ええ~!扱いが違いすぎる!と、ここでふと思い出されたのが、指輪物語の魔法使い、ガンダルフでした。原作のガンダルフは結構理不尽で、のっけから主人公フロドに邪悪な存在から逃げつつ、強大な力の宿る指輪を捨てる大変な旅を半ば強制します。「ご自分が行ってはどうか」というフロドに対して「わしは元々強いから、わしが指輪を持ったらとんでもないことになる。だからやらない」と突き返します。その後は、指輪係で負担の大きいフロドには優しく、特に他のホビット……問題児のピピンには叱ってばかり。私はこの、のたうち回れやあ~!の時、そんなピピンになった気持ちでした。学生時代に指輪物語を読んだ時は、何だこのじいさん?!と思っていましたが、Kさんと出会った後にまた読むと「ああ~あるよね!」と、妙な納得感があるのです。Kさんがファンタジーな存在なのか、ガンダルフがリアルなのか……
余談で、Kさんに「未だにあやふやなこの種とこの種の違いを、大学標本庫でお前が解明してこいや」と言われ、有休を取って標本とにらめっこしていた時がありました。進捗を彼にメールすると、こんな返信が。
「有休時まで、標本で勉強とは、大いに結構」
………え?!いやいや、Kさんが言ったんでしょう?!と、これまたおじいさんに振り回される物語の人物達の気持ちを体験できました。そして大いに結構、という言葉選びよ。つつがなきよう、とか、詮ないことだわな、も彼の口癖でした。どこまでガンダルフなんだ。本から出てきたのか?好きすぎる。
リアルフォース
またある時、私が調査結果を記した野帳を深さ3mくらいのコンクリート護岸された排水溝に落としてしまったことがありました。枝で掬おうにも掬えず、「命より重いデータが………おしまいだ………」と膝をついていると、Kさんが「落ち着け!」と私を横切り、鉈でオオイタドリの丈夫な茎をバツン!バツン!と切って杖を作り始めました。何をするんだろうと思っていると、「ほーれ」と言って排水溝の水を杖でかき混ぜ始めます。するとどうでしょう。
野帳がスィーッと渦に巻き込まれ、彼の杖に吸い寄せられていくではありませんか!
私はえ?!フォース?!ヨーダ?!仙人?!と唖然としてその様子を見ていました。彼はそのまま野帳をうまく杖で掬い上げ、私に手渡してくれました。「知恵使えやお前」と言われて、す、すげえ……となる私。これが野山で生きる知恵……師匠には一生敵わないと思った瞬間でした。
ちなみに彼が渦を作っている時、これが脳内に流れていました。
リアルアシリパ
また海岸沿いの植物調査をしている最中、突然Kさんが「お前さんツルハシ持ってるか」と聞いてきます。「え、あ、はい」と手渡すと、つかつかとある岩の前に行き「おりゃ!おりゃ!」と岩を穿ち始めました。化石でも入ってるのかなと見守っていると、何やら破片を持ってこちらにやってきて、
お前、口開けろ!
と言います。え?!何で?!と思いつつ開けると、「うおりゃ!」と破片を舌にパシーン!と乗せてきます。ええーーー?!何?!と思っていると、急にスッと真顔になり「お前この石何だと思う」と質問されます。「わかんないれす」と言うと「舌べろから離してみろや!それで分かるから」とのこと。言われた通り離そうとすると、何と石が舌にくっついてなかなか離れません。ベリベリと剥がすように取ると「どうだった」と聞かれ「吸引力がすごかったです」と答えると「そう!それは珪藻の殻で出来た岩の破片や。珪藻の殻は細かい穴が空いている多孔質だから、水気のあるものに触れるとよくくっつく。珪藻マットはこの仕組みを利用して水気を早く取るっちゅうわけ」と説明がありました。多孔質だから水を吸いやすく、くっついていた、ああ~!なるほどね!へえ~!珪藻マットってそうなってんだ!と一つ賢くなった気持ちになった後、いやいや私の舌で試さなくても!分かりやすいけど!となったのでした。
そういうこともあって、漫画ゴールデンカムイを読んでいると、Kさんを思い出します。ゴールデンカムイの序盤では、アイヌの少女・アシリパさんが和人で元軍人の主人公・杉元に北海道の自然での生き方を教えながら、2人で旅をするのですが、アシリパさんがことあるごとに山育ちではない杉元に「これ食え!」と強制的に動物の脳みそや内蔵をごちそうし、杉元がしぶしぶ食べるシーンが印象的です。Kさんもお前これ食ってみろや!系の勢いが多いよなあ……と思っていると、山の中の小川でKさんがふと「お前と俺の旅は、ゴールデンカムイの二人のようやな」と呟きます。Kさんは植物や鳥の他に、アイヌ文化にも精通しているため、アイヌ文化を描いたゴールデンカムイも試しに……と読破していたのでした。「俺がアシリパね。アイヌ文化の案内人」というKさんに「え、じゃあ私、杉元ですか?へへ、やった~」と照れていると
お前はただの情けない和人!
と言い渡されます。これがめちゃくちゃ面白くて、爆笑しました。一番好きなエピソードかもしれません。すべらない話として、チーム員全員に話したくらい好きです。情けない和人!の躊躇ない勢いが好きすぎる。確かにそうだけども!
修行編?!
北海道の植物調査では、主に人の登らない山や雑木林を歩くため、進行先に基本、道はありませんでした。ササやブドウのつるなど、手では引きちぎれない草木が生い茂る場所を無理矢理突き進むことが多いです。そこで、必須装備とされていたのが鉈とナイフ。これを片手で振り下ろして、道を作っていきます。
ただ、会社支給の鉈は重たい。パワーのない私が片手で振り下ろしても、正しい太刀筋にならないため、威力があまり発揮されません。調査の休憩時間にも、Kさんから
「素振りしろや!俺が太刀筋を見てやるから」
という、え?!修行編?!という発言が飛び出していました。およそ会社員の仕事中の会話とは思えません。そうして素振りを続けるもなかなか一太刀で太いチシマザサを伐れたり伐れなかったりで芳しくなく……そこでKさんは私に見合った重さのナイフを、自分の倉庫から引っ張り出して渡してくれたのでした。ただ、そのナイフには鞘がありませんでした。渡された当初は、切り込みをいれた発泡スチロールに入っていたのですが、何か格好良い鞘を腰に下げたいな……と考えます。
私の一番好きな漫画に、『ヴィンランド・サガ』という11世紀初頭のヴァイキングについて描いた作品があります。この主人公が着けている鞘。これを作ろう!そう思ってKさんに「こういう鞘が作りたいです」と単行本を見せて相談してみることに。
するとKさんは特に疑問もなく「なら革買いに行くぞ!」と言って、すぐに素材屋さんへ。いいか、針も専用のものを買わにゃならん、ハトメリングとハトメ抜き、木槌もな……革はこんくらいの厚さがいいぞ………とレザークラフト用の道具を一式見繕ってくれたのでした。何故、鞘について聞かれてすぐにそんな対応が……?とか、そういうことはもうこの時にはびっくりせず、Kさんだしな……の一言で納得出来ました。
彼は私が在籍中に会社を退職し、フリーランスで調査員を続けています。私がアイルランドに行った後は、カナダにいるという知らせが。どこまでも自由で予測不可能。彼は、私をいつでもお話の1ページへと引き込んでくれる、そんな、一生敵わない最高の師匠です。
次の物語はアイルランドで
ピシャッ、ガラガラガラ!と雷に打れたような瞬間を紡いで、辿り着いた生態学、植物調査の道。自分の思い描いた冒険を追い求める道中、教授やKさんのような人物達と、まるでおとぎ話のような展開に何度も立ち会うことが出来ました。
そしてさらに理想へ、と移り住んだアイルランド。私にとって異国の風景と共に、出会った一人一人との会話に、一瞬一瞬の出来事に、自分が故郷から遠くはなれたことを感じ、そしてまたそれが、今、冒険をしているんだ、という強い実感を湧かせています。
これからも、色々な人達と出会いの物語を作りたい、そしてあの鳥肌の立つような、雷に打たれるような瞬間に出くわしたい。そうして予期せぬドラマに胸を馳せながら、今日も私は、長靴を履き、鞄を肩に掛け、手袋をはめ、うん、よし、行ってこよう!誰かに会いに行こう!と、旅に出かけていくのでした。
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