詩集紹介|弱さは、すべてを受け入れる谷間。田中重人さん詩集『トトとコト』『ヴァルネラブル』
小さく祈る夜が来て、朝はまぶしさでいっぱいで。
きらきら光る露を、ほそい糸で通したような詩集に出会った。
徳島・神山町在住の詩人、田中重人さんの第一詩集『トトとコト』第二詩集『ヴァルネラブル』。たまたまインタビュー記事を読んだことがきっかけとなった。
田中さんの言葉に、ひとつひとつうなずき、微発光しているような詩の優しいあかるみに心打たれた。そして気づけば泣いていた。
この詩集をすぐに読みたい。数日後、のびやかな風景を切り取ったような表紙が印象的な詩集たちを手にした。田中さんとご家族が暮らすふんわりとした空気まで、届いたような気がした。
世界があって、自分があるーという転換がおこるとき
こどもを寝かしつけ、そっとページをめくった。
愛娘コトちゃんとの会話、妻と歩く道。そして「そこにあるもの」に出会いなおす喜びと安心感。猛スピードで生きていると気づけないささやかな愛おしみがひしめきあう。
たとえば、こんな詩。
用事という用事ではないけれど、「欅を見に行く」という行為それ自体の豊かさ。「うれしい!」とはしゃぐほどではないけれど、そっと笑みを浮かべるようなできごと。めずらしいことに出会ったのではない。欅もきゃべつもありふれたもので、世界にこれまでも存在していた。でもそこには、そんな存在と―世界と―出会い直したときの新鮮なよろこびがある。
次の詩も好きだ。
これらの詩のすごいところは、「自分がいて、世界がある」のではなく、まず世界があり、それを受け取る自分がいる―という順になっていることだ。このクルッとした転換は、表面上はわかりにくいけれども、ものすごく大きな変革が起こっていると思う。
そしてこんな転換が起こるのは、自分の小ささ、弱さを受け止めざるをえない強烈な体験があったのではないか…と心のなかに覚えをさぐった。社会からまろび落ちた挫折のさなかに、わたし自身が母に言われたことをふっと思い出した。
人間界のなかで必死に走り続けて、転倒してしまったときに、はじめて見える風景がある。風のあたたかさがある。2冊の詩集には、そんなふうに、世界のゆるぎないあかるさに満ちている。さびしさや恐れがかすかに旋律を奏ではするものの、大前提として、世界はここにあるから大丈夫、なのだ。
田中さんのほかの詩を読んでも、なんとなく、《場所もフィールドも今と全然ちがうところで、(違和感を持ちつつ)すごく戦った人なんじゃないかな》という気がした。そして、戦うのをやめた人なんじゃないかな、と。
この詩とあとがきを見て合点がいった。
田中さんはかつて大阪のアート界隈で活躍され、そしてパニック障害と双極性障害で社会から離れざるを得なかったのだ。
弱さは、すべてが集まる谷
『トトとコト』そして、「壊れやすい」を意味する第二詩集『ヴァルネラブル』。この2冊を読むと、「弱い」というのはどういうことなのか考えさせられた。
中国の思想家、老子に、こんな言葉がある。
すべてなのだ。そう思う。すべてが集まる谷間に、この詩集たちがなっている。
降り注ぐのは、無限のあたたかさ
谷間には、ふしぎと、やさしい光が降り注いでいる。
たびたびこのnoteでも紹介している八木重吉という詩人の世界と似ているなと思っていたら、詩のなかに八木重吉の名前が出てきた(「しのほん」『トトとコト』)。
八木重吉は「男は強くあるべし」という風潮が今よりずっと強かった明治に生まれ、病気のなかで詩を書き、29才の若さで亡くなった。こんな詩を残している。
彼もまた、弱く「ある」ことで世界を受け止め、透明なあかるさとかなしみを謳った詩人である。高村光太郎はその詩を称し、こう言っている。
八木重吉が好きなわたしは、彼に連なる系譜がいま息づいているのを発見して、しみじみうれしく思った。弱くあるゆえに見えてくるもの、感じるものを受け入れたとき、無限のあたたかさが降りつもるように思われる。
詩人は信じている
八木重吉、そして田中重人さん。かれらの詩のあたたかさの正体は、詩人が、世界のゆるぎない美しさを信じているからだ。
前出のインタビュー記事で、田中さんは「僕ね、世界って根アカやと思うんですよ」と言っている。生きていられないような苦しみを味わって、弱っていたとしても、世界だけは、のほほんといつも明るい。
田中さんの第三詩集のタイトルは、その名も「セカイハアカルイ」。田中さんの信じている世界に触れると、ふしぎな力が湧いてくる気がする。
こちらも、楽しみである。
詩集入手の仕方
戦う日々に疲弊を感じている人に、ぜひ読んでいただきたい詩集です。呼吸ができます。
ライター杉本恭子さんによるインタビュー記事の文末にまとまっているので、ご参照ください。読み応えのある、すばらしいインタビューです。
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