【詩を食べる】七十五セントぶんの切符(ヒューズ)/黒人たちのフライドチキン
詩のソムリエによる、詩を「味わう」ためのレシピエッセイです。今日紹介するのは、アフリカン・アメリカンの詩人ラングストン・ヒューズの旅心をあおる詩と、アメリカ南部のソウルフード「フライドチキン」。鉄道の旅をイメージさせる詩とレシピをお楽しみください。お肉をしっとりさせるコツも伝授!
「ここではないどこか」への憧れ
ああ、旅に出たい。
「旅行したいな」ではなくて、「旅に出たい」。人間の奥底のほうからときたま湧き上がってくるこの想いは、本能のようなものではないだろうか。ときに、「ウズウズする」という身体感覚で語られる、生きるうえでの欲望。
体重が50キロ以上ある陸上の生き物で、定住生活を送るのは人間だけだと聞いたことがある。だからどんな時代でも、「ここではないどこか」への憧れはDNAレベルで組み込まれているのではないか…という気がしている。
「パリに行きたい」とか「サグラダ・ファミリアを見たい」とか具体的な行き先が決まっている旅行ではなく、ただただ、旅に出たい…。はやる気持ちが湧いてきたとき、いつも思い出す詩がある。
アフリカ系アメリカ人、ラングストン・ヒューズの「75セントのブルース」である。
書き出しは、「どっかへ 走っていく 汽車の/七十五セント ぶんの 切符をくだせえ」(Gimme six-bits' worth o'ticket/On a train that runs somewhere.)
木島始さんのべらんめえ口調の訳が、疾走感あふれるこの詩にピッタリだ。
「◯◯行き」ではなく、「七十五セントぶんの切符」というのが詩心と旅心を両方をくすぐる。
ラストの切羽詰まった感じが胸に迫る。本当は、行きたい、のではなく、逃げたい、のではないか…。そんな切なさを余韻に残して。
フライドチキンと黒人の歴史
このたぎるような詩には、アメリカ南部のソウルフードであるフライドチキンをあわせたい。
今や世界中で愛されているフライドチキンの歴史は、アメリカ南部に奴隷制が敷かれていたころに遡る。
黒人奴隷たちは、主人が捨ててしまう鶏の部位をスパイスで調味し、油で揚げて明日への活力としていた。フライドチキンは彼らのソウルフードであり、家庭ごとの味があるそうだ。
この記事の写真には、鉄道でフライドチキンを売る黒人女性の姿がある。南北戦争のあと、financial freedom(経済的自由)を得るためにフライドチキンを売っているのだ。そういう時代だった。
黒人として差別を受けてきたラングストン・ヒューズ。彼が75セントぶんの切符を握りしめて飛び乗った鉄道にも、フライドチキンのお供がいる。
ジューシーに揚がったスパイシーなフライドチキンは、ほおばると「どうしてこんなにおいしい部位を捨ててしまうのか」とニンマリほくそ笑んでしまう…。
あとのことなんて知っちゃいねえ。ただもう、おいしいフライドチキンをほおばるんだ。
カリカリで、このうえなくジューシー。フライドチキンの作り方
フライドチキンは、からあげとちがい、衣にスパイスなどの味をつけて揚げる。スパイスは、チリパウダーやパプリカパウダーをお好みで。ヒューズの詩と鉄道旅をイメージして、大胆に、大きく揚げちゃおう。
むね肉でもジューシーにしあげるコツは、「レモン牛乳につけること」。驚くほどしっとりやわらかく仕上がる。
揚げたてを、ガブリとほおばる。鼻をぬけるスパイシーな香りと、ザクザクの衣。そして、鶏肉のなんとジューシーなこと!無心で食べすすめながら、ラングストン・ヒューズという詩人とフライドチキンを生み出した黒人の歴史を思う。虐げられた人々の気高さ、たくましさ、エネルギー、そして悲しみ。
かの地に彼らが生きた、だから今がある。
作者について
ラングストン・ヒューズ (1902-1967)アメリカ合衆国ミズーリ州生れ。
▼生涯
幼少期に両親が離婚し、祖母から黒人の口承文学を多く聴かされ育てられる。祖母の死後は両親の友人に引き取られる。高校在学中に詩や短編小説を書きはじめ、詩「黒人はおおくの河のことを語る」("The Negro Speaks of Rivers")で、詩人としての才能を見いだされる。
コロンビア大学中退後、ホテルのボーイ、水夫など職を転々としながら詩作を続け、「ハーレム・ルネサンス」(1920年代から30年代にニューヨーク州マンハッタン島のハーレム地区で花開いたアフリカ系アメリカ人による文化運動)の中心的存在として活躍した。1967年ひっそりと病死。
▼作風
今回紹介した「75セントのブルース」をはじめ、訛りの強いスラングを魂から叫ぶように書きつけて、それが詩になっているという稀有な才能の詩人。今読んでも、彼の疾走感ある詩は心をぐっと惹きつける。
ドライな哀切も特徴で、この記事で紹介している詩もぜひ味わってみてください。