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スパイスの効いたドーナツ

皿洗いをしながら、何かの拍子に30年以上も前のことを思い出した。

結婚した友人の家に遊びに行くため、何かプレゼントを買おうとしたときのことだ。

シンプルな生活を提案する雑誌の名前が、そのまま店の名前になっている。
そのブランドの雑貨を扱うお店に出かけた。

品定めをしていると、店の奥からオーナーの息子さんらしき男の子が出てきた。

5歳くらいだろうか。
私達お客がいることに気づくと、小声で「おばあちゃんが、ドーナツ作ってくれたけど、食べていい?」と聞いた。

さすが、おやつは手作りなのねと感心していると、オーナーの女性は顔をしかめて言った。

「もう、あの油は肉用だから、ダメだって」と、奥を覗き込んでため息をついた。

あちゃー、ご家庭のまずいところ見ちゃったかしらと、気づかないふりをした。

実家のお母さんなのか、姑であるお母様なのか、どちらにしてもオーナーのご機嫌を損ねる出来事のようだっだ。

そりゃあ無理もない。
ニンニクの効いた唐揚げをした油で揚げるドーナツは、やはりどこかニンニク風味になってしまうだろう。

そのとき自分はまだ結婚していなかったので、価値観の違いって大変なのかも、おしゃれな生活をするのって難しいのかもと思う出来事だった。

あれから30数年、一緒に住んでいなくても価値観の違いはたびたび感じている。

「これを食べたら、もうお店で売ってるのは食べられんよ」と、本気で料理自慢をするお義母様に、「わかった!お母さんが料理上手なことは十分わかったから、一つだけお願い。たけのこは煮干しじゃなくて、鰹だしで炊いてほしい」なんて、絶対言えない。

けんちん汁や里芋など、これは煮干しに限るというもの以外ほとんど鰹だしで育った私は、これが鰹だったらな…と毎回思ってしまう。

でも、それは言わない方がいいと思って今までやってきた。
キャリアの短い私が、年長の姑に料理指南はするべきじゃないなと。
実際もし言ったら、大変なおかんむりだろうし。
どちらが正しいというものでもないんだから(?)、円満な人間関係優先だ。

そんなわけで、毎回残念な私の思いに気づかないふりをして、夫はまるで料理の一部のように煮干しを食べる。

ため息をつきたい気持ちで見ながら、自分の炊いた切り干し大根の中から煮干しを取り出さないようになった私も、多少姑に近づいたのかもしれない。

いや待て、やっぱり見た目も料理のうちだ。
煮干しは悪くないんだから、別皿に分けるとかしようよ。

出汁は煮干しなのか鰹なのか、ドーナツと唐揚げの油はどうやって分けておくのか、同居して生活を共にするって、そういうことの擦り合わせなんだろうな。

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御手洗 育/暮らしのエッセイスト
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