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冥途・旅順入城式

"私はほっとして、前足を伸ばした。そうして三つ四つ続け様に大きな欠伸をした。何だか死にそうもない様な気がして来た。"1922年のデビュー短編集である冥途、そして約12年経過して発表された旅順入城式を収録した本書は、異界の気配のみがひしひしと迫りつつ放置される唯一無比の読後感。


個人的には森見登美彦も"私が『阿呆な小説』と『怪談』の両方を書くようになったのも、そのまま百間の影響です"とも絶賛する著者(猫好きと見せて、鳥好き)の本は出来る限り読み漁ろうとしている中でデビュー作にして代表作、師匠の夏目漱石の『夢十夜』の影響を色濃く感じる本書を手にとりました。


さて本書は、沢山の読者に手にとってもらう事を意図して弟子により新漢字、新仮名遣いに改められて『冥途』から18編『旅順入城式』から30編の短編が収められているのですが。『冥途』の女を捨てた(捨てられた)不安、生まれる前に死んだ兄、今は亡き父、道路に寝そべる犬などなど【夢の中で出会うモチーフは一見ベタ】で、かつ無造作に綴られているようで、精緻に仕掛けられていて。自然と【五里霧中に理由なく異界に誘われる感じ】が何とも心地よい読後感でした。

また、短編小説的に始まる『旅順入城式』では、10年の歳月の洗練でしょうか。【誘われた異界から現実を暫し往復させられるような感覚】が、例えば親交のあった芥川龍之介との実際のやりとりをモデルにしている『山高帽子』や、軍隊時代の著者が垣間見える『旅順入城式』から感じられ、これはこれで一冊で二度美味しい。そんなお得感を感じました。

暑苦しい夜に意味を求めず異界へと誘われたい誰かへ。また著者のデビューからの変化を感じたい誰かや、オチのない短編好きな誰かにもオススメ。

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