不都合だらけの自分を認めるということは今の自分を卒業して新しい自分になるということだと思う
新生活の中ではっ、と気づいたことがあり、テンション爆上がっています。
それは、私って結構他人の目が気になるんや!ということです。
元々私は20代半ばまで関東を出たことがなく、同じように関東で育ちの方は分かってくださる方もいるのでは…と期待しているのですが、
今まで他人を気にする、という習慣がさほど無かったのです。
これ普通に皆そうなんだと思っていた私は本当に井の中の蛙なのですが、
当たり前のことではなく、私が生まれ育ってきた狭い範囲での文化なだけ、ということに、何度か関東以外の場所に住むという経験を通して、段々と気がついたのです。
私にとってはとにかく全ての他人が風景で、絵だったんですが、
すれ違う人の顔を見たり、誰かが変な動きをしたり、とにかくなんでもないことで他人のことを普通に凝視するもんなんだな、
ていうか他人のこと気になったら見る、というのが普通なんだな、と、書いててめっちゃ当たり前なんですが今更そんな発見をしたのでした。
正直、私にとっては人に見られる、というのはストレスです。
なぜなら、人のことは気にしない、極力関わらない、という暗黙の了解の空気感の中で育ってきているので、
他人をジロジロ見る、というのは私の価値観では「やってはいけないこと」だと思って来たからです。
そして、なんというか私がその土地のルールというか空気読めてない行動をするとそれに対する感想をわざわざ態度で示してくださる人もいて、
めっちゃカルチャーショックすぎて「えっわざわざこんなことしてきて、、お前私に一目惚れしたん?」と最初まじで思いました。
東京って以外と寛容だったんだな、(寛容っていうか、皆興味無いだけか)ってことに気づきました。
で、ここまで読んでくださった方はきっと思っているでしょうが、
上記の現象を通して、私は自分のある性質に気が付きました。
私は「繊細」ということです!
(今更気づいたんかい!皆もう1億年と2000年前から気づいてたよ!)
これに気がついて、大変興奮というか大歓喜というか、色んなことがクリアになったぜ!と思って一緒に住んでるネズミとハイタッチしました。
どこに住んでいようが、私はしょっちゅう、自分が「浮いている」と感じています。
で、実際友人からは「全然そんな事無いよ」と言われます。
なので、私は別に浮いてはいないが、自分では浮いている、と感じているわけです。
つまるところ、私は神経質で繊細なんだろうな、と思うのです。
神経質で繊細なので、こだわりが強く、ストレスを感じやすい。
(「浮いている」と思うのも、細かいところにいちいち気づいてしまうからかな?と思います。私ってめんどくせえやつでうけるな)
神経質も繊細も、大らかで大胆な人に比べたらデメリットは大きそうに思えます。
でも、私にとって肝心なのはここからです。
自分で気づいていなかった繊細、という性質を認めたことが肝心なのです。
(※毎回断っているような気がしますがあくまで私が思うことです。私は医学や科学的な根拠を持って話しているわけではないため専門家でもプロでもございません。そこらへんにいるただの人間ですのでご了承ください。)
自分は繊細だと認めてみて起こった良かったことがいくつかありますが、大きく二つに分けて書きます。
ひとつめは、発生したストレスの優先順位を自分の中で確立出来たということ。
新生活が始まってから、なかなかストレスフルな日々を過ごしている自覚がありました。
しかし、そのストレスというのは、窓の外で戦争が起きたからでも、ストーカーにつきまとわれているわけでも、多額の借金を抱えているからでもなく、
私が繊細で色んなことに気づき、無意識にそれらにいちいちショックを受け、恐怖を抱いているからなんだと気づいたわけです。
そうと分かれば、
「ああ、自分の特性また出てるよ」
って思っておけば、別に誰かが私を殺しにこようとしているのではなく、私が繊細に神経質に何かを感じ取ろうとしているだけなので、おいその超能力今発動せんでいいぞって、冷静になれます。
つまり、自分をしっかりと保つための優先順位をつけやすくなるのです。
(いちいち繊細さのせいでキャッチしているストレスは私には重要だと思わないため)
ふたつめは、自分の強みと自分の理想の姿を考え直す機会になったこと。
私は神経質で繊細で弱くて忍耐力の無い人間です。
これだけ書くと自虐してんの?と思われそうですが決してそうではありません。
れっきとした、私を私たらしめている最強のパーティーメンバーです。
(これで四天王倒せますわまじで)
かつ、上記に加えて
好奇心と行動力がバリ強い、と自認しています。
なのでまとめると、好奇心と行動力バリ強の神経質繊細激弱忍耐力ゼロ人間です。
で、これ全部私を幸せにするためにいつも助けてくれている私の特性なのです。
神経質なので、こだわりがかなり強く、人に合わせるよりひとりでいることを好みます。
かつ、繊細なので色んなことを発見してストレスをキャッチしまくります。
しかしながら激弱で忍耐力ゼロなので、ストレスに耐えたり踏ん張ることは苦手です。
そこで好奇心と行動力の強さが発動してすぐに環境や生活を変えることを助けてくれ、ストレスを溜め込みすぎないサイクルを作ってくれている、と自覚しています。
自分が心地よく生きるためにそれぞれの特性を認め、感謝し、伸ばしていきたいと努力しているので、今回その武器として、
少々扱いづらい「繊細」というパーティーが正式に加わったことは心強いです。
つまり何が言いたいかというと、全部の要素が私を助けてくれる救世主なのです。
その救世主を生かすも殺すも憎むも好むも私次第なのです。
そして、まだまだ自分で気づいていない厄介で不都合な特性が私の中に沢山埋まっていることでしょう。
繊細さん、という言葉が嫌いです。
なんだよ繊細さんって舐めてんのかよ、と今まで思ってきました。
自分は行動力があると自覚していたので、繊細なわけない、と思ってきました。
でもこうして安全で安心な居心地の良い場所を離れ、ストレスフルな日々の中、一人内省の時間を過ごしてみて、
こうして自分の特性として「繊細」という性質を受け入れられたことは、
私にとって人生の宝物のような体験になりました。
はじめまして!繊細な自分よ。
これからもお前の厄介なところとぼちぼち付き合いつつ、私に素晴らしい体験をさせてくれよな。
よろしこ。
最後に、
大体本当の自分の姿というのは不都合なものだと思います。
人生が不都合の塊なので、仕方ないような気がしますが、
まさか自分が…
ってことが人生では起こりうるものだと思います。
なので、もし自分が分からない、こんなはずじゃない、なにか違和感だ、
って時、
あれ?自分自身の何かを無意識に否定したり、見ないふりしてないか…?
と見返してみる価値はありそうだ、と今回私は思いました。
いつも通り、これはあくまで私が思うことです。
昨日小5の時の親友、えっちゃんが夢に出てきて、
林間学校でソフトにハブられて悲しくなるという体験をしました。(夢の中で)
えっちゃん、まじでなんで夜一緒に怖い動画見よって約束したのに別の部屋の子と遊んでたん…?
って昼くらいまで思い出して落ち込んでたのですが、
スーパーに昼飯買いに行ってる途中で「あれ夢じゃね?」って気づいて元気になりました。
まじで何言ってるか分からねえだろうが俺にも分からねえ…。