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【おはなし】 ビー玉会議

9月の土曜日の午後。

天気予報を信じたボクは、2日分の食糧を買い込み、週末はずっと家にこもる準備を整えていた。

金曜日の午後に天気予報を確認したところ、「土日は雨が降ったり止んだりを繰り返すでしょう」と予報士のお姉さんが控えめな声でささやいていた。

ボクはいつ雨が降り出しても困らないように、洗濯物を屋根のあるベランダの内側に干し、窓を半分開けていつでも出入りできる準備を整えたうえで、リビングで雑誌を読んでいた。

ときどき窓の外を確認する。

うっすらと雲が出ているけど、今すぐに雨が降り出しそうな気配はない。雑誌のページをめくっては、ときどき空模様を確認しつつ、ボクは午後の時間を過ごしていた。

何冊かの雑誌を読み終えて、コーヒーも何杯か飲んでしまったボクは、あるできごとに気がついた。

「雨が降らないじゃないか!」

ポロ ポロ ポロ ポロ ・・・

ビー玉サイズの小型爆弾がボクの唇からこぼれ落ち、テーブルの上で踊りはじめてしまった。

「天気予報のお姉さんは雨が降るっていってたわよねえ」

「雨が降り出す正確な時間を教えてくれないから待機の時間がながくなるのさ」

「でもお姉さんはなんだか自信なさげな表情だったわよ」

「ふん、そんなもの知るものか」

白と黒のグラデーションを作りながら、ビー玉サイズの小型爆弾は負の感情を吐き出していく。やいやい、わいわいしているビー玉を眺めていると、ボクはいてもたってもいられない気持ちになってきた。

パーン

左右の手を合わせて大きな音を立てたボクに、ビー玉たちの視線が集まった。

「ボクは今から掃除をしようと思うんだ。どこを攻めればいいか教えてほしい」

ビー玉たちに提案をすると、彼らはふたたび議論をはじめた。

「本棚から溢れている書物をなんとかするべきさ」

「それも大事だけど、冷蔵庫の中を雑巾で拭き上げるのが先でしょ」

「いやいや、なんといっても玄関じゃ」

「風水的にいうと、キッチンの流し台が優先されるべきでしょうねぇ」

白と黒のしましま模様のビー玉が「風水」という言葉を持ち出したのが決定打となり、ビー玉の会議は満場一致で「キッチンの水回りにするべし」という結論に達した。

「よし、じゃあ、ボクは今からキッチンの掃除に取り掛かるよ。君たちは、適当に過ごしてくれてもいいけど、せっかく洗って干してある洗濯物には、いたずらをしないでおくれよ」

ボクがビー玉たちに注意すると

「わかってるわよ」

「なんか偉そうだな」

「でもこいつが主人あるじだしな」

「久方ぶりのシャバじゃ。ここはこらえよ」

ビー玉たちが騒ぎはじめたのを無視して、ボクはキッチンの掃除をはじめた。



食器洗いのスポンジに洗剤をつけてシンクの中を洗っていく。普段は手抜きする角の部分までスポンジを這わせて汚れをとる。

次に流し台のまわりも攻める。洗い物を終えた食器を一時的に載せておくステンレス製のワゴンもスポンジを使って洗い上げる。

次に攻めるのは、ガスコンロ。

特に汚れているのがコンロの下の部分。野菜炒めを作ったときのカケラだろうか。黒ずんで固まっている物体や、まだ緑色をキープしているキャベツの破片、今では溶けかけているエノキの先っちょなどを雑巾を使って集めていく。

なんどか雑巾についた汚れを洗い流し、すこーしずつエリアを広げていくと、ボクは換気扇にたどり着いた。

「う〜ん、こいつは強敵だぞ・・・」

換気扇には不織布のフィフターを装備しているのだけど、こげ茶色に変色している。もともとは白と黄色の間くらいのやさしい色合いだったフィルターは、今では使い込まれた皮財布みたいにくたびれている。

「でもまあ、やるしかないか」

ボクは独りごとをこぼしながら換気扇を取り外すと、スポンジにたっぷりと洗剤をつけて洗いはじめた。

ごし ごし ごし

キュッ キュッ キュッ

ジャー ジャー ジャー

洗い上げた換気扇の外フタを乾かしているあいだに、ボクはリビングに戻りベランダの様子を確認することにした。

さっきまで議論していたビー玉たちは姿を消している。窓の外の空模様は少し曇っているけれど、まだ雨は降り出していない。

掃除機を取り出したボクは、キッチンへ戻ると床掃除をはじめた。このまま少しずつエリアを広げていく。リビング、玄関。ベランダは、しなくっていいか。

ひととおり掃除機をかけ終えると、ボクはソファーに座って休憩することにした。

どれくらいの時間が過ぎたのだろう。

掃除をはじめる前に確認しておけば、今夜の日記を書くときに充実感を味わえたのにな。

読みかけの雑誌をめくりながら休んでいると、眠気がボクの頭を包み込みはじめた。このまま目を閉じると気持ちいいことが起きるはず。

「そろそろ換気扇のフタが乾いたんじゃない?」

「このまま眠らせてやってもいいんじゃないか」

「日が暮れるとやる気がなくなるかもね」

「まあ、あっしらには関係ござらんがのぉ」

ビー玉が弾けた。

眠たい目をこすりながらあくびをひとつ溢すと、ボクは再びキッチンへ向かった。

換気扇のフタに不織布のフィルターを新しく装備する。離ればなれになっている換気扇の本体とフタを合体してからスイッチを入れると、いつもよりたくさんの空気を入れ替えてくれた。

ひとまず今日の掃除はここまでにしよう。

綺麗になったキッチンの水まわりは、シルバーアクセサリーをピカピカに磨いたあとみたいに、ボクの身の回りの世界を明るく照らしてくれている。

気まぐれにはじめたキッチンの掃除。ボクの予定には入ってなかったけど、これはこれでアリなんだろうな。

さてと、今夜の日記には、なんて書こうかな。

9月の大掃除を上の句とし、その下の句には・・・

A:昨年末にサボった分の回収掃除

B:今年の年末の先取り大掃除

「Bよ」

「いんや、Aだな」

「ズルはいけない。だからAさ」

「前向きに考えましょう。Bね」

ふたたび、ビー玉たちの議論がはじまった。




おしまい