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【おはなし】 おめでとう大会

「あけましておめでとうございます」

会社の入り口のドアを開けた瞬間、エレベーターの方向から声が聞こえてきた。新年一発目のお仕事日だし、ここの会社でもあいさつが行われている。

僕はこの会社に勤めて年を越すのは初めてだから、少し緊張してきた。会社独自の変な行事とかなかったらいいのにな。

エレベーターホールでは、たくさんの人が集まってそれぞれに新年のあいさつをしている。僕はみんなが頭を下げている瞬間を狙って、こっそりと階段に向かった。

僕はいつも階段を使うことにしている。僕の部署は4階だから歩く人は少ない。そのぶん、のんびりと自分のペースで登ることができるのだ。駅のホームへと続く階段とは大違い、のはずだったのにな・・・。



階段に続くドアを開けると、見慣れない男性が銀色の丸いトレーに何かを乗せて立っている。レストランのウエイターにも見える出立ちの男性は僕に話しかけてきた。

「おはよう。キミはたしか、最近入ったばかりの宮本くん、だったよね?」

「はい、宮本です。おはようございます」

「いい返事だね。これは社長からキミへのプレゼントだよ。おっと、みんなに配っている物だから気にせずに受け取ってほしい。それと、これを今すぐにここで飲んでから次のフロアへ向かってください」

僕は男性からプラスチックカップに入ったオレンジ色の飲み物と、ビンゴカードを受け取った。

「心配しなくていいよ。ただのオレンジジュースだからね」

僕は不安な気持ちになりつつも、男性の優しく話す口調に釣られてしまい、カップに入っているオレンジジュースを一気に飲み干した。

「なるほど、警戒心よりも好奇心の方が勝るわけだね、キミの場合は。それもまた良し。それでは、良い1日をお過ごしください」

余計な質問をすると減点対象になりそうな気配を感じた僕は、ペコリと頭を下げて階段を登り始めた。



いつもならもう2階を通り過ぎているはずなのに、今日はなかなか次のフロアに到着しない。伸び縮みする階段って聞いたことない。ハリーポッターの魔法学校では階段が動くけど、似たような仕掛けになっているのだろうか。

「きっと、お正月バージョンさ」

もう1人のボクが話しかけてきた。僕はいつの間にか自分の胸の奥から彼を召喚してしまったみたいだ。

「ハリーポッターは関係ないさ」

お正月休みを利用して観た映画のことは忘れよう。いつまでもお正月休み気分を引きずるのは社会人としては減点対象になる。

ただでさえ僕は派遣社員という身分なのだ。最大でも3ヶ月の契約期間。その都度、更新予定はあるのだけど、勤務態度や業務量が数値化されて僕のランクが決まる。正社員とは違いランクが下がると僕はお払い箱になるのだ。

僕は両手で自分のホッペタを「バシ バシ」と2回たたいて気合を注入すると、少しだけ目がスッキリした。



2階へと続く折り返し地点(踊り場というのかな)に到着すると、係長が待ち構えていた。

「宮本さん、あけましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します!!」

まるで西部劇のガンマンみたいな早撃はやうちをくらった僕は、何が起きたのか分からずに固まってしまった。

「よし、オレの勝ちだ」

係長はスーツの胸ポケットから小さな紙を取り出すと、親指を使ってひとつだけ穴を開けた。よく見ると小さな紙は、さっきもらったビンゴカードだ。

「キミは頭のいい新人だと聞いているよ。オレたちの部署は4階だったよな?」

それだけを僕に言うと、係長は身を潜めて次のターゲットを待つ姿勢を取った。

わけの分からない係長のことは放っておこう。僕の直属の上司として目を光らせている存在ではあるのだけど、僕は彼のことがあまり好きじゃない。いつも偉そうな態度をとるし、僕の名前を呼び捨てにするから苦手なんだ。

僕はペコリと頭を下げて階段を登り始めた。



相変わらず長い階段だ。もう4階にたどり着いてもいい頃合いなのに、2階にさえ到着しない。

新しく階段職人を採用したのだろうか。

僕が階段を登っていくと、登った分だけの段数が増えていく仕組みなのだ。誰にも気付かれないように「そ〜っと」増やしていくのが彼らのやり方なのだ。

「ハッハッハー、残念だったな。それが階段職人としてのキミの役割のはずだが、俺は見抜いてしまったぞ。どうだ、参ったと言えよ!」

「急にどうしたんだい。何を言ってるのさ?」ともう1人のボクが心配そうに話しかけてきた。

「えっ、何かあったっけ?」

「気づいてないんだったら、別にいいけどさ」

僕は階段を登り続けた。



☆       ☆       ☆       ☆       



同時刻、警備員室にて。

階段に取り付けられている防犯カメラには僕の姿が映し出されている。一段登っては立ち止まり、何かぶつぶつと独り言をつぶやいている。

モニタリングをしているのは、ウエイター姿の男性と事務員の山田さん。

「ところで社長、宮本くんに何を渡されたのですか?」

「ウォッカのオレンジジュース割りだよ」

「おふざけが過ぎますこと」



☆       ☆       ☆       ☆       



階段を登り続けていると、僕はふと気づいてしまった。

「呼び捨てじゃなかったよね?」

そうなんだよ。いつもの係長は「宮本ぉー!」って偉そうに指示を出すのに、さっきは行儀が良すぎるあいさつだった。

「新年のあいさつだからじゃないかな」

そうかも。始業時刻になればいつもの係長に戻るんだろうな。僕は憂鬱な気分になりながら階段を登っていく。

しばらく進むと、下のフロアから声が聞こえてきた。

「おめでとうございます!」パーン。

係長の誇らしげな声が聞こえる。誰かも僕みたいにやられたみたいだ。

なるほど、少しだけ分かった気がする。この会社では、新年のあいさつは名刺と同じで先にした方が勝ちなのだ。何も知らない新人は毎年先輩社員の標的にされているってわけか。

ふ〜ん。そうなんだ。

僕は階段を登るのをやめて降りていくことにした。

登りに比べると格段に速くさっきの踊り場に到着した僕は、係長の背中にまわって後ろに隠れることにした。

「おい、何をしているんだ。ここはオレの縄張りだぜ。キミはさっさと上に迎えよ!!」

係長はイライラしながら僕をにらむ。だけどその手に僕は乗らない。

「係長の獲物は取りませんよ。僕には僕の考えがありますので」

納得いかない顔をしている係長を無視しながら僕は時が来るのを待つことにした。

「おめでとうございます!」パーン。

「おめでとうございます!」パーン。

「おめでとうございます!」パーン。

係長の早打ち3連弾によって3人の新人がやられるのを陰で見守った僕は、彼らに声をかけた。

「どうやらこの会社では僕たち新人は不利みたいだ。だけど、1人では無策でも4人集まればなんとかなる、いや、僕がなんとかする!」

僕は仲間たちと一緒に4階の部署へと向かった。



☆       ☆       ☆       ☆       



再び警備員室にて。

ウエイターの男性が山田さんに話しかけている。

「彼は誰と話しているんだろうね?」

「何かの幻覚が見えている可能性が高いですわね。社長が渡したウォッカの度数が高過ぎたのかもしれませんよ」

「失敗だったかな」

「いえ、決めるのはまだ早いと思われます」

「でもまあ、階段職人とはおもしろいアイデアだ」

「仲間を集める熱血感も持ち合わせてますしね」

「契約を更新しよう」

「ええ、そうしましょう。彼にとっても、我が社にとっても、良い1年になるといいですわね」




おしまい