【おはなし】 紙皿と割り箸
「おにく焼けたよー」
友達と日帰りキャンプに出かけた週末の午後。
わたしの彼氏はみんなにいいところを見せようと、ここぞとばかりに張り切っている。むかしの大工さんみたいにおでこにねじり鉢巻をつくり、汗が垂れてくるのを防ぎながら食材を焼いてくれている。
そんな彼氏をサポートするのが今回のわたしの役目だから、紙皿と割り箸をみんなに配りながら「調味料は塩と焼き肉のタレを用意してます」とできる夫人を演じている。
「トウモロコシは、もう少し待ってー」
誰にも聞かれていないのに、彼は肉も野菜もバランスよく焼いてますから、というアピールを忘れない。
今回参加しているメンバーは、わたしたちを除くと4人いてる。男女半々。合コンも兼ねているからカップルのわたしたちはサポート役に徹しているのだ。
「役割分担が必要だからさ」
幹事でもある彼は、事前に計画を立てていた。
わたしたちは食事のときだけ表に立つ。それ以外の時間は、年配の老夫婦みたいに存在感を消しながら他のカップルが成立するのを見守る作戦。
「運転と食事と後片付けの3つに分けようと思うんだけど、どうかな?」
「いいけど、それで他のカップルが成立するのかしら?」
「うん、たぶんね」
わたしと彼は食事担当として汗を流している。
食事を終えて後片付けの時間になった。
「じゃあ、くじ引きで担当を決めてもいいかな?」
控えめな参加者たちは自分からガツガツいきにくいのか、特に反対する気配を感じない。
後片付け担当になった男女は、焦げ目のついた網を洗い場で綺麗にしたり、飲み物の空き缶をまとめたり、余った食材と食器を分別したりとお互いに協力しながら過ごしている。
もう1組の男女は帰りの車を運転することになったので、ここで一足お先に2人だけで時間を過ごしている。
わたしたちカップルは、みんなの邪魔にならないように距離をとりながら見守っている。
「ああいうね、洗い物とかを一緒にすると、お互いの生活感が分かっていいのさ」
「ふーん、そんなものなのかしら」
わたしの彼氏は、なぜか得意げに自分の立てたプランに酔っている。缶酎ハイを3本も飲んだからいい気分になっているのもあると思う。
運転係になった2人は、川に足をつけて涼みながら魚を探しているみたい。
車のトランクの中には花火とか、魚釣り用の道具とか一式を揃えてきたけど、今回のメンバーはそういうことにはあまり興味がないみたい。あまり動きのない中でお互いの距離を縮めようとしているふうにわたしには見えてしまう。
「ねえ、もしも、紙皿と割り箸じゃなかったら、どうなってると思う?」
わたしは気持ちよさそうに酔っ払っている彼に質問を投げてみた。
「ん? 家で使うような食器とお箸を持ってきていたら、洗い物が大変だし、荷物も重たくなるから、あまりバーベキューを楽しみにくいだろうね」
「でも、洗い物の時間が増えた方がお互いの距離も縮まるんじゃないかしら?」
「そうかもしれないけど、やっぱりキャンプは紙皿でしょ」
「まあ、雰囲気はあるわよね」
「誰がはじめたのか知らないけど、大発明さ」
確かに彼が言う通り、誰がはじめたのか知らないけど、バーベキューといえば簡易な素材の使い捨てアイテムの出番になる。もしも家庭で紙皿と割り箸を使っていると、なんだかとっても手抜きをしているみたいにわたしは感じてしまうかも。洗い物をする手間が省けて楽にはなるけど、毎日お皿を捨てるのは抵抗を感じてしまうから不思議。
「お皿って、捨てていいんだ」
もしもやろうと思えば、毎日の食事で使った陶器のお皿を洗わずに捨てることもできるのか。お箸だって洗わずに捨てることもできる。ガラスのコップだって、歯ブラシだって、お洋服だってなんだって、一度使って洗濯することもなくゴミ箱に捨てたって別にいいんだ。
つま先に穴の開きかけた靴下をまだ使えるからと、洗って乾かして、また履いて。雨に濡れた雨傘をしぶきを飛ばして乾かして、また使えるように保管して。
わたしの目の前でくつろいでいる彼だって、毎日再利用することなく新しい彼氏に取り替えることも、やろうと思えばできるのか。
「ふーん、ふーん、そうなんだぁ」
「な、なんだよ?」と彼が不安そうな目でわたしの様子をうかがっているのを無視しながら、わたしは物思いに浸っている。
「ねえ、割り箸と紙皿って、燃えるゴミとプラスチックゴミに分けるのかしら?」
「どっちもまとめて燃えるゴミでいいんじゃない?」
「そういうところも、お互いに確認しながら、あのふたりは片付けているのよね?」
「そうそう、そういうのがふたりの距離を縮めるのさ」
帰り道の車の中。
6人乗りのレンタカーでは、ふたりずつの男女が隣同士に座っている。車を運転する係の男女は、ときどき運転を交代をしながらわたしたちを家まで運んでくれている。
後片付けをした男女は、わたしたち4人が家に到着したタイミングでレンタカーも返しに行く係を兼ねている。なんだかんだと役割が大きい方が、負荷がかかってふたりの距離が縮まるとか、縮まらないとか。
今回のバーベキューコンパは成功したのかな?
サービスエリアでも缶酎ハイを飲んで、今では後部座席で爆睡している彼を強引に起こすと、わたしたちは車のトランクから荷物を持ち出して、ふたりで暮らす家の中へと帰っていった。
おしまい