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【おはなし】 ヨットのおっちゃん

わたしはおっちゃんのヨットに乗ってる。

おっちゃんはホンマにお金持ちみたい。自分のヨットを持ってるくらいだから、さぞかし豪華なおうちで暮らしているのだろう。

おっちゃんはハンドルを握ってヨットを操っている。わたしにも触らせてほしいけど、おっちゃんはわたしにハンドルを握らせてくれない。

「これはな、めんきょがひつようなんや」

おっちゃんはケチくさいことを言う。ちょっとくらいわたしにも触らせてくれてもいいのにな。

わたしはヨットの手すりにつかまりながら、通り過ぎていく景色を見てる。さっきまでは陸が見えてたけど、木とか小屋とか、今はなんにも見えなくなってしまった。

右を向いたら海。

左を向いても海。

上を向いたら空。

下を向いたらヨット。

「おっちゃん、のど渇いた」

わたしはリクエストしてみる。

「わし、いまいそがしいから、れいぞうこのなかから、すきなののんだらええ」

わたしはヨットの隠れ部屋に降りていく。地下って言いたいけど、ここは海の上やし、地下じゃないよなー、とか考えながら降りていく。

ヨットの隠し部屋には、ソファーとテレビと冷蔵庫とレコードプレイヤーがある。あとはへんな飾りがある。わたしでも描けそうなへんな絵や、わたしでも作れそうなへんなツボがある。

わたしは冷蔵庫の中からシャンパンを取り出した。ひとりで飲んでもいいけど、おっちゃんのヨットやし、おっちゃんにも飲ませたろ。

ワイングラスを探す。

たしかシャンパンを飲むときには、セクシーで細長いワイングラスがいいはず。だけど、オシャレな棚の中にはそれがない。仕方がないからわたしはふつうのワイングラスをふたつ取り出してヨットの地上に戻って行った。

おっちゃんはまだハンドルを握ってる。サングラスをかけて麦わら帽子を被ってる。怖いのか可愛いのかよくわからない格好でキメている。

「シャンパン飲んでええか?」

わたしはおっちゃんにたずねる。

「お~、のめのめ」

「おっちゃんは飲めへんのか?」

「アホなこといいな。わし、うんてんちゅう」

「誰も見てへんからええんとちゃうの?」

「どういうこっちゃ?」

「右も左も、上にも下にも、ポリはおらん」

おっちゃんはそれについてちょっと考えてる。

「せやな。わしものむわ」

わたしはシャンパンをめっちゃ音を立てて開けた。

シュッポーーーン ♫

むかし、レストランでバイトしてたとき、「音を立ててシャンパンを開けるひとは2流ですよ」と店長が言ってたのを思い出す。わたしはウエイトレスとしては2流やったけど、ヨットの上には2人しかいてないし、誰も見てないからいいのだ。

シャンパンのコルクが飛んでいった。

海の中に落ちていった。

グラスに注いだシャンパンは、わたしが入れすぎたみたい。ヨットの床にこぼれてしまった。

おっちゃんの顔を見ると、ちょっとだけイヤそうにしてる。そういうとこ、ケチくさいと思う。

わたしはグラスに入れたシャンパンをおっちゃんに差し出す。

「はい、入れたよ」

「わし、いそがしいからのませてくれへんか?」

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「誰も見てへんよ」

「・・・そやな」

おっちゃんはヨットのハンドルから手を離して、わたしが注いだワイングラスを受け取った。

「なにに乾杯するの?」

わたしはおっちゃんに華を持たせてあげる。

「ぼくたちのみらいのために」

そういう古くさいセリフを言うところ、やっぱりおっちゃんやなって、わたしは思った。




おしまい