【おはなし】 ネコを仕掛ける
「どうして道にネコが落ちているのかしら?」
動画を見ているわたしがつぶやくと、
「撮影者が仕掛けたに決まってるだろ」
彼が応えてくれた。
「どういうことなの?」
「あん? じゃあ、やってみるか」
彼が実演をはじめた。
「いま、ボクは知り合いのひとから依頼を受けて現場に来ています。こちらのお宅のガレージの中で、なにやら子猫の鳴き声が聞こえたということです。さっそく中に入ってみましょう」
ガラガラガラー
「いまシャッターを開けて中に入りました。車が停めてありますね。その後ろ側にスペアタイヤが保管されているのが見えます」
にゃー にゃー
「おっと、子猫の鳴き声が聞こえます。お母さんを探しているみたいです。きっと、お腹が空いているのでしょう。この奥から聞こえますね。タイヤが積んであるので暗くて分かりにくいですね。ありがとうございます。今こちらの家の方が電気をつけてくださいました。タイヤの間から鳴き声が聞こえますね。あ、見えました。タイヤの内側に子猫の姿が確認できます。見えますでしょうか。もう少しライトが欲しいですね。懐中電灯とかありませんか? あ、ぜひお願いします。いったん切りましょうか」
懐中電灯はありましたか? そうですか。じゃあ、続きをはじめましょう。
「どうですか? 懐中電灯でタイヤの内側を照らしています。ボクの肉眼では見えるんですけど、カメラ越しには見えているでしょうか」
いったん止めます。
あの、暑いんで、エアコンつけてもらえませんか? え、ガレージの中にはそんなものはないと。困りましたねえ。ボクは暑いのが苦手なんですよ。充電式の扇風機とかありませんか? ない。そうですか。じゃあ、買ってきてくださいよ。それまでいったんお宅のリビングで休憩しましょうか。
「ってなわけさ」
演技を終えた彼がわたしに視線を送る。
「そうなんだ。じゃあ、やらせってこと?」
「全員がそうじゃないとは思うけど、そう思いたいけど、あれは動画ありきの商売だからさ。ほぼ、自己演出という名のやらせだろうな」
「そう考えると、そういう目で見ると、この動画って純粋に楽しめなくなるわね・・・」
「子猫の成長記録とかだったらまだ見れるけど、今にも死にかけてるネコを見つけてさ、わざわざカメラを構えてから行動に移すっていうのは、ボクは変だと思うけどな」
「たしかに、そうかも。わたしは以前にスーパーでレジ待ちをしていたときにね、後ろに並んでいたおじいさんがわたしに身体を預けてきたのよ。え、なに、痴漢なの? って思ったらね、おじいさんはそのまま床におでこをぶつけて倒れちゃったのよ。わたしビックリしちゃって。そしたらね、横の列に並んでいたお客さんがおじいさんに近寄ってその場に座らせてくれたの。そこから先は、店員さんがやってきて、おじいさんの額の傷にタオルを当てたり救急車を呼んだりと連携プレーがはじまったの。なにもできなかったけどわたしも近くにいたからおじいさんに声をかけたの。大丈夫ですかって。そしたらね、おじいさんは、大丈夫かどうか分からへん、って言ったの。わたしはそこから何も言えなくなってしまって。あとは店員さんにお任せしてレジを済ませて店を出たのよ」
「そんなことがあったんだ」
「そうなの。でね、そんなときにね、カメラを取り出してから撮影をはじめるひとなんて近くには誰もいなかったのよ」
「そりゃあ、そうだろう」
「でも、この動画は違うのね」
「う~ん・・・。もしかしたら、四六時中カメラを持ち歩いているひとが、たまたまその瞬間に撮影できた可能性もあるだろうけど・・・」
「ないわよ」
「だな」
純粋なわたしは、疑り深い彼氏の影響を受けて物事の裏側を見るように努力している。それでもわたしは全知全能の神様じゃないんだから、この先も騙され続けることになるんだろうな。
みんなが好き勝手に暮らしているこの世界。
わたしは、わたしの信じた道を歩いていくしかない・・・のかしら?
おしまい