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【おはなし】 ドーナッツのひとびと

わたしは今日もドーナッツ屋さんに来てる。

地元の小さな駅から電車に乗って、田んぼを超えて、山もいくつか超えて、とっても大きな駅にやってきた。

大きな駅に着いたとたんに、知らないおじさんに声をかけられた。

「ちゃーしばきにいこか」って、言われたから「ドーナッツ食べたい」って答えたら、知らないおじさんが連れて来てくれた。

「ねえちゃん、かわええな。ごっつすきや」

知らないおじさんはわたしの顔を見ながらなんか言ってる。ここは大阪だからわたしもそれなりの言葉をつかう。

「おっちゃん、うち、ドーナッツもっと食べたい」

「おお、そうかそうか。なんどでもくったらええ」

「おおきに。じゃあ、はしっこから順番に全部たべてもええか?」

「そんなにくったらはらぱつぱつになるで。でも、ねえちゃんがそうしたいんやったらくったらええがな」

「おおきに。おかね、もってるん?」

「おもろいこというな。わし、これでもしゃちょうさんやで」

「ほんまか? じゃあわざと、世をしのんでるみたいな格好してるわけなんか?」

「そういうこっちゃ。これでもわしはな・・・」

「買ってくるから、おかねちょうだい」

わたしは知らないおじさんからお金を受け取りレジへと向かった。

「いらっしゃいませ。ご注文をうかがいます」

女性の店員さんが話しかけてくれた。

わたしは注文する前に確認したいことがある。

「このおかね、ちゃんと使えますか?」

「はい・・・。ご利用いただけますよ」

店員さんはちょっと困った顔をしてる。わたしのこと、変なお客さんやと思い始めてるみたい。

「ホンマにこのおかね使えるんですか? ニセサツかもしれへんから、もっとちゃんと確認してください」

「はあ・・・。じゃあ、お借りしますね」

店員さんはわたしからおかねを受け取ると、店内の明かりに透かして、匂いを嗅いで、レジに入ってる他のおかねと見比べてくれた。

「はい、ちゃんと使えますよ」

「ホンマか」

「はい」

「じゃあ、あっちの端っこから順番に3つください」

「かしこまりました。少々お待ちください」

店員さんはトレーの上にドーナッツを乗せていく。1種類ずつを3つずつトレーに乗せてくれた。

「合計9点ですね。こちらでよろしいでしょうか?」

「おもってたのとちがう」

「えっと、端っこから3つずつ、ですよね?」

「ちゃう。おんなじのん、そんないらん」

「大変失礼いたしました」

店員さんはドーナッツの数を調整してくれた。

「こちらでよろしでしょうか?」

「うん、ええよ」

わたしはおっちゃんにもらったおかねを店員さんに手渡して、ドーナッツが乗ってるトレーを持って席に戻ってきた。

わたしが座ってドーナッツを食べはじめると、さっきの店員さんが急いでやってきた。

「お客さま、お釣りをお受け取りください」

「うちのジャマせんといて」

「え〜っと・・・」

店員さんはめっちゃ焦ってる。ヒタイから汗が飛び出そうなくらいに焦ってる。

「おっ、こっちのおねえちゃんも、ごっつかわええな」

知らないおじさんが店員さんを口説き始めた。わたしはドーナッツを食べるのに忙しい。

「あの、えっと、お釣りは・・・」

「ええ、ええ。おねえちゃんがとっときいや」

知らないおじさんはえらい気前のええことを言う。

「そう言われましても・・・」

「チップやん。ボンジュール?」

「や、あの、えっと・・・」

店員のお姉さんが困ってると、店員のお兄さんがやってきた。お兄さんはドーナッツみたいに体が大きい。しかもお店の制服がパツパツになってる。

「社長、いたずらがすぎますよ。そのへんでカンニンしとってください」

お兄さんは知らないおじさんに話しかけた。

「なんやワレ?」

「私はこの店の店長です」

「おお、そんなやつ、おったきもするな。きみ、ちょっとこえすぎとちゃうか?」

「なに言うてはりますの。いちばんぎょーさんドーナッツを食べたやつを店長にする、って社長がいうから、私の体がこんなことになってるんですよ」

「そやったかいな?」

「そおですよ。店長になった瞬間に私がダイエットを始めたら、その体型を維持しな降格にする、って怒鳴りつけたじゃないですか?」

「ホンマか? きみ、そりゃあなんぎやったなあ」

「今度社長に会ったら言おうと思ってたことがあるんですよ。あとでお時間よろしいですか?」

「いまここでいうたらええやん」

「しかし・・・」

「はよしいや」

「分かりました。社長のおかげで私はお金を貯めることができました。来月末で仕事を辞めて海外留学に行こうと思ってます」

「そうか、ええやん、うん、そおしたらええ」

「ありがとうございます。おかげさまでガッツリ稼がせてもらいました」

「そんなぎょうさん、きゅうりょうはらったつもりはないで。きみ、レジのおかね、ネコババしたんとちゃうか?」

「そんなこと、恐れ多くてできませんよ。だって、社長の裏の顔は・・・」

「あ〜?」

「し、失礼いたしました!」

「そうか、そりゃよかったな。でもきみ、なんかあつくるしいから、いますぐにいってくるか?」

「はい?」

「アメリカか?」

「いえ、イギリスです」

「どっちのほうこうや?」

「たぶん、あっちですかね・・・」

「じゃあきみ、ちょっといっといで」

「へっ?」

知らないおじさんは店員のお兄さんの腕に小さい針を突き刺した。

ぷっしゅー

店員のお兄さんはお店の煙突から飛び出ていった。風船の空気が抜けていくみたいに少しずつ体から空気を吐き出しながら空に向かって飛んでいった。

「さてと」

知らないおじさんは急に立ち上がると、焦りまくってる店員のお姉さんからお釣りを受け取った。それからお店の厨房へ入っていくと、エプロンを巻いてドーナッツを作りはじめた。

「わしができたてのをもっていくさかいに、そこでまっとき」

おじさんは厨房の中からさけんだ。

わたしは黙ってそれを見てた。




おしまい