【おはなし】 ドーナツタウン。「物語の地図をつくろう」
おはなしを書くときに、文章の組み立てを考えるのが少し面倒だなって感じてきた。
広大な世界に線を引いて「この場所で起きているできごとですよ」と提示する。登場人物はこんなひとで、こんなできごとが起きましたよ。ピンチが訪れて、乗り越えて、成長して、エンディング。
書き始めると楽しくなってくるけど(手が勝手に動く感じね)、書き始める前に苦しいなと感じてしまう。
こういうときは彼の出番。
☆ ☆ ☆ ☆
「呼んだ?」
久しぶり。来てくれてありがとう。
「町をつくればいいじゃん」
なんで?
「毎回新しい冒険を始めるよりは、前回の続きから始めた方が、書き手も読み手もその世界に入りやすいメリットがあるから」
ファミコンのカセットと同じってことか。毎回違うゲームを遊ぶのも楽しいけど、遊び方やルールを覚えるのが大変だもんね。
「町をつくるメリットはそれ以外にもある。町にはパン屋さんもあれば消防署もあるし学校もある。電車だって走ってるし、工事現場だってあるんだ」
つまり、いろんなひとが相互に関連しながら暮らしている場所ってことね。
「その町の中で、前回のおはなしはパン屋さんですよ、今回のおはなしは工事現場ですよ。主人公は変わるけど、パン屋さんのおはなしに工事現場のおじさんが登場してもいいわけだし」
それは魅力的に聞こえるよ。
「キミはこれまでにこの場所でいろんなおはなしを作ってきたよね。だけど、全てとは言わないけどバラバラの物語になっているのがもったいない。パズルと同じさ。見た目はバラバラに見えるけど、少し離れて眺めるとひとつの世界になっている」
構成を決めてから書けと。
「そのパターンも試す価値はあるんじゃないかという提案さ。今までみたいに急に書きたくなったことを書いていくパターンも、書きたいことは特にないけど書きながら組み立てていくパターンもアリってこと」
つまり、複数のレパートリーを持てと。
「そういうこと」
それに、僕は一番書きたいことを書いてないし。
「女の子の話だね」
うん。
「機が熟すまで待てばいいんだ。真打は最後に登場するっていう言葉もある。脇役を固めとけば主人公が大きく羽ばたけるかもしれない。短編小説に見える長編小説を書けばいいのさ」
わかった。まずは町だね。
「わかってると思うけど・・・」
ノートに手書きでつくるよ。全体像を把握できて、いつでもどこでも見れるから。
「オッケー」
☆ ☆ ☆ ☆
やるべきことが定まるとチカラが湧いてくる。
町をつくるのはテーブルと椅子があればできる。自宅でもいいし、公園のベンチでもいい。涼しくなってきたから、僕は自転車に乗って出かけながら考えることにした。
公園を見つけた。ちびっこたちがボールで遊んでいる。ジャマしちゃ悪いから違う場所にしよう。
図書館を見つけた。音楽が流れてないからちょっと寂しいかも。静かに読書をするにはピッタリだけど、今日は町をつくるから。
ミスドを見つけた。最近のお気に入りスポット。9月は店内の音楽が古臭くて僕好み。90年代に流行った曲をチョイスしてくれている。適度にお客さんが入っていて、話し声がアイデアになりそう気がする。僕は自転車を止めてミスドに入った。
いつものようにカウンター席を確保してからドーナツを選ぶ。こないだはポンデリングを3人で分けたから、今日は何にしよう。
今日のお供は誰だっけ?
「ジョン・ウォーターでございます」
えっと、どなた?
「絵描きでございます」
そうなんだ。じゃあ、ドーナツは何味が好き?
「チョコレートが大好物でございます」
じゃあ、ダブルチョコレートを分けっこしよう。
「ありがたき幸せ」
僕はトレーにドーナツをひとつ乗せて順番を待つ。今日は週末だからレジが混んでいるけど、僕はイライラしない。ひとの気配がある方が地図づくりがはかどる気がするから。
僕の順番になった。
「ブレンドのホットコーヒーをください」とレジのお姉さんに伝えると、いつものセットを用意してくれた。フォークと氷の入ったお水。何も言わなくても出てくるのは、僕のことが好きなのかな。
「今日は早番だから、15時に終わるわ。待っててくれる?」
「もちろん待つよ」
「今日は何して過ごすの?」
「町をつくるんだよ」
「へ〜、楽しそうね」
僕たちは他のお客さんに気づかれないように手短に会話を済ませてレジを終えた。
席に戻ってドーナツを食べる。ウォーターはトレーの上で僕がドーナツを切り分けるのを待っている。僕は7対3の割合で少なめのドーナツを選んだ。
「ありがたき幸せ」と嬉しそうに彼は食べ始めた。
ドーナツを食べながら店内の声をぼんやりと聞いていると、おじいさんの話し声が聞こえてきた。
「じっとしてられへんのよな〜。もうちょっとしたら出よか」
髪の毛が栗色の男の子が店内を探検している。大人たちの話がつまらなくてじっと座っていられないのだろう。ドーナツも食べたしジュースも飲んだ。遊びたくて仕方がないのだ。
男の子は右手にポケモンの黄色い時計をつけている。なにやらヒソヒソと話しかけている。僕はポケモンをスルーして大人になったから遊び方が分からないけど、ここは一緒に遊ぶところでしょ。
でも、店内で知らないひとから話しかけられると、男の子もビックリするし、おじいさんも困るだろう。僕は心の中で男の子に話しかけた。
(ねぇねぇ、その時計、どうなってるの?)
(知らないの? ボクも知らないんだよ)
(じゃあ、なんでつけてるの?)
(じいちゃんがくれたから)
(そうなんだ。じゃあさ、僕がポケモンについて調べとくからさ、今度また会ったら一緒に遊ぼうよ)
(うん、いいよ)
「お〜い、帰るぞ」
男の子はおじいさんと一緒に帰って行った。
僕は絵描きのウォーターと一緒に町の地図を描き始めた。
髪の毛が栗色の男の子も登場させよう。ハーフっぽかったし、どこかの国の王子様が似合いそうだ。
おしまい
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