【おはなし】 かくしんぼ
「最近、コンビニが眩しくないかね」
昼休みにランチを一緒に食べている先輩が変なことを言い出した。
「蛍光灯がLSDになったからですかね」
サバの塩焼き定食を食べながら僕は感想を述べた。
「そりゃあ、LSDをキメていたら眩しさも感じるだろう」
「幻覚も見えると言われてますしね」
「ああ、そうとうアツイらしいな」
「先輩は経験ないんですか?」
「むかし海外でちょこっとな。少量だけをキメただけで幻覚が見えたものさ」
「へー」
先輩は鶏のからあげ定食を食べながら話し続ける。
「念のための確認なんだが・・・」
「ええ、どうぞ」
「LSDは違法ドラッグだぞ」
「ええ、もちろん知ってますよ。眩しいライトは、なんていうんでしたっけ?」
「LEDだな」
僕はサバの骨をつかってお皿の上に文字を書いていく。LSDとLEDか。とってもよく似ているから我ながらいいボケっぷりを発揮したぞ。
「オレが言ってるのはライトの方な」
「ヘビーじゃなくって?」
「そろそろ真面目に聞いてくれ」
「わかりました」
僕は魚の骨で作った文字を解体してから先輩の話の続きを待った。
「職場の近くにコンビニがあるのはキミも知ってるよな。そこのな、お菓子コーナーにやたらとキャラクター商品が目立つようになってきたんだ」
「たとえば、どんな?」
「ゲームのキャラクターとか、アニメの女の子とか」
「ゴレンジャーみたいな配色のヒーロースーツに身を包んだボインのお姉さんとか?」
「たとえは古いが、まあ、そんなところだ」
「それの何が眩しいんです?」
「何て言えばキミに伝わるかな・・・」
「先輩が感じたまんまを教えてください。性的な表現はまだお昼ですから控えめでお願いします」
「そうだな。つまり、えーっとだな・・・」
先輩は言葉を選びながら続ける。
「お菓子には砂糖が入っているだろ。あれは一種の麻薬成分みたいなものだ。砂糖の摂りすぎは糖尿病や肥満の原因にもなる。あまくて白い天使の粉ってところだ。そいつがだな、キャラクターの背後に隠れているんだよ」
「う~ん、わかりにくい表現ですね。どうしたんです? ふだんの先輩っぽくないですけど・・・」
「ああ、こいつは他人に聞かれるとマズイことなんだ」
「あまくておいしいお菓子の話なのに?」
「そうだ。オレにも立場というものがある」
「ええ、派遣社員の僕にはそんなものないですからね」
「いや、キミを責めているわけではないんだ」
「知ってますよ。先輩はなにかとマウントを取りたいお年頃ですから」
「そいつは否定しないが、話の方向がズレてきたので修正させてくれ」
「ええ、どうぞ」
僕は焼き魚の皮の部分を避けながら食べていたんだけど、思ったよりも先輩の話が長くなりそうだから皮も食べることにした。
「たとえるなら、苦い薬をネコに飲ませるときに似てるんだよ」
「そのまま薬を与えようとしても飲んでくれませんからね」
「ああ、だからおやつのチュールで薬を覆い隠したり、ネコがマタタビで気持ち良くなっている瞬間にくちのなかに放り込む手段を飼い主はとるわけだ」
「ええ、動画で見たことありますよ。巧妙な詐欺行為です」
「しー」
先輩は人差し指を口の前に立てて僕を黙らせると、首を左右に振りながら周囲を確認していく。そして誰も僕たちの話を聞いていないことを確かめてから続きをはじめた。
「言葉を選んでくれよ。詐欺といわずに、せめてトリックとか言いようがあるだろ」
「マジックとか?」
「そうそう。それでな、そのマジックのカラクリをオレは暴こうと思ってるんだよ」
「そんなことしたら消されますよ」
「そうなんだよ。まだオレは死にたくない」
「ですよね」
「で、だ」
先輩はお味噌汁をひとくち飲んでから続ける。
「キミに調べて欲しいんだ」
「でた。面倒なことは身分の低い僕に丸投げするいつものパターンだ」
「せめてスタイルと呼んでくれないか」
「まあ、なんでもいいですけど・・・。具体的に僕に何をして欲しいんです?」
「ああ、そいつはな・・・」
先輩は僕のお皿の上から太めの魚の骨を一本手に取ると、骨の先を味噌汁の中に浸してから、割り箸の入っていた袋の裏側に文字を書きはじめた。僕はそんな面倒なことをする先輩のことが嫌いじゃないから何も言わずに見守っている。
「・・・というわけだ」
先輩は文字を書き終えた割り箸の袋を僕に差し出すと、右目でウインクを投げてきた。
「キモいっすよ」
「ああ、すまんな」
「で、これを僕にしろというんですね?」
「ああ、そのとおり」
「んで、これを達成したアカツキには、僕を正社員として雇ってくれるように社長に掛け合ってくれるというわけですね?」
「いや、そいつはちょっと・・・」
「じゃあ、話にならないです」
僕が箸袋を先輩に差し返すと、先輩は魅力的な提案を小声で伝えた。
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「どうかな?」と先輩。
「まあ、悪くない提案ですね」と僕は答えた。
「それとですね・・・」
「ああ、言わなくてもわかっている」
「では。ごちそうさまでした」
お会計を済ませた先輩は会社に戻り、僕は市場調査として先輩のミッションを達成するために噂のコンビニへと向かった。
ランチタイムは定食屋として営業している居酒屋を出た僕は、先輩が言ってたコンビニへ向かって歩いている。
スーツ姿のおじさんの団体が右手に持った爪楊枝で歯をシーハーさせながら歩く横をすり抜け、大きな交差点のそばにあるパチンコ屋の前で僕は信号を待つことにした。
もうすぐ午後1時になる時間帯。
青信号になり歩き始めたひとたちは、少しだけ急ぎ足で自分の居場所へと戻っていく。
会社のジャンバーを着た女性の団体は右手に長財布を持ちながらおしゃべりに夢中になっている。もしも僕が悪の結社の一員だったら、彼女たちの財布を奪って逃げることはそれほど難しくなさそうだ。
モコモコのダウンジャケットを着たまだ学生に見える少女たちは、コンビニで買い物をしたビニール袋を揺らしながらスマホの画面を見つつおしゃべりにも夢中になっている。
高校生やもっと若い子供たちの姿はなく、どちらかといえば都会でオフィス街のこのあたりには、ランチタイムが終わる時間にはひとが少なくなっていく予想が立てられそうだ。
何度か青信号を無視して通り過ぎていくひとたちの観察にも飽きてきた僕は、信号を渡りコンビニの前へと辿り着いた。
外から見る限りでは、ふつうのどこにでもあるコンビニに見える。お店のロゴがあり、自動ドアの足元にはホコリ避けのマットが置いてある。入り口の死角になっているところには防犯カメラが設置されている。きっとレジにはカラーボールが置いてあり、万引きをしようにも逃げるのがむずかしいお店の作りになっているのだろう。
自動ドアが開き僕は店の中へと入っていく。右手の奥にはレジになっているので僕は左回りに店の中を回遊することにした。
アイスクリームの冷凍庫があり、その背中にはハイテクのコピー機が備え付けられている。写真プリントやコンサートのチケットの受け取り、さらには現金の引き出しもできる優れもの。その隣には雑誌コーナーがあり水着を着たお姉さんが笑顔で僕を迎えてくれた。
お菓子コーナーにたどりつくと、先輩が言ってたようにキャラクターグッズが多く見える。
チョコレートのパッケージには秘密警察のキャラクターがスパイごっこをしている姿が描かれ、むかしのビックリマンチョコみたいなお菓子には女の子が集まってアイドルの格好をして踊っている姿が描かれている。
塩味のポテチにはファミコン初期の人気ゲームのキャラクター。むかしながらのうまい棒や、僕の好きだったよっちゃんイカまでも含めると、お菓子というよりキャラクターの集まった遊園地みたいに感じてしまう。
「キャラクター商品は多いけど、別に気になるほどでもないかな」
ちいさくこぼれていった僕の独りごとは、店内のBGMにかき消された。
いくつかの商品を棚から手に取って眺めてみる。だいたいみんな笑ってるのが気になるかもしれない。怒っている顔は見かけない。斜に構えたキャラクターが挑発的なポーズをしているのもあるけど、ホラー映画や任侠映画のパンフレットに描かれるようなキャラクターはひとつも見つからない。
「たしかに、こいつは異常かもしれねえな」
名探偵小学生のアニメソングが聞こえてきたタイミングで僕の口調も変化しはじめた。
お菓子コーナーを通り過ぎパンやお弁当が置いてあるコーナーへと進んでいく。ここまでくるとさっきの場所とは違って見慣れた景色である。
商品たちは美味しく見える角度を維持しながら透明の袋の中からこちらを見ている。フランクフルトはケチャップがついたソーセージがおいしく見えるように。おにぎりは外側の海苔が新鮮に見えるように包まれている。
「やっぱりシャケにしよっかな」
「梅の方がヘルシーちゃう?」
「焼きうどんもあるやん」
お昼ごはんを選んでいる女の子たちは社会人というよりも学生さんに見える。でも大学生のようにキラキラのおしゃれを楽しんでいるようにも見えないし、なんだろう。僕は少し気になりはじめた。
店内をひととおり歩き終えると、僕はさっきの女の子3人組を観察しつつお菓子コーナーへと戻っていった。なんとなくここなら隠れるのにちょうどいい気がしたのだ。なぜだか理由はわからないけど・・・。
僕はチョコレートを選んでいる仕草をしながら彼女たちの観察を続ける。お菓子コーナーへは来ることなく彼女たちはお会計を済ませて店を出ていった。僕は少し時間をおいてから彼女たちのあとをつけることにした。
すれ違うひとたちはさっきより少なくなっている。ランチタイムを終えてみんな会社へと戻って行ったんだろう。3人組の女の子たちは、うどん屋を通り過ぎ、カレー屋を通り過ぎ、僕の会社とは反対方向へと歩いていく。
いつもと逆方向を進んでいく僕の心境としては、いざというときに隠れる場所の予測がつかないことが少しの不安を呼び覚ます。数メートル間隔を維持しながら僕は尾行を続ける。
彼女たちが建物の中へと入っていった。
僕は怪しく見えないように建物の前を通り過ぎると、少し離れた場所で振り返ることにした。そこには6階建ての専門学校があり、大きな看板には「メディア&アート&芸術専門学校」と書かれていた。
興味が湧いた僕はもう少し観察することにした。身を隠せそうな場所を探すとコインパーキングが見つかった。僕は駐車している車の影に隠れてどんなひとが出入りしているのか観察することにした。
時間にしてどれくらいだろう。隠れるのにも飽きてきた僕は専門学校の前を通って再びコンビニへ戻ることにした。
「さて、どんな学科があるんだろう」
気になった僕は専門学校の入り口の脇に書いてある文字を読んでいく。
「声優、ダンス、イラスト、アニメーション、などなど。ふむふむ、そっち系の専門学校ってわけですね」
学校の正体がぼんやりと把握できた僕は、先輩と合流するためにいったん会社に戻ることにした。時計を確認すると14時47分になっていた。
会社の近くに戻ってきた僕は先輩との待ち合わせ時間をすっかりと忘れていることに気づいた。
「そうだ。先輩から授かったミッションでは、僕は今日はもう会社に戻らなくてもいいんだった」
待ち合わせの時間は午後6時。ランチを食べた居酒屋さんで再び落ち合う予定になっていたのだ。
「う~ん、ずいぶんと時間が余ってしまったぞ」
だいたいの調査を終えた僕はヒマを持て余してしまった。もう一度コンビニ周辺を調査してもいいんだけど、専門学校という手土産を先輩に報告できるから今日はもういいかな。どうしようかな、と思いながら歩いていると、さっき信号待ちをしていたパチンコ屋の前にたどりついた。
お店の入り口には立て看板があり「新台入荷」とデカデカと書かれている。そこには時代劇風に刀を持った男性のキャラクターと、戦闘機を操作している女性パイロットのキャラクターが演じるパチンコ台が紹介されている。
「こんなところにもキャラクターがいたのか・・・」
パチンコをしない僕はお店を素通りするからまったく気づいてなかったけど、そういえば、パチンコは大人の遊園地と聞いたことがあるぞ。
「んじゃ、ここでしばらく時間をやりくりすることにしますかね」
タイムカードを押したまんまでパチンコ屋に入っていった不良の僕を大音量のアニメソングが歓迎してくれた。
「で、どうだった?」
瓶ビールをお互いのグラスに注ぎ合い1杯目を飲み干した先輩が僕にたずねた。
「調査は順調でしたよ」
「ほお、期待してもいいんだな」
「ええ、もちろんです」
ランチタイムはカウンター席に座って定食を食べていた僕たちだったけど、今はお店の奥にある半個室でまわりの耳を気にせずにゆっくりとお酒を飲んでいる。3杯目を飲み終えたタイミングでお店のママさんが注文した料理を運んできてくれた。
「お待たせしました。ししゃもの塩焼きと肉じゃがです。今日はおおきに。お昼に続いて夜にも来てくれるなんて。なんぞや、ふたりっきりの悪巧みたいで楽しそうですなぁ」
「そうなんですよ。先輩がね・・・」と言いかけた僕を「オイ」と先輩が強引に止めた。
「あら、わたしにも秘密なのね、ざんねん」
「いえ、そういうわけではないんですが・・・」と言いかけた先輩を「かなしいおすなぁ」と今度はママさんが強引に止めて引き下がっていった。
「じゃあ、結論から聞こうか」
先輩は自分がお酒を飲み始めると記憶が定まらなくなるのをよーく知っているので先に答えを求めてきた。
「明日から僕は手を抜きます」
「ん? どういう意味だ」
「問題の核心はですね、デザインなんですよ」
「つまり、欲しくなるデザインをしているデザイナーが悪者だというわけか」
「その通りです」
「おいおい、そいつは短絡的すぎんかね?」
「そうでもないんですよ」
僕はコンビニでお菓子を観察したこと、お客のあとをつけて専門学校を外から調査したことを簡潔にまとめて先輩に報告していく。
僕の話を聞きながら先輩は「うーん」とか「ほー」とか言いながら僕に瓶ビールを注がせてグイグイ飲みながら話を聞き入っている。ひととおり僕の話を聞き終えた先輩は酔っ払う前に話をまとめはじめた
「キミの話をまとめるとだな、身体に良くない成分が含まれているお菓子を子供が欲しくなるのはパッケージデザインの要因が大きいということになる。アニメやゲームのキャラクターがデカデカと使われているのは、子供たちが身近に接している夢の世界の住人からのデートの誘いと取ることもできる。だからと言ってキミが手を抜いて仕事をしていいとはならんのじゃないかね。そもそもオレたちはデザイナーじゃないんだし」
「それがそうでもないんですよ」
「どういうことかね」
「そもそも、第一に僕たちはデザイナーじゃない」
「ああ、デザイナーの補佐をする役目だ」
「第二に、デザイナーが使う素材を提供しているのは僕たちです」
「そうだな。写真やイラストの手配をしているのはオレたちの部署だ」
「第三に、素材が集まらないとデザインが完成しない」
「いつまで経っても到着しない郵便物みたいだな」
「第四に、納品しないとギャラが受け取れない」
「クライアントから激怒されるだろうな」
「第五に、うちの会社は倒産する」
「おいおい、それじゃあオレたちは無職になるじゃないか」
「第六に、僕たちで新しい会社をつくる」
「ほほう、そうきたか」
「第七に、毒々しいデザインのパッケージでお菓子を販売する」
「売れるかね」
「第八に、売れるようにアピールする」
「どうやって?」
「第九に、未来のクリエイターを抱き抱える」
「さっき出てきた専門学校か」
「第十として・・・」
「長いな」
「食品業界を相手に訴訟を起こすのです!!」
「う~ん・・・。オレが求めていた答えとは違うな」
「あらあら、どうしたんです? そんなに大きな声を出して」
僕の雄叫びを聞いたママさんが興味を持ってしまったみたいだ。
「おビールのおかわりお持ちしますね」
ママさんは炊き込みごはんを運んできたタイミングでビールの空き瓶を下げていった。
「オレが求めていたのはだな、もっとスマートな解決策なんだよ。キャラクターを全面に押し出して有害成分が入っているのを強引に見えなくさせるような商売の仕方ではなくだな、悪いものは悪いとちゃんと表示しつつ商売をする世の中をつくりたいんだよ」
「たしかにそうあるべきだとは僕も思いますよ。でも今日の半日調査で僕は考えを少し変えたんです」
「どういうことだね」
「その答え、わたしも聞きたいわ」
瓶ビールを運んできたママさんがちゃっかり自分のグラスも持ってきた。
「いただいてもよろしいですか?」
「ええ、もちろんですとも」
先輩はママさんにビールを注いでいく。僕に注いでくれたときとは大違いでなるべく泡が出ないように慎重にビール瓶を傾けていく。
「では、いただきますね。なにに乾杯しましょうか」とママさんがたずねると、「子供たちの明るい未来のために」と先輩がいい、「あらあら、大きなテーマなんですね」とママさんが微笑みを浮かべたタイミングで僕たち3人はグラスをカチリと鳴らせた。
「あー、おいしい」
ママさんはつっかけを履いたままの状態でおしりだけ座敷に座ると僕たちの話の続きを聞き入っている。ひととおりの結論が出たところで、ママさんが話し始めた。
「最初はセンパイの疑問からはじまったのよね。たしかコンビニが眩しい、だったかしら」
「ええ」と先輩。
「そうなんです」と僕。
「たしかにキャラクター商品は増えてきた気はするわね。でも子供たちだってそれほどバカじゃないんだし。若い時期には自己再生力が高いから多少のケガでもすぐに回復するわよ。うちの息子だってもう小学5年生ですけどね、しょっちゅう擦り傷をつくって帰ってきては、わたしを心配させてるんですよ。でもツバをつけとけば治りますし。それにね、子供が元気に走り回るのを親が止めるのも変でしょ?」
「そう・・・ですね」
さっきまで元気だった先輩の口調が弱くなり始めてきた。
「ゲームも漫画もそうですけど、子供から取り上げちゃうと反発して遊びたいってさけぶんですよ。たしかにそうですよね。わたしだって小学生ときに遊びを限定されたら怒りましたもん。だから身体に良くない成分が含まれているとか、正面から真面目に捉えなくていいんじゃないですか。いずれ子供たち自身で気づくことですから」
「ええ・・・」
先輩の声は今にも消え去りそうになってきた。
「だからね、思いっきり素敵なデザインの商品を作ってくださいよ。大人の行動を子供達が一番見てますから。若いときにワナに引っかかる方が大人になってから大怪我をしなくて済むんですよ」
ガラガラガラー
お店の扉が開き団体さんが入ってきたタイミングでママさんは戻っていった。ママさんがさっきまで座っていた場所は、ほんのりといい香りがした。
「う~・・・」
「先輩、だいじょうぶですか?」
「う~・・・」
「ああ、飲みすぎたんですね」
「ちがうわ、アホタレ!」
「いてっ」
先輩のチョップが僕のおでこにヒットした。
「おまえなあ、ちゃんとオレの話を聞いてたのかよ」
「聞いてましたよ」
「オレはママさんを狙ってるんだよ」
「知ってますよ、そんなこと」
「だからママの子供が喜びそうな商品を探して来いって言ったんだよ」
「そんなこと言ってましたっけ?」
「ママの子供のハートを掴んで、それからママのハートも掴む作戦の秘密部隊におまえを任命したというのに。おまえってやつは、こうもオレに精神的なダメージを負わせるのが上手いとは知らなかったぜ」
「へっ?」
「だー、もう、飲んでやる」
先輩は瓶ビールをグラスに注がずに直接飲み干すと、横になって眠ってしまった。
「あちゃー、寝ちゃったよ」
僕は先輩の身体に座布団を被せると、遠慮のかたまりの料理たちを順番に食べていく。
店内では団体さんをもてなすママさんの元気な声が聞こえ、少し離れた厨房から大将がお客のペースに合わせて料理を作っている姿が見えた。
テーブルの上に置いてある僕のスマホがメッセージを受信した。
アプリを開くと、アニメキャラのコスプレをしていたパチンコ屋のお姉さんからだった。
「デートはムリかも。でも、お店にきてくれたらいつでも会えるよね ☆」
なにごとも正面突破はカッコいいけど成功率は低いのだ。それでも僕はあの手この手で彼女を口説くだろう。
なるべく仮面は多い方がいい。
それが今日の調査で導き出した僕の答えなのだ。
「先輩も被ればいいのに。バカだなぁ」
「うるへー」
寝返りを打ちながら先輩は働くママさんを見つめていた。
おしまい