わたしと本。
わたしの得意教科は国語だ。
物心ついたころから文章を読み書きするのが好きで、小学生のころ流行っていたプロフィール帳には得意気に「好きな本:ハロー?(ヨースタイン・ゴルデル)」とか書いていた。
「ハロー?」はわたしが読書にハマるきっかけとなった本で、当時はこんな文字ばっかりの本わたし以外に読んでるひといないでしょう!と強気な気持ちでそう書いていたことを恥ずかしいくらい憶えている。
ルーツを辿ると、そういえば幼稚園のころから絵本が大好きだったしわたしの読書好きはそこから、ということになると思うけれど、しっかりハッキリと記憶があるところから書き起こしていくとしよう。
〜小学生時代
「ハロー?」は家でゴロゴロしてただけのわたしに母が貸してくれた本で、夢中になって読んだ初めての本だ。今も家の本棚に並んでいるけれど小学生以来読んだ記憶はなく、内容もあまり憶えてない。それでも"夢中になって読んだ"というワクワクした気持ちは鮮明に思い出せる。読書感想文は作文用紙3枚以上書いた。
活字読みにハマったわたしは、図書室では「こまったさんシリーズ」を読み漁ったり、自治会や祖父母にもらった図書券で「夢のクレヨン王国シリーズ」を買ったりした。メリーポピンズを借りて読破しないまま小学校を卒業したけれど、もうどこにあるか分からない。
〜中学時代
国語の先生が授業の最後に必ず百人一首をする人で、ただくじ引きで決まっただけの気まずい班内で争うことがすごく嫌だった。百人一首自体は好きだったけれど。
先生はなにかと暗記させるのも好きで、いろはにほへと、枕草子の第一段、寿限無などを暗記させられた。それのテストには一番に合格をしたし、今でも冒頭はスイスイ出てくる。春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際、少しあかりて、紫だちたる雲の細くたなびきたる………とか。だったかな。
「便覧」という資料集を授業でたまに使用するため、教科書と一緒に机の上に出す。授業中にまったく関係ないところを読みながら一人で感心し、わたしもいつか便覧に載るぞ、と密かに思っていた。
自分で文章を書き始めるようになったのがこの頃。二次創作を始めたことがきっかけだった。憧れていたサイトの運営者が本をよく読む人で、中学〜高校にかけてはその人の読んだ本を真似て片っ端から読んだ。
特に衝撃だったのは山崎ナオコーラの「人のセックスを笑うな」かな。
〜高校時代
勉強が楽しくなり、人生で一番頑張っていたと思う。現代文や古典のテストは90点以下だったことがない。ただ満点をとったことはなく、絶対満点だ!と思ったテストが返却されてみたら98点だった、という事件があった。問題をひとつ見落としていたのだ。悔しすぎてめちゃくちゃ落ち込み、その解答が「夏目漱石」であったことから、この"夏目漱石事件"は末代まで語り継いでいくつもりだ。
選択授業では現代文研究を選び、芥川龍之介の「羅生門・鼻」の文庫本を教科書に授業を受けた。表紙に載った人物によく似た先生の授業は分かりやすく楽しかった。
高校2年生のころ、学校から徒歩20分くらいの場所に図書館が出来た。最寄駅とは真逆の方向だったけれど、週に1度くらいのペースで通った。
勉強をするためのスペースもあったので特にテスト期間中は毎日通い、勉強の合間に本を借りて読んだ。
その頃に出会ったのが三浦しをんで、脳天に雷を食らったかと思うくらい衝撃的だった。この人のような文を書きたいけどわたしには絶対に書けない、としばしば思う。
「きみはポラリス」をひと月以上レンタル待ちしたときのワクワク感は、今思い出してもたのしい。
ちなみに三浦しをんの他作品だと、風が強く吹いている、天国旅行、が特に好き。同時期に東野圭吾にもどハマりした。魔球が好き。
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……とまあ、
ここまで読むと自分の賢い自慢に見えるかもしれないけれど、国語以外はてんでダメだった。算数、理科、数学が特にホントにダメで、小学生のころの学力テストというやつで100点中3点しか取れなくて悔し泣きをしたことがあるくらいダメだった。可哀想すぎるので、国語だけでもできる子で本当によかった。
今現在もなお、文章を読むこと、書くことが好きだ。
大人になってからは読書に熱中できる時間が減り、図書館も遠いし、時間に追われて生きている今、文字に飢えている!と思う瞬間もある。なにかと理由をつけて面倒事を避けるわたしの悪いくせなので、読めばいい、本を手に取ればいいだけの話なのに。
それでも、無理やり読んだって入るもんも入ってこないと思うので、最近はこうして書く側をやっている。
わたしが誰かの文章に胸を打たれるように、誰かの胸にしみ込むような文章を書けたらいいなと常日頃思う。
わたしは本を読むことが好きなんだなとあらためて思い知った夜でした。おしまい。
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