
Q_空白を満たしなさい | A_noteとは( )である | 私的伝説的クリエーター
昨日、「遊び」についてエッセイを書いた。
コメント💬をいただいたり、記事を紹介していただいた。
昨日の記事は、とくにnoteを意識したわけではないけれども、確かにnoteには「遊び」のイメージが強い。
もちろん、noteを使って、仕事につながるような宣伝をしたり、有料記事を売り込むために使ってもいいわけだが、それが前面に出ているような記事は読んでいてつまらない、読みたくない。
仕事の一環としてnoteするにしても、遊んでる感じの記事のほうが読んでいて楽しい。

noteとは遊びである?
少なくとも、私にとってnoteは仕事ではない。「遊びか?仕事か?」と問われれば、「遊び」と答える。
しかし、「単なる遊びか?」と問われれば、「ちがう」と答える。
noteは強制されて書いているわけではないし、書きたくないことを書いているわけでもないから「遊び」なのだが、「100%遊びか?」と自問すると「それは違う」。
一口に「noteとは◯◯である」と言うことは難しいけれども、◯◯に当てはめて、しっくりくるものは何だろう?
少し考えてみた。
noteとは鏡である。
自分の姿をうつしたいとき、noteを開く。また、他のクリエーターはどのような姿を見せているのか見たいときにnoteを開く。
noteとは雲である。
その日その時に思ったことが書かれる。読む、そして読まれる。刻々と変化してゆく。
noteとは広場である。
記事を書いたり、読んだりするだけではない。記事を通して「交流」する目的もある。
noteとは学校である。
記事を読んで学ぶ。記事を書いて学ぶ。
・・・といろいろ考えてみたが、一言で言うにはどうも無理があるようだ。
noteとはnoteである。
結局、「AはAである」というトートロジーを使うしかないか😊。なにを空白に入れてみても、違和感が消えない。
・・・と「noteとは( )である」とは簡単には言えない。
ということで、noteについて一言では言えないので、私の中で「伝説的noter」になっているクリエーターを何人か紹介することで、私の思う「noteとは?」という問いの答えにしようと思う。
西尾さんのように、今毎日のように投稿されている方を紹介しようと思ったのだが、四、五人に絞ろうとすると、どの方を選べばよいか迷ってしまった。そこで、今まで読んだ中で「すごい!」と思った「すでに卒業宣言をしたクリエーター」および「最近投稿が少ないクリエーター」に絞って紹介したいと思う。
秋だから少しセンチメンタルになっているのかもしれない。

エッセイ部門
奈津さん
奈津さんの「・・・っていう話」というエッセイシリーズがとても好きです。
昨年末あたりから、だいぶお忙しいようですが、日常生活の中からテーマを選び出して自分の言葉で表現されています。
ももまろさんと並んで、私の中で「エッセイの模範」になっています。こんな風に書けたらいいな😃💕。
でも無理そう😱。ホントにすごい❗
エッセイ部門
言織(いおり)さん
言織さんは、去年私がnoteし始めてから出会ったnoter。私はすべての記事に目を通して、投稿されるたびにコメント💬を書いていました。
学校を卒業されて、たぶん今は社会人として頑張っていらっしゃると思います。毎日投稿が途切れてから、投稿が減りましたが、たまに更新されていると、それだけでテンションが上がります。
HSPだとおっしゃっていましたが、また社会人として思ったことを綴っていただけたらな、と思っています。
とても心に刺さる文章を書く人です。
哲学部門
りんご探偵🍎さん
りんご探偵🍎さんは、二年目を期にすでに卒業宣言をされています。できれば戻って来てほしいクリエーターのひとりです。
しかしながら、りんご探偵🍎さんの記事には普遍性があって、いつ読んでも古くなるということがありません。
卒業のときに、「アカウントは消さないでくださいね」とお願いした記憶があります。
本文の文体とコメント欄の文体がまるで異なり、それもとても魅力的です💝。
詩部門
ウィッシュノートさん
この記事を書くにあたり、ウィッシュノートさんの記事を少し読み返してみました。
4月に卒業を宣言されていたんだなぁ、という寂しさとともに、現在も創作活動を続けていらっしゃるかなぁと。
ウィッシュノートさんは、詩を毎日投稿していらっしゃいましたが、卒業間近には物語を書いていらっしゃいました。
noteでは、長編小説よりも、短編小説や詩のほうが読まれやすい傾向があります。いろいろ葛藤があったのだろうな、と思うと「やめないでください」とは言うことができませんでした。
最後に
ふだん、私はフォローしている方を中心に記事を読んでいます。タイムラインには、たくさんの記事が流れてきます。すべての記事に目を通すことは難しいですね。
どうしても新しい記事のほうに目が向きがちです。再読したいと思える記事に出会うことは、奇跡のように思うことがあります。
もしも私が、去年ではなく、異なる時期にnoteを開始していたら、上で紹介した方には出会っていなかったかもしれない。
今、毎日投稿されているクリエーターであっても、明日もnoteにいるとは限らない。そう思うと、切ない気持ちにもなるのですが、記事を読むときは、一期一会の気持ちを忘れたくないものですね。

いいなと思ったら応援しよう!
