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短編 | 失恋墓地

 気がつくと暗闇の森の中にいた。老木がうっそうと生い茂っていた。月明かりのおかげで、なんとか自分がどこにいるのか理解できた。しかし、どこをどうやって歩いてここに辿り着いたのか、まったく見当がつかなかった。
 
「あなたはどちら様でしょうか?」

 いきなり背後から誰かに話しかけられた。

「いや、気がついたらここにいたのです。ここはどこなのですか?そして、あなたは、どなたですか?」

「そうですか。あなたはここへ初めてやってきたのですね。ここは通称『失恋墓地』と呼ばれています。簡単にいうと地獄の入口なのです。あなたは初めて失恋を経験されたのですね」

「はい、その通りです。私は人生で初めて恋をしました。その少女を初めて見かけたとき、魂を鷲掴みにされました。告白しようと思いましたが、その子にはすでに彼氏がいました。とうてい私にはかなうはずもないほどの彼氏で、お似合いのカップルです」

「つかぬことをお伺いしますが、あなたは告白もせず、おめおめと身をひいたということですか?」

「私は幸せなカップルが不幸になることを望みません。私のような何の取り柄のない者に告白する資格などありません」

「告白に資格もクソもありませんよ。当たって砕けろです。告白もせず、あなたの初恋を殺してしまっても、あなたは本当に良いのですか?後悔しませんか?」

「ではどうしろというのです?」

「今言ったではありませんか?あなたの彼女に対する想いを、思い切りぶつければ良いのです。どうしようもなく好きなんでしょ?本当に好きなら、告白してごらんなさい。ダメならダメで、あなたには何も失うものはないじゃありませんか。告白できないのならば、その程度の気持ちしかあなたにはなかったということですよ」

「そこまでおっしゃっていただけるなら、あなたを信じましょう。告白してきます」

 その時である。暗闇の森にいたはずの私は、真夏の太陽の下、砂浜で目が覚めた。私の傍らには、少女が座っていた。

「あら、あなた、目が覚めたの?だいぶ悪い夢を見ていたようだけど。私はいつも、あなたのとなりにいますよ。あなたに出会えて本当によかったです。もう何年も一緒にいるのに、あんなにも熱烈な愛の言葉を言ってくれて、あたし、とっても果報者です。あなたに出会えたこと、本当に運命だと思っています」

 いったい、私はなんと言ったのだろう?


おしまい

フィクションです。
ファンタジーです。
導入部は、野上素一(訳著)「ダンテ神曲物語」(教養文庫)から、ヒントを得ました。それ以外は創作です。
💡ヘッダーはこの本(↓)の表紙をお借りしました。

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記事を読んで頂き、ありがとうございます。お気持ちにお応えられるように、つとめて参ります。今後ともよろしくお願いいたします