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短編 | もみの木の扉
SUV車が薬局の前に颯爽と現れた。車から下りた男はトランクから、大きな扉を担ぎ出して、薬局の中へ入っていった。
薬剤師は驚いた。
「あの~、その扉をどうするんですか?そんなものは、注文していませんが…」と狼狽しながら言った。
すると、扉を薬剤師の前に置いた男は次のように答えました。
「この扉はもみの木で作られたものですが、これでよろしくお願いいたします」
薬剤師はますます狼狽した。
「もみの木かどうかは、どうでもいいんですけど。こんな扉をこんなところに置かれましも困ります」
男は激昂した。
「あんた、この扉に書いてある文字が見えないのかい?これは処方箋だ」
薬剤師は男が運びこんだ扉に、チョークで何か書かれていることに気がついた。だが、こんな処方箋を見たのは初めてだった。薬剤師は半信半疑で、男に尋ねた。
「これは何ですか?」
男はイライラしている。
「処方箋だと言ってるだろうが!あんた、薬剤師なのにIQが低すぎる!!」
薬剤師はふだんから、IQが高いことに誇りをもっていた。男に対する恐怖よりも、プライドが傷つけられたことに激怒した。
「わたしは自慢じゃないが、ギフテッドだ」
男はバカ笑いし始めた。
「ギフテッドと聞いて呆れるわ。この扉の文字は、立派なお医者様が書いた処方箋だ。それを理解できないで優秀な薬剤師のはずがない!!」
薬剤師は顔を真っ赤にして激怒した。
「私はギフテッドだ!バカにするな!」
男のイライラはマックスになった。扉を持ち上げて、薬剤師の頭に叩きつけた。
冷静さを失っていた薬剤師は、逃げる代わりに扉を手でおさえようとしたが、無駄だった。もろに扉の下敷きになった。そして、息絶えた。
男はバカな薬剤師をせせら笑った。
「バカな薬剤師だ。俺はただ、処方箋に書かれている薬が欲しかっただけなのに」
まもなく、薬局にパトカーが到着した。
警官が男に尋ねた。
「この薬剤師を殺ったのはあなたですか?」
男は応えた。
「はい、私が殺りました。私の家は山奥にあり、掛かり付けの医者に来てもらったのです。紙も鉛筆もない。だから、お医者様は、うちの扉にチョークで処方箋を書いてくれたのです」
「はぁ、そういう事情がおありだったのですね。それなら、仕方ありません。この薬剤師はふだんから、頭がおかしかったのです。薬は警察のほうで、ご用意いたしましょう。本日はこの街までご足労いただき、ありがとうございました」
悪徳薬剤師を打ちのめした、男が持ち込んだ扉は、もみの木製。今ではクリスマス・シーズンにはデコレートされて、信仰の対象になっているとのことである。
もみの木の扉の前で手を合わせ、不道徳な嫌いな人間のことを思うと、消え去るという。
~おわり~
この物語は、岩波文庫「ドイツ炉辺ばなし集」(へーベル作)所収(p82-83)の「風変わりな処方箋」を現代風に改めた作品です。
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