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読書 | 補陀落渡海記
井上靖の短編小説「補陀落渡海記」(ふだらくとかいき)を久しぶりに読みました。この小説は新潮文庫「桜蘭」に収められています。年末に「銀河鉄道の夜」「フォークナー短編集」と一緒に購入しました。
「補陀落渡海記」をはじめて読んだのは2013年3月1日から3月2日でした。
日本語ではなく、オックスフォード版「日本文学短編集」の「Passage to Fudaraku」(James T. Araki [訳])という英訳でした。本に読んだ年月日が書いてありました。
「Passage to Fudaraku」を読んだあとに、図書館で井上靖全集の中の1冊を借りて「補陀落渡海記」の原文を読んだ記憶があります。
新潮文庫の山本健吉さんの解説には、「補陀落渡海記」は限界状況を描いたものだと書いてありますが、私はホラー小説として読みました。
以下に「補陀落渡海記」のあらすじを書きます。
⚠️ネタバレがありますのでご注意ください。
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Japanese Short Stories
「補陀落渡海記」あらすじ
時代設定は戦国時代。主人公は補陀落寺の住職・金光坊。
このお寺は「補陀落信仰」の寺として知られていました。補陀落信仰とは、簡単に言うと極楽浄土のことです。
ここ3代の住職は、61歳の11月になると「補陀落渡海」をおこなってきました。補陀落渡海というのは、大きな木箱のような船に乗り込み、海に放たれることです。木箱の中に住職が入り、釘を打ちつけられ、出られない密閉状態のまま海に放たれます。肉体の死と引き換えに、極楽浄土で永遠の命を得るという信仰に基づくものでした。
61歳の11月に3代続けて住職が「補陀落渡海」をおこなってきたのは、たまたまのことで、そういう掟があったわけではありませんでした。
しかし、寺の者も世間の者も、住職が61歳の11月に補陀落渡海することは当然のことだと思っていました。
住職の金光坊は、補陀落渡海をすることを、とくに深く考えていませんでした。61歳の誕生日がやってくる年になっても、補陀落渡海をする気持ちはありませんでした。まだ、なさなければならないことがたくさん残されていると考えていたからです。
しかし、金光坊が外を歩けば、拝まれたり、子どもたちですら賽銭を投げたりしました。徐々に金光坊の周りに、補陀落渡海をしなければならないという空気が醸成されていきました。
そのような雰囲気の中で、金光坊は補陀落渡海をせざるを得ない状況に陥り、とうとう「11月に補陀落渡海すること」をみんなの前で宣言しました。
そして、61歳の11月に、金光坊の補陀落渡海が決行されました。
⚠️以下に、最後の部分をそのまま引用します。
前掲「新潮文庫」pp283-284より引用
金光坊はその日の午刻近く網切島の荒磯へ板子ごと打ち上げられた。死んだようになっている金光坊の体が、昨日同行の者として金光坊をこの島まで送って来た僧侶の一人に依って発見されたのは夕刻であった。海上が荒れていたので、同行人たちは全部島に留まっていたのである。
金光坊は荒磯で食事を供せられた。その間僧侶たちは互いに顔を寄せ合い、長いこと相談していたが、やがて、漁師に一艘の舟を運ばせて来ると、それに再び金光坊を載せた。その頃は金光坊は多少元気を恢復していたが、舟に移される時、それでも聞き取れるか取れないかの声で、救けてくれ、と言った。何人かの僧はその金光坊の声を聞いた筈だったが、それは言葉として彼等の耳には届かなかった。
それからどれ程かの時間、舟はそこに打ち棄てて置かれた。人々は黙ってそれを見降ろしていた。
そうしている時、若い僧の清源は師の唇から経文ではない何か他の言葉が洩れているらしいのを見てとり、自分の耳を師の口許に近付けた。併し、何も聞き出すことは出来なかった。清源は懐中から紙を取り出し、矢立の筆と共に師の前に差し出した。
蓬莱身裡十二棲、唯身浄土己心弥陀
金光坊は震えている手でそんな文字を綴った。やっと判読できるような字体であった。それから彼はちょっと間を置くと、こんども危なっかしく筆を走らせた。
求観音者、不死補陀、求補陀者、不心海
金光坊は筆を擱くと、直ぐ眼を瞑った。清源は師の息が絶えたのではないかと思ったが、まだ脈もあり体温もあった。清源は師の筆跡からそれを書いた師の心境をはっきりと捉えることはできなかった。それは金光坊が漸くにして到達することのできた悟りの境地のようでもあり、また反対に烈しい怒りと抗議に貫かれたそれのようでもあった。
間もなく急拵えの箱が金光坊の上にかぶせられ、こんどはしっかりとそれは船底に打ちつけられた。その仕事が終ると、まだ生きている金光坊を載せて、舟は再び何人かの人の手で潮の中に押し出された。
同箇所の英訳(前掲英訳書、pp222-223より引用)
Around noon he was washed ashore, plank and all. He lay there until evening, when he was noticed by one of the monks who had accompanied him to the island the day before. The party of well-wishers had been detained there because of the high seas.
Konko was given a meal there on the bleak shore. The monks, meanwhile, were huddled together discussing at length what to do.They asked a fisherman for a boat and put Konko in it. Konko by then had regained some of his strength. 'Spare me, ' he said, in a barely audible voice. Some of the monks must have heard him, but no one seemed to understand.
The boat was left on the beach for a while, and several men stood around it, regarding it in silence.
The young monk Seigen saw his teacher's lips apparently forming words, though surely not from the scriptures. He leaned close, but he heard nothing. He took out paper and brush and ink. With trembling hand, Konko strung together these words :
Of mythical isles, of Horai,
I have known two and ten.
Believe only in the Pure Land.
I shall believe in Lord Amida.
The words were barely legible. Again Konko wrote :
Should you seek Kannon,
Believe not in Fudaraku.
Should you seek Fudaraku,
Believe not in the sea.
Konko put down the brush and immediately closed his eyes. Seigen wondered if his teacher was dead, but he detected a pulse. He studied the words. Their meaning escaped him. They might perhaps be evidence of enlightenment and again they might indicate anger and frustration, no more.
A hastily made box was lowered over Konko and attached securely to the bottom of the boat. Then Konko and tve boat were pushed out to sea.
あとがき
井上靖を最初に読んだのは高校生のとき。当時、「孔子」と「蒼き狼」の2冊を読みました。
大学を卒業してから、「天平の甍」「おろしあ国粋夢譚」を読みました。
20代の頃は、ドストエフスキー、カント、アダム・スミスばかり読んでいたのですが、今回、久しぶりに井上靖の文章を読んで「こういう文章を書けたらいいな」と思いました。
ムダがない。わかりやすい。格調高い。まさに私の理想とする文章です。
以前読んだときは、ストーリーが比較的簡潔で、含蓄があって面白い、くらいにしか思っていませんでした。今年は井上靖をたくさん読んでみようかな、なんて思いました。
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