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掌編小説集

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長編、短編など、小説を文字数で分類する正式な定義はないそうです。ただ、一般的には、4,000〜5,000文字以内の短い物語を、掌編小説(ショートショート)と呼んでいます。 ここで…
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ひとしずく

ひとしずく

もしも、一滴一滴の雨に生命が宿っていたら……
私は、そんな空想をします。



一滴の雨が、空から舞い降りています。
彼は考えます。

「僕は、まだ生まれたばかりなのに、落下するしか出来ることがないんだ……この先、一体どうなるのだろう?」
「何故、僕は生まれたの? どうして、生きないといけないの? 死ぬことは出来ないの?」
「生きるってどういうこと? 死ぬってことは?」

一滴の雨に

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Go,Leam,Tune

Go,Leam,Tune

(本文約4,200文字)

 霧の朝市は閑散としていた。湿度が高い為か、出店を取りやめた屋台が目立つ。立体か平面かの違いこそあれ、空きテナントだらけの雑居ビルのように、閉ざされた屋台は寂しい市場の演出に輪をかけている。
 楽器や紙にとって、高湿はリスキーだ。何か掘出し物の「音」はないかと前乗りでこの地を訪れた私にとって、期待外れで残念な天候だった。

 ここの市場では、アートの切れ端が売られている

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赤を集めましょう

赤を集めましょう

(本文約2,600文字)

 紅葉から「赤」を抽出して保管する——それが、この季節の僕の仕事。でも、誰もそんなこと知りやしない。孤独な任務なのだ。
 抽出した「赤」は大きな陶製の甕で保管する。百リットルぐらい入るらしい。そんな大きな甕が僕の蔵に百個もある。赤は希釈して使うので、一つの甕に1/4ぐらい貯まれば十分だけど、何せ百個もあるからね。単純計算で、2,500リットルもの赤が必要なんだ。

 そ

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秋が微分されていく

秋が微分されていく

(本文約2,200文字)

 秋と本音で話し合う為に、駅前の広場で待ち合わせたのだが、まだ秋は到着していないようだ。なので、僕は少し大きめの月曜日にそっと腰掛けた。ここで待とうと思う。

 でも、約束の場所は確かにここにしたんだけど、そういえば時間を決めていなかったことに今更気付いてしまった。となると、「時空」の合致は困難だ。時空って、時間と空間のことだったはず。時間がないと、空間だけになる。空間

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私はまだ私でありたい

私はまだ私でありたい

(本文約1,300文字)

 爽やかな秋空に誘われて、私は久しぶりに外出してみた。しかし、たった今、目の前を横切った野良猫とは違い、私は社会環境の変化に上手く適応出来そうにない。
 あの野良猫も、この朗らかな季節の心地よい陽光に誘われて、のこのこと出てきたのだろうか? 目的は、陽だまりか食べ物かパトロールか……街を歩くことはリスクを伴うだろう。それでも歩く。私も似たようなものかもしれない。
 長ら

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合理的な簡素化

合理的な簡素化

 単身者向けのマンションの一室で、男の変死体が見つかった。事件性はないが、死後数週間が経過しており、病死か自死かは特定出来ないでいた。
 一つだけ確かなことは、孤独死であることだ。

 男には、かつて結婚していた時期があった。しかし、僅か数年後には協議離婚に至り、相場より高額な慰謝料を一括で支払ったそうだ。更に、まだ幼かった一人娘の為に、十五年以上も滞ることなく養育費を払い続けた。
 なのに、離婚

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La luna giallo-verde

La luna giallo-verde

(本文約3,900文字)

 月の色は、どれが正解なんだろう?
 何色なら、秋山先生は怒らないのだろう?

 小学二年生の私は、図工の授業で「お月見」の絵を描かされていた。
 背景を真っ黒に塗り、夜空に見立てる。星は黄色で点々と色付けするらしい。クラスメイトがそう話しているのを小耳に挟んだ。私も、見様見真似で皆んなに倣った。
 また、クラスメイトのほぼ全員が、手前に大きく月見団子を描いていたので、

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ファジーな死

ファジーな死

(本文約1,740文字)

「死」の定義は困難だ。

 もっとも、近年の生物学的な定義の一般的解釈は、「心臓」「肺」「脳」による生命維持プロセスの「不可逆的な停止」を指すという見解が主流ではある。
 しかし、「心肺停止」でも脳波は確認されたり、若しくは蘇生さえ可能なこともある。この状態を「死」と判断してもいいのだろうか? また、「脳」の活動停止状態である「脳死」にいたっては、容易に「死」とは認めら

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祈り(シロクマ文芸部)

祈り(シロクマ文芸部)

(本文800文字)

夏の雲だ……
そう認識するや否や
男は悟った
自身の生命が最終楽章に突入したことを

そして 願った
命絶える時
青い空に包まれていたいと

でも
今はただ夜を待つのみ

時は熟したようだ
ついに
闇の世界からの脱却を計るのだ
すべては最終解脱のために

そして
いよいよ夜が時を包みはじめる

空を見上げると
真っ黒なキャンバスに
無造作に散りばめられた星屑が眩くて
優しく蒼

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つ・の・が・あ・る・ひ・が・し・か・ん(#毎週ショートショートnote)

つ・の・が・あ・る・ひ・が・し・か・ん(#毎週ショートショートnote)

(本文410文字)

ツノガエル冷やし缶?

なにそれ。
「毎週ショートショートnote」の裏お題みたい。
変なこと言わないで。

はい? ツノガール?
冷やし缶じゃないって?

やだ、ツノガール乱し姦?
ハード系の下ネタなの?
無理無理無理!

そもそも、ツノガールって何よ?
山ガール、森ガール……みたいな、角好きな女?

違うの?
なに、「ツノがある」なの?
乱し姦は?
あ、乱し姦も違うのね?

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Boy Meets Girl(#毎週ショートショートnote)

Boy Meets Girl(#毎週ショートショートnote)

(本文410文字)

「ナースオフィスはどこよ?」

 少年は唐突に話し掛けられた。振り向くと、金髪の美少女がガムを噛みながら腰に手を当て睨み付けていた。
 外国人、いや、アメリカ人と断定してもいい感じの自己主張の強そうな少女だ。

「あんた、耳と口あるの?」

 攻撃的な性格も、如何にもアメリカ人だ。大和撫子なら、もっとお淑やかなのに。

「頭が痛いの! 案内してくれる?」
「ナースオフィスって

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ドローンの課長

ドローンの課長

(本文410文字)

 課長は、死語の世界に生きている。
 彼は、何でも十代の頃に親の都合で海外に移住し、そのまま日本の文化に触れないまま四十年経過し、最近帰国したばかりだ。縁故採用で管理職に抜擢されたが、常識が少しズレていた。
 特に、言葉遣いが不自然だ。幸い、日本語の読み書きは問題ないのだが、使う言葉が古めかしいのだ。

「チミのファッションは、いつもナウイな」
「これ、Bダッシュで仕上げてく

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窓外の雪に想いを馳せて(#シロクマ文芸部)

窓外の雪に想いを馳せて(#シロクマ文芸部)

(本作は1,610文字、読了におよそ3〜4分ほどいただきます)

 冬の色は白。そうイメージする人が多いらしい。雪からの連想だろうか。
 冬の空も雲が薄く広がり、白っぽくなることがある。動物たちの体毛も、白く生え変わるものもある。だから、冬の色は白……。
 でも、僕には関係のない話だ。

 空調管理が徹底されている個室のベッドで、僕は今日も静かに一日を迎える。いや、一年を迎えると言うべきだろう。そ

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黒い影(#シロクマ文芸部)

黒い影(#シロクマ文芸部)

(本作は3,125文字、読了におよそ5〜8分ほどいただきます)

 逃げる夢——いや、ひたすら逃げ続ける夢を見るようになったのは、いつからなのだろう? 多分、自分では分かっている。でも、そこに因果関係を認めたくないだけだ。
 黒い何かに追われている。影のようでもあり、煙のようでもある何か。単なる気配だけなのか、不吉な陽炎なのか、幻覚なのか、本当に夢なのか……いや、もう夢の中だけではない。いつも、黒

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