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合理的な簡素化

 単身者向けのマンションの一室で、男の変死体が見つかった。事件性はないが、死後数週間が経過しており、病死か自死かは特定出来ないでいた。
 一つだけ確かなことは、孤独死であることだ。

 男には、かつて結婚していた時期があった。しかし、僅か数年後には協議離婚に至り、相場より高額な慰謝料を一括で支払ったそうだ。更に、まだ幼かった一人娘の為に、十五年以上も滞ることなく養育費を払い続けた。
 なのに、離婚後は一度も別れた妻はおろか、実娘にさえ会うことはなかったらしい。

 男は、まだ還暦を少し過ぎたばかりだった。今の時代、現役で働いている人も珍しくない年齢だが、男は数年前に引退し、早めの隠居生活に入っていた。それが叶うぐらいの十分な蓄えもあったのだ。



 フロッピーディスクに始まり、CDやMD、LDやDVDなど、メディアはコンパクトに収めることが重要視され、世の中は「大は小を兼ねる」時代から「小に大を収める」時代へ移行していた。そんな社会背景に感化された彼は、テクノロジーに強く惹かれていた。

「世の中には無駄が溢れている。合理的な簡素化は生産性を向上させる」……それが、彼の信念になった。
 デジタル化への過渡期に生き、常に最先端の技術を信奉していた。やがて、IT関連の会社を起業し、それなりの成果も上げた。
 そんな彼にとって、いつしか人間関係は「非効率な無駄」となり、家族さえ簡素化すべき対象になっていた。
 離婚は必然だったのだ。

「紙媒体ほど不便なものはない」……これは、彼の信念から派生した口癖だった。確かに、紙での保管にはスペースが必要だ。機密文書の管理は困難だし、火や水や汚れに弱く、変質や劣化や破損のリスクもある。デジタル化すれば、全て解決するのだ。
 実際に、彼の会社ではペーパーレス化が推進されていた。会議はチャットで行なわれた。レジュメ不要で、データ添付で済むからだ。各種書類はPDF、普段の業務連絡も社内メール……現実的に、絶対に紙じゃないといけないシーンは少ないのだ。
 そもそも、紙は情報の記録に使う媒体に過ぎない。本に絵画に楽譜に紙幣まで……人類が長らく紙を利用してきたのは、単に他に媒体がなかったからだろう。でも、今はデータはコンパクトに圧縮され、バーチャルな空間に無限に保管出来るのだ。
 もう、紙なんて不要だ……男は、そう考えていた。

 しかし、合理的な簡素化は、知らず知らず人間関係を稀薄なものに変えた。人の優しさや温もり、友情、愛……データ化された沢山の財産と引き換えに、データ化出来ない全てを失っていたのだ。



 死体が発見された部屋は、男の人生を象徴するかのように、これ以上ないぐらいに簡素だった。所持品の財布の中には現金はほぼなく、沢山のカードと一緒に小さく折りたたんだ色褪せた紙が一枚、大切に仕舞われていた。手紙のようだ。
 そっと広げると、幼い字で「パパだいすき」と書いてあった。

(了)

(本文1,200文字)


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