宇宙について調べ始めたら過去のつらかったあれこれがどうでもよくなってきた|自然科学って素晴らしい!
最近こんなもの
を書きました。
それからというもの(それ以前もたまに調べてたけど)、結構ガチで力を入れてずっと宇宙、天文学、物理学、数学、科学に関するあれこれを調べて考えて読んで見て聞いていて。
そうしたら、なんとそれまでの人生の辛かったことや嫌だったことがどうでもよくなってきたというか、いや完全になかったことにすることは一生できないわけですけど、しかし人間の存在そのものがあまりにも小さすぎることに今更気がついて「……汗汗汗うわぁぁぁぁっぁぁぁぁ」となったのでなんか一周回って人生が楽しくなりました。
僕が一周している間に、数多の天体は一体何周しているのでしょう。
「失われた5年間」
をなかったことにすることはできないわけですけれど、しかしなんか人間って太陽系から見たら雑魚の極みだなと思えたので、細かいことが結構どうでもよくなったというか。
それだけ引き込まれたというかなんというか、これまでの悩みや考えがあまりにも小さすぎたというか。
この前も紹介したのですが、この動画
めっちゃ面白いのでぜひ。物理学の知識がなくてもなんとなくわかります。
ちなみに僕も全然数学と物理の知識ないのですが、それとな〜くわかった気になって楽しめました。
どハマりと急速に飽きるを超スピードで繰り返してる
宇宙に関係なさそうな見出しですが、徐々に関係してきます。
僕の性格というか特性というか、「一度あることにどハマりして深淵まで覗き込んでめっちゃ極めたと思ったら、その後は急激に冷める」というものをある周期で繰り返しているのですよ。
ギターに超ハマったかと思えば飽き、車のスペックを調べまくることにハマったかと思えばある時突然どうでもよくなり、自作パソコンやゲーミングPCにどハマりしたかと思えば面倒になって何も考えなくていいMacとPSに落ち着く、みたいな。
飽きるというよりかは、その分野で覗けるところ、自力で辿り着けるところの最大まで到達した感を覚えると、もうこれはやらなくていいかな、となるのですね。
なんだ、これも結局ここまでか、と。
しかしそんな中でも音楽(作詞作編曲)と文章(エッセイと小説執筆)は全く飽きていないので、これは見つけてしまったなぁと思っていた矢先、宇宙に出会ってしまったのです。
いや、「宇宙に出会った」というとそれを見つけたみたいですけど、僕たちは生まれてからずっと宇宙に生きているわけです。不思議ですね。
有限と無限
で、飽きるものと飽きないものの違いは何だろうかと考えてみたのですが、それは有限性があるかないか、つまりは無限かどうかであるということに気がつきました。
例えば、ギターは上手くなる上限があるじゃないですか。人間である以上物理的な制約に制限される。もちろん超絶プロの方とかなら違うかもしれませんが、しかしどうやってもピアノを200本の指で一人の人間が弾くことはできないように(そもそもそんな鍵盤ないけど)、生物というハードウェアに制約を受けてしまう。
車も結局課金ゲーというかなんというか、「こんな機能が搭載されていて運転が面白そうでカッコよくてしかしコストがどうでパワートレインがどうでタイヤはこれで維持費が……」ということを考えていくと、「なんだ、金で全部解決できるじゃんか、つまんね」ということがわかってしまったのですよ。
これは僕にそんな金があるということでは全くなく、現実問題としてそういう性質を持っているという。
初代(?)イニシャルDアニメの金持ち兄弟とか見てたらわかる。藤原拓海みたいなのはそもそもまずいないわけで。だから結局車にかけるマネー次第なんだ……
映画「グランツーリスモ」でも、成金のボンボンが最初の頃は勝ってましたよね。
閑話休題。
今述べた2つの例は良い悪いといったことではなく、単にそれは有限なのだなぁ、ということ。
そんな中、作編曲は無限だし、文章を書くことも無限。それはどちらもコンピュータソフトウェアという実質無限の媒体を介しているからかもしれませんが、宇宙もそれと同様のものであるなぁと。
天体がソフトウェアと同等であるということではなく、
思考をめぐらせることのできる範囲
自分で追い求めることのできる領域
限りなく低いコスト
を考えるとこれは無限だなと。どこまでも突き詰めることができる。
自然科学って素晴らしい!
曲を作ったり文章を書いたりしていて感じるのは、人間の感情って素晴らしいけど、めっちゃめんどいなうぉい、ということです。
lost time、これまでの失われた5年をぶつけた楽曲で結構神曲だなと思ってるんですが、まぁつらい感情が凝縮されているのでハッピーになるものではないわけです。
やっぱり、一度きりの人生は常になるべく楽しく生きていたいじゃないですか。
で、自然科学、特に宇宙ですよ。
なんであの人はあんなこと言うんだろう…… わからない……
社会はなんて不公平でつまらないんだ…… 夢がない……
人間って生きてる意味なくね?? なんてこった……
紅葉って美しいけど儚くて悲しい…… つらい……
人間って結局いつの時代もやってること同じでくだらねぇ…… あぁ……
命は有限なんだ…… 避けられないんだ……
とか考えるより、
なんでこの機械はこうやって動くんだろう? なるほどそういう仕組みか!
太陽系はなんて不思議で面白いんだ! 夢しかない!
人間、そして自分がこの銀河にこうして存在できている確率すごすぎ!
葉が黄色から赤になるのは栄養不足で窒息しているかららしい。おもろい!
え、人間って超新星爆発によって生じた粒子でちょっと構成されてんの!?
与えられた時間が有限なら、知りたいことをできる範囲で全部知ってやる!
ということを考えた方がめっちゃ楽しいし、はるかに生産的じゃないですか。
文学や芸術は確かに人間の哀愁や情動といった捉え所のないものを実質無限に表現することができますけど、しかし確固たるものがないわけです(まぁそれがいいんですけども)。不安定というか。
社会、つまり人間という受け手に左右されますし、作る側としても影響を受けます。
そこで自然科学!
それも抽象的であればあるほど、現実のあれこれになるべく直接的関係のないもののほうがいいですね。
なぜならあらゆる感情や心理的現象から距離を置くことができるから。
純粋にワクワクすることができます。
例えば社会科学、経済学ではその理論モデルを追求することができますが、しかし現実社会にいかにして応用するのか、ということを完全に無視することはできないというか、そもそも経済活動というのは人間の働き(労働という意味ではなくファンクション)を捉えるものであるため、切り離すことができません。
良い悪いといった問題ではなく、そういう側面があるよね、と。
例えば、「所得と学歴の相関は〜」とか言うと、確かに正しいけどなんかよくわからんアンチとかから変な粘着を受けそう。
しかし自然科学であれば何もない。宇宙について考えている限り何もない。
ただ純粋にその理論や成り立ちを突き詰めて考えて調べていくことそのものが面白いし、何にも干渉しないし何にも干渉されません(趣味の場合)。
だって、「おい、新しい小惑星見つけたぞ!!」とか「惑星の軌道の計算おもしれぇぇぇぇぇぇぇ」「マルチバース理論!?なんだそれぇぇぇぇぇぇぇぇぇ」とか言っても、誰にも何も迷惑かけないじゃないですか。
最高!!
……最近そんなことを思っているよ、という話でした。