カンヌライオンズ2024視察レポート「POST IN TRANSLATION」前編。目立ったグランプリ作品と日本の主な受賞作は?
2024年6月、フランス・カンヌで開催された世界最大級の広告祭「カンヌライオンズ2024」に、今年もピラミッドフィルム クアドラ(以下:クアドラ)は行ってまいりました。
そして帰国後には、現地で得た知見を皆さまにご共有すべく、現地視察に行ったクリエイティブディレクター 阿部達也と、プロデューサー 師富玲子によるカンヌライオンズ2024の振り返りを実施。阿部が現地でのインプットをリアルタイムにXへポストした内容をもとに、速報的に今年の受賞作品を紹介するレポートムービーを公開しました。
noteではレポートムービーの内容を前後編の2回に分けてまとめていきます。まず、前編である今回の記事では「今年のカンヌライオンズの特徴」「目立ったグランプリ作品」「日本の主な受賞作」を紹介していきます。
今年のカンヌライオンズの特徴は?
まず、作品紹介の前に今年のカンヌライオンズのおさらいです。
今年のカンヌライオンズには、大きく10個の変更点がありました。振り返るとその中でも大きく話題になったのは「Luxury & Lifestyle Lionsの追加」と「Use of Humorの追加」です。
また昨年から引き続き「AI」が話題として散見されました。
公式から配信されているWrap-Up ReportではGoogleの序文として、AIについて触れており、「昨年は『AI とは何か』がテーマだったが、今年は『AI をどう活用するか』がテーマである」と記されていました。
昨年は「AIはあくまでツールの一つである」と至るところで語られましたが、今年はそれが当たり前としてある中でもう一歩踏み込み、「AIの活用」が語られ、AIの扱いが変わってきていることが分かります。
このように、「HUMOUR」「LUXURY」「AI」の3つが、今年よく話されたキーワードでした。これらに関係する受賞作は後編でご紹介します。
目立ったグランプリ作品
では、そんな今年のカンヌライオンズでは、どのような作品が高く評価され、グランプリを受賞していたのでしょうか。目立ったグランプリ作品を振り返っていきます。
全グランプリ作品のグランプリ・ゴールド・シルバー・ブロンズ獲得数を計算し、多い順にランキングをつけました。
もちろん、多くの部門で受賞することが必ずしも素晴らしい作品であることとイコールではありません。ただ、今年は例年に比べ、部門を跨いだ受賞が少なく、各部門の特性差が出たという意味では良い傾向だったのではないでしょうか。
今回は上位5作品を紹介していきます。
「FIND YOUR SUMMER」
「FIND YOUR SUMMER」はイギリスのアイスクリームメーカーであるマグナムが行った施策です。
イギリスは1月の外気温が平均1℃で、さらに1日の平均日照時間はわずか2.4時間であるため、4分の3以上の人が月曜日から金曜日まで全く外に出ないこともあります。そのような環境であるため、アイスクリームの売上が伸びるはずもなく、冬はアイスクリーム業界の閑散期になってしまうことが業界全体としての課題でした。
そこで、マグナムは太陽の位置をリアルタイムでデータ化し、太陽の日差しが当たる時間と場所を追跡。そのデータを示したサイネージ広告を街に設置しました。
さらに全ての広告にはビーコンが設置され、人々が広告に近づくとマグナムのアイスクリームを割引価格で購入できる仕組みにもなっていました。
「暑いからアイスクリームを食べる」のではなく、「アイスクリームを食べるために暖かい場所へ行く」という逆転の発想で、冬のアイスクリームに対する価値観を変えました。
「WOMEN'S FOOTBALL」
「WOMEN'S FOOTBALL」は、昨年夏のワールドカップにフランス女子サッカーチームが出場するも、現地メディアが大会数週間前まで大会の放映権を購入しなかったことをきっかけに行われた施策です。
女子サッカーは男子サッカーと比べて、技術力が足りないという偏見から「女子サッカー=つまらないもの」というイメージが、実際に試合を観ていない人たちの中で蔓延していました。
そこで、フランス男子選手のスーパープレーをまとめた映像を制作し、とあるインフルエンサーのSNSアカウントで投稿。映像をフランス全土に拡散しました。そして数時間後に、実はその映像が男子選手ではなく、ディープフェイク(AIで人物の動画や音声を人工的に合成する処理技術)を用いて、女子選手のプレーをあたかも男子選手のプレーであるように見せたものであるとネタバラシ。
女子選手も男子選手と同じように素晴らしいプレーができると人々に認知させることで、女子サッカーへのイメージを覆しました。
「MICHAEL CERAVE」
「MICHAEL CERAVE」はCeraVeというアメリカのスキンケアブランドが行った施策です。
CeraVeは「皮膚科が開発した」ことを強みにしているが、競合も同じような謳い文句を使っており、差別化できていないことが課題でした。
ブランドの認知度向上のため、CeraVeはアメリカで最も大きな広告枠であるスーパーボウルでの広告出稿を決めますが、スーパーボウルの視聴者はエンタメ性を求めるため、真面目な広告は興味を惹きません。
そこでCeraVeに名前が似ている、かつ赤ちゃんのような肌が特徴の「マイケル・セラ」というアメリカではあまり知名度のない俳優を広告に起用。「彼が商品開発した」という嘘の噂をでっち上げました。
(仕込み)インフルエンサーの拡散によって「マイケル・セラが開発した」というイメージが世間に広がってきたところで、CeraVeは「皮膚科医が開発した」と公表し、噂を真っ向から否定。スーパーボウル前日までに「どちらが開発したのか?」自作自演の論争を作りあげることで、世間の注目をとことん集めました。そして試合当日、テレビCMで「本当は皮膚科医が開発した商品である」とネタバラシ。
単純に「皮膚科医が開発した」というCMを流しても興味を惹くことは難しいですが、世間が知りたかったオチにすることで、認知向上に成功しました。
「MICHAEL CERAVE」はグランプリを獲得しましたが、Inside the Jury Roomという審査員たちが審査の裏側を語るセミナーで、グランプリ候補はもう一つあったと語られていました。
その候補が「GONNA NEED MORE TIDE」という作品です。
「GONNA NEED MORE TIDE」はTideという洗濯洗剤のブランドが行った施策です。
過去10年で洗濯機は20%サイズアップしており、それに伴い従来の洗剤量では足りないため、Tideはサイズアップした商品を発売したが、理由を知らない消費者からは「利益のためにサイズアップしたのではないか?」とあらぬ噂が立っていました。
そこで服が汚れるシーンのある様々な有名バズ動画に、俳優でミームキングのクメイル・ナンジアニを合成し「もっとTideが必要だ」とオチをつけて拡散。消費者にTideの洗剤の必要性を訴えかけました。
「MICHAEL CERAVE」と「GONNA NEED MORE TIDE」はどちらも素晴らしい施策ですが、前者は一歩間違えれば炎上するかもしれないギリギリを攻めた施策であるのに比べ、後者は少し安全策に感じられたようです。
何が勇敢か、何がユニークかを明確にすることはとても重要なことで、それを恐れていないこと、そしてあえて有名人でない人を起用し、これまでにないアイデアや戦略であった点がより評価されました。
「SPREADBEATS」
「SPREADBEATS」はSpotifyが行った、広告主やマーケター、広告会社などをターゲットにしたBtoBキャンペーンです。
2023年、Spotifyは新しい動画広告メニューを発表。しかしオーディオプラットフォームのイメージが強いため、動画広告の効果がメディアプランナーや広告主にあまり認知されていませんでした。
そこでメディアプランナーへの営業活動の際に使用しているExcelファイルに4分間のミュージックビデオをコーディング。営業メールに添付することで、5800名ものメディアプラナーにリーチしました。
さらに営業メールとして送るため、ファイル容量が重くならないよう10MB以内に収めることを一つのミッションとしていました。ASCII、ユニコード、条件付き書式などの機能を使ってデータを軽くしており、見えない部分でも努力を感じられる施策です。
この作品に対して審査委員長の木村健太郎氏は「審査員は全員一致で、テクノロジーの素晴らしい使用よりも、人間の素晴らしい創造性を称えることに決定した」と語っていました。
「THE EVERYDAY TACTICIAN」
「THE EVERYDAY TACTICIAN」はXboxが行った施策です。
サッカーシミュレーションゲーム「Football Manager 2024」は、実在するサッカーチームのデータを分析しながら、最強のサッカーチームをマネジメントしていくというものです。
このゲームが各種ゲームプラットフォームで提供されている中で、Xboxでのプレイヤーを増やすため実施されました。
Bromley FCというチームと提携し、ゲームのプレイヤーたちに向けて、チームの戦術担当として実際に起用する求人を募集。多数の応募者の中から1人の男性が採用され、彼はゲームから得たスキルと経験をチームに持ち込み、データに基づいたチーム選択、対戦相手の分析、戦術に取り組みました。結果、彼の活躍により、Bromley FCは132年の歴史の中で最高の成績を残すことができました。
これまで技術習得は特定の環境でないとできませんでしたが、今や様々なジャンルのゲームが生まれたことで、バーチャルに習得できるようになりました。かつ現実よりも場数を踏めるため、サッカーに限らず様々な分野に転用できる施策ではないでしょうか。
日本の主な受賞作
目立ったグランプリ作品として、海外の施策を5つ紹介しましたが、次は日本の主な受賞作を紹介していきます。
ブロンズ以上を獲得した日本の作品をまとめてみましたが、今年は例年に比べてかなり少ない印象です。
そんな中から今回は5作品をピックアップしてご紹介します。
「NO SMILES」
「NO SMILES」は、常に“笑顔”を大切にしてきたマクドナルドが、「笑顔で働く」から「それぞれのスタイルで働く」へ働き方を変えることを訴求したムービー施策です。
マクドナルドが創業以来掲げてきた「スマイル0円」。従業員が笑顔で接客してくれることは日本の良いところである反面、笑顔を強要されることはマクドナルドで働くことを考える人にとって障壁になりつつありました。
そこで飾らない人柄で知られる、あのちゃんを起用し「必ずしも笑顔で働かなくともいい」というメッセージを込めたMV「スマイルあげない」を制作。Z世代に絶大な人気を誇る彼女がマクドナルドの従業員に化身し、自分のスタイルで働くことをポジティブに表現しました。
MV再生数は1,000万回以上、他SNSでのユーザー投稿や視聴を含めると3,600万回以上再生され、これは日本のZ世代全員が2回以上見たことに相当します。(2024年4月時点の数値)
現地でのウケもよく、最後にマクドナルドのサウンドロゴとともに彼女がニコっと笑ったシーンでは、会場も盛り上がりをみせました。
「DAYS OF HIRAYAMA」
デザイン・クリエイティブの力で東京の公衆トイレを綺麗に変えていくプロジェクト「THE TOKYO TOILET」。このプロジェクトの一環をして、役所広司演じる、トイレ清掃員 平山を主人公とした映画「PERFECT DAYS」が制作されました。「DAYS OF HIRAYAMA」は映画では描かれていない彼の日常をWebサイトで表現した作品です。
木漏れ日をモチーフとし、スクロールすると文字が揺れ、音が鳴り、見る者を現実から別世界へと徐々に没入させていく非常に美しいサイトです。
日本語圏ではない人達に、日本語で組んだ文字組の美しさが評価された点はこの作品の素晴らしいところです。
映画の物語を映画でないフォーマットで最適化、再解釈して描くことは大切なことではないでしょうか。
少し話は逸れますが、日本では有名漫画の実写コンテンツは「いかに原作を忠実に描くか」が注目され、作り手も原作に寄せて制作するため、逆に原作との相違点に違和感を抱いてしまいます。
一方で、ハリウッドで実写化した日本作品は、世界観をうまく組み取り、新しい映像作品として制作しています。核心を突きながら、映像や映画というメディアで再解釈することは原作ありきの作品では重要だと考えられます。
本作品も映画が基にありますが、Webサイトならではの表現がうまくできており素晴らしい作品でした。
「REACH FOR THE SUMMIT」
「REACH FOR THE SUMMIT」は金沢で開催された相撲全国大会のポスター施策です。
コロナ過を経て、4年ぶりに開催された本場所。ネット配信があらゆる観戦や観劇の主流となった今、現地で試合観戦する文化がなくなってしまったことが課題となっていました。現地観戦ならではの、目の前で力士がぶつかり合うスリルある観戦を再び伝えていくために、この施策が行われました。
相撲はほんの数秒で勝負が決まるスポーツです。しかし、その数秒の中に、選手たちの1年間の努力が凝縮され、詰め込まれています。ポスターではその重みやぶつかり合う力士たちを大きな山に見立て、山水画のようなタッチで表現しています。
さらにポスター内には、「息をのむ。目が離せなくなる。スマホ画面で見るよりずっと遠い土俵が、心には近かったりする。」と小さくコピーが入っており、それが山の大きさをさらに象徴しています。
非常に繊細に大きく描き、アートディレクションが詰まりに詰まった日本らしい作品です。
「PLAY HAS NO LIMITS FEAT. KING GNU」
「PLAY HAS NO LIMITS FEAT. KING GNU」は、PlayStationが行った施策で、PlayStation初のグローバルタグライン「Play Has No Limits」を日本市場に浸透させることを目的とした、King Gnuとのコラボ施策です。
彼らの多様な音楽スタイルと、「Play Has No Limits」のコンセプトが類似していることから起用されました。
映像内では、King Gnuのメンバー4人がPlayStationの象徴であるコントローラーの「△〇×□」のボタンデザインを模したキャラクターとなり、それぞれの限界を突破し、次のステージで「Giant Gnu」へとカオティックに融合していく姿を描いています。
ボタンデザインのデフォルメが面白く、日本の映像作品の中ではCGクオリティも高い作品です。「巨大なものに立ち向かっていく」「限界はない」という世界観をうまく表現しています。
また、4人が合体して一つの巨大なキャラクターになるところは、日本のロボットアニメカルチャーを感じた作品です。
「PENGUIN SOAP OPERA」
「PENGUIN SOAP OPERA」はすみだ水族館と京都水族館で行われた施策です。
ペンギンは日本のどの水族館にもいるため、パンダ等に比べるとフォーカスされ辛いのが現状です。そこで、飼育員が長年保管してきた飼育記録をうまく活用し、着目してもらえるようこの施策が行われました。
群れで過ごすペンギンはどれも同じように見えがちですが、実は人間と同じように、ペンギン一羽一羽に個性があり、社会性もある動物です。そんなペンギンの生態をオープンに見せる関係図(ペンギン・ソープオペラ)を制作し、さらに6年に渡り毎年更新することで、人々のペンギンに対する認識を変え、個々のペンギンへの親近感を醸成しました。
データ分析ではありますが、AIとは真逆で、飼育員がペンギンたちに毎日愛情を持って触れ合ってるからこそ実施できた施策です。
前編のまとめ
ここまで目立ったグランプリ作品や日本の主な受賞作をご紹介しました。次回の記事では、今年のカンヌライオンズにおける3つのキーワード「HUMOUR」「LUXURY」「AI」に関連する作品について解説していきます。後編もぜひご覧ください。
また、本レポートの録画データは以下からご視聴いただけます。こちらもご覧いただけますと幸いです!
(この記事の内容は2024年7月19日時点での情報です)