思考が病気を作り出す〜第十の予言を読んで
『第十の予言〜ジェームズ・レッド・フィールド著』は、『聖なる予言』の続編です。
主人公の友人シャリーンが行方不明になったことで、アパラチアの谷間にいき、第十の写本の謎を解きながら、この世の理を見つける旅をしていく内容です。
この本の内容と共に、病気について。
心の傷(カルマ)によって病気が作り出される仕組みをお伝えしていこうと思います。
子供の頃の仮病
最近、娘が、学校の友達とうまくいっていないこともあり、朝になると、学校に行きたくないと言い出します。
小学校の時から、皆勤賞をもらい続けるくらい、娘は丈夫で、滅多に病気はしないため、今まで学校を休むという発想すら、なかったのですが
あるとき、息子が病気ではなく、学校生活の人間関係によって、学校を休んだことで、
娘の脳裏に、『病気じゃなくても学校休める』という事柄が入り、ちょくちょく、学校を休む口実を作ろうとするようになりました。
初めて娘が、学校を休むと話した時、私は、
「体がしんどいの?」と聞き、
この子が学校を休みたいなんて、よっぽどのことがあるんだと、そう思って、学校を休ませたのです。
すると、次の日もその翌週も、学校を休みたいと言います。
これでは、不登校になってしまうと、危機感を感じた私は、「今日は行きなさい。病気じゃないんだから」と、彼女の気持ちを無視して、学校に行かせてしまったのです。
これが、彼女がコントロールドラマ(偽りの自分を演じるドラマ)によって、病気を作り出すきっかけとなった『親』の過ちとなり
娘は、「体が病気じゃないのなら学校を休めない」と、無意識に記憶してしまい、学校を休む口実作りをし始めます。
そう、初めは仮病から、本当の病気が作り出されていくのです。
私たちの脳は、顕在意識1割、潜在意識9割で、思考が現実化して行きます。
この無意識領域に、子供の頃、嫌だったことを無理矢理やらされる記憶が入ることで、心の傷(カルマ)が活性化され、その心の傷によって、病気が生み出されていきます。
ここから、娘が心の傷によるコントロールドラマによって、ある行動をし出します。
ある朝、娘は私と同じ5時に目が覚めたのにも関わらず、学校の準備をなかなかしないで、勉強したり、スマホをみていました。
もう、そろそろ、学校に行かないといけない時間になると、
「今日、体育があるから、練習しなければ」といい、ソファーの上という、怪我をしそうな場所で、前転をします。
案の定、そんな場所で、前転をしたので、体制が崩れ、肩を痛めます。
すると、大きな声で、
「痛いよ、痛いよ、これじゃあ、学校に行けないよう」と泣き出したのです。
第十の予言に書かれていた病気の正体
本書にも、全く同じことが書かれていました。
主人公が、シャリーンを探し、夜の谷間を急いでいると、よくわからない恐怖に襲われます。
直感的に、ここから先に進むのが怖いと感じた主人公は、なぜか、理由なく右足首を捻挫したのです。
シャリーンを早く助けないと、彼女がやばいのに、なぜ、ここで足を捻挫するんだ!と、足を引きずりながら、進もうとするのですが、痛みが激しく、進むことができません。
そこに、マヤと呼ばれる女性が、偶然現れ、足の治療を受けるのですが、もちろん、病院ではない山奥の谷間で怪我をしているため、どんな状態かも検査できません。
マヤは、主人公にこう伝えます。
「なぜ、こんな事故が起きたのか、何か思い当たることはありませんか?」
足の激しい痛みと闘いながら、主人公の頭の中は、シャリーンを早く見つけないといけないという思いに駆られています。
そのため、マヤに
「思い当たることはありません。なぜ、事故が起きたのかが大事なのですか?」
と問いかけます。
マヤは、こう言います
「薬はすごい早さで変わっていますが、私たちは、人間の体を部品からできている機械のようなものと思ってはいけないのです。
体の健康は、かなりの部分、私たちの心理的な作用によって、決められるということが理解され始めました。
古いやり方では、医師は専門家で、人を治すものであり、患者は受け身な受益者で、医師が全ての答えをもっているはずだと思っています。
しかし、病気は大部分、患者の恐怖から作り出されるのです」
私たちは、体の生体解剖学などを理解し、病気を故障した部分を治せば、治ると思いがちですが、
そうではなく、心にある『恐怖』が根底にあることで、無意識に病気を作り出しているのだとマヤは伝えているのです。
主人公は、マヤの治療を受けながら、10歳の頃、フットボールの試合から退場する場面が脳内に映し出されます。
主人公は、怪我の原因を理解し出します。
ああ、そうか、私はいつも難しい状況で行動するのを避けるために、捻挫したふりをしていたのだ。
そして、その後、色々な場面でしょっちゅう足首を痛めるようになったことにも気が付きます。
つまり、主人公は、意識の上ではシャリーンを探しに行かないといけないと焦りに駆られているのにも関わらず、谷間の恐怖に怯えたことで、難しい状況で行動するのを避けるため、無意識に足首を痛め、行動しないようにしたということになるのです。
娘が病気を生み出さないようにするために
私たちは、幼少期に、親から与えられた環境の中、自分の自由を奪われたことで、無意識に刻み込まれた思考の癖があります。
アロマ心理学では、この思考の癖は、心の傷(カルマ)によって、活性化するように促されると伝えています。
子供の仮病や原因不明の体調不良は、やりたくないことに理由をつけないと納得しない『大人のための理由』を作り出している行為なのです。
娘は、学校に行きたくないと最初、正直に言った。
でも、次の日も休むと言ったら、私(親)に
「今日は行きなさい。病気じゃないんだから」と言われたことによって、行きたくない学校に行かないといけなくなった。
だから、ソファーの上という危ない場所で前転し、肩を痛め、学校に行けない理由を作り出したのです。
娘は、嫌なことを嫌だと争ってるだけなのに・・・。
親のエゴで、嫌なことをさせることが、無意識に間違った思考の癖を生み出していることの重大さに、私は気づきました。
そして、また、私にとってのテストが始まります。
沖縄セミナーから帰ってきて、家に着くと、夜中の0時回っているのに、娘がお風呂に入らず起きているのです。
私は、すぐに、
「明日学校に行きたくないんだな」と娘が朝、体調が悪いと言った理由で、暗い顔で、私に伝えてくるイメージが湧きました。
そのため、私はすぐにこう言ったのです。
「明日、学校行きたくないなら、休んでもいいよ」
すると、娘は、ニヤッと笑って、
「学校は行くよ」と少しムキになって反抗しました。
翌朝、案の定、娘が遅くに起きてきて、
「ママ、私、・・・」
と体調が悪いと言った表情を浮かべた時、私は、すかさず
「あやちゃん、学校に行きたくないなら、素直にそういえばいいんだよ。寝不足になって、体調が悪いって言わなくても、普通に休めるからね」
そう伝えると、娘は、ニヤッと照れ臭そうに笑い、
「うん、私、学校休むね」と堂々と自分で学校を休むという決断をすることができました。
8割に上る未病の正体
これらの行動は、全て幼少期の思考の癖です。
子供の仮病は、大人になると、本書の主人公のように、困難な場面に遭遇する、嫌な場面に遭遇するなど、自分の心に従いたいと願う時に、怪我をしたり、病気になったりします。
よく、通勤時に、お腹が痛くなる人がいると聞きますが、幼少期、お腹が痛いと親に言って、行きたくない学校を休んだことがあり、それが無意識に、脳に刻み込まれ、病気を作り出し、本当にお腹が痛くなっている可能性があるのです。
現在、8割以上のビジネスマンが多かれ少なかれ、何らかの体調不良を抱えており、
健康でない人から病気の人を除いたいわゆる「未病」状態にある人は78.3%と女性とほぼ同程度の割合(2008年度調査)であるということがわかっています。
その病気、もしかして、幼少期に行なった心が生み出すものかもしれませんよ。
自分の心と向き合うことで、多くの人が、原因不明の病気から救われることを願っています。
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