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【紫陽花と太陽・上】第十五話 報告会@遼介宅 中学二年生/年明けて一月

(お知らせ)
本記事は長編小説「紫陽花と太陽」上巻、15話目のお話です。
主人公 遼介と彼の親友 剛、2名のみ登場する「対話体小説」となっております。説明文がなく会話のみで進む形です。
前回のお話はこちらから。
【紫陽花と太陽・上】第十四話 究極の年越し蕎麦

以下、本文




つよし、コーヒー、ここに置いとくね」
「おぉ、さんきゅー」
「それはそうと、明けましておめでとう」
「今更だな。もう一月中旬だろ」
「そうだけど、年明けになんかちゃんと言ってなかった気がする」
「まぁな。今年はあずさと一緒に行ったのか?」
「初詣? いや、あずささんね、お正月は具合が悪くて寝込んでたんだよね」
「そうなのか」
「うん、桐華とうか姉たちは椿つばき連れて初詣に行ったけど、僕はあずささんの看病してた」
「正月早々大変だったな」
「僕は別に。あずささんが熱出て、しんどそうだった」
「病院は……あ、休みか」
「年末年始はねー病院はお休みだから。でも病院やってても、あずささんは行かないってさ」
「そうなのか」
「うん。なんで? って聞いても、ただ行きたくないって」
「注射が怖かったりしてな」
「えっ、そうなのかな、治りが早いほうが合理的だからってむしろ注射しそうだけどね」
「合理的」
「けっこうそういうところ、あるから」
「……ふぅん」
「何? どうしたの、ニヤニヤして」
「別に。でもまぁ良かったよな」
「何が?」
「あずさとずっと一緒に暮らせてさ」
「まぁ、そうだね」
「最近宿題も忘れてないし、この調子だと学期末テストも少し見込みあるんじゃね?」
「勉強はね、あずささんにものすごいお世話になってるよ」
「学校でも居残ってやってるもんな」
「家より集中できるからね。本当は自力でどうにかしたいんだけど、やっぱり今までのツケがあるから分からない問題が多くて。……悔しい」
「学年トップのあずさと比べるなよ」
「それはさすがに比べてないよ。あずささんに手間をかけさせちゃうのが悔しいんだよぉ」
「あずさは一体いつ勉強してるんだろうな……」
「椿の寝かしつけの後で、最近は三十分とか一時間は勉強の時間に当ててるよ」
「お前もやってるのか?」
「うん、一応。すぐ飽きちゃうけど」
「お前、ホント勉強嫌いだよな」
「本を読むのは好きなんだけどねー」
「本。初めて聞いたぞ。読書好きだったっけ?」
「前は読む暇がなくて読んでなかった。最近、時間があったら読んでるよ」
「どんなものを読むんだ?」
「昨日までは『幼児への言葉かけ 心に響く伝え方』ってのだね」
「……」
「育児書が多いかな。あずささんと一緒に本屋で選んで、悩み解消のために読んでる」
「育児書」
「そう。あとは料理本。作り置きのレシピが載ってるやつとか」
「好きそうだな」
「掃除の効率アップの雑誌とかも買って読んだよ。あずささんといろいろ実践して、いい方法を模索してる」
「ほぉ」
「あと……あ、剛、興味ないよね」
「いや別に」
「目が半目になってるよ。怖い。興味無いですって顔だよそれは」
「育児書はともかく、他のは読書か? って一瞬思っただけ」
「それもそうか」
「育児……椿で悩んでるのか」
「うん。割とね。一時期スムーズに朝の支度とかができる時があったんだけど、ちょっとうまく進まないことが増えすぎててさ。成長途中なんだろうって多めには見るようにしてるんだけど、支離滅裂なこともあって。……それで、あずささんに相談したら」
「うん」
「子供とは椿以外と接したことがないから分からないって」
「同年代ですら関わり薄いもんな」
「そうだね。それで、分からないから解決方法として知識を仕入れるって言って、本にたどり着いた」
「……あずさらしいっていうか」
「保育園の先生に聞いたりもしたよ。もうすぐ年長さんだし、心の変化もあるだろうって」
「姉貴は? 確か幼稚園の先生なんだろ?」
「そうだね。桐華姉にも一応聞いてみたけど。……なんとかなるって、それで終わり」
「……」
「よく幼稚園の先生になったよね」
「読書後はうまくいったのか?」
「うーん……少しは。椿が、というよりは、僕たちの心構えが変わったからかなぁ。椿への対応を前よりは冷静に分析してる自分がいる感じだね」
「そんなことを毎日してるのかよ」
「だって、毎日一緒じゃん」
「あずさと仲いいよな」
「ん? 毎日一緒は椿だよ? あぁ、あずささんとも一緒だけどさ。生まれてから椿を見てきたけど、年々変わるなぁって思うよね。むしろ変わるのが早すぎるっていうか……。だから、僕が変わるスピードに追いついていけない」
「ついこの前まであまりしゃべらなかったもんな」
「そう! そうなんだよ! さすが剛、よく分かってるよね」
「わぁーった、わぁーった! そう身を乗り出してくんなよ、ツバ飛ぶじゃねぇか」
「えへへへへ、ついね」
「今お前が風邪ひいてなくて良かったよ」
「風邪ねぇ……。そういえば、父さん、年末にうちに帰ってきた時、けっこう咳してたんだよね」
「それがあずさに感染ったんじゃね?」
「あずささんは咳じゃなくて熱だけだったんだよねぇ」
「そうなのか」
「うん」
「親父さん、日本のあっちこっち飛び回ってるから、まぁいろんな菌に晒されてるよな」
「毎年健康診断受けてるから、大丈夫だーってガッツポーズしてた」
「あぁ、すごい想像できるわ」
「ふふふ、そうだね。ガッツしたら勢い余ってメガネも吹っ飛んだから、あずささんがそれを見て笑ってた」
「ふっ……そうか」
「……」
「……どうした」
「剛さ」
「おぅ、何だよ、急に真面目な顔になって」
「……あのさ、僕さ、勉強苦手なんだよね」
「知ってるよ」
「まぁそうだよね。でさ、うちの中学さ、進学先のレベルごとに来年クラス分けするでしょ?」
「クラス分け? あぁ、そうだな」
「剛は確か、A高校を受験するんだもんね?」
「今のところはな」
「あずささんもA高校だって言ってた。というか、先生にそこ一択だって言われたって」
「学年トップなんだから、余裕で試験通るよな。わざわざランク下げる必要ねぇし」
「うん、それは僕も思ってる」
「お前もA高校狙ってるのか?」
「ううん、僕には無理だよ。無理とか、諦めるのはまだ早いって言うかもしれないけどさ、今までの成績見てたらさすがにね。……だから、剛」
「何だよ」
「あずささんのこと、見守っててほしいんだ」
「……」
「来年のクラスでも。たぶん、僕は別々のクラスになると思うんだよね」
「……そうかもな」
「それはいいんだ。ただあずささんは、これからのことを考えても、いろんな人と話せるようになってほしいんだ」
「いろんな人って」
「だって剛、分かるでしょ。あずささんさ、もう一年も経つけど、僕と剛以外の人と学校でしゃべってないんだよ」
「……そうだな」
「僕はさ、そりゃあもちろんあずささんと一緒は楽しいし、話してて気楽だし、もうずっと前から家族として大事に思ってる。でも、この先あずささんは高校に行って、そして仕事を決めて、もしかしたら仕事をする前に大学にも行くかもしれない」
「あぁ」
「とりあえず目先は来年のクラス替えなんだけど、別々のクラスになったとして、あずささんが中学校で誰とも話さないままなのは、やっぱり後で困ると思うんだ」
「そうだな」
「育児書、役に立つかどうか分からなくても、とりあえず手当たり次第に読んで見てるんだよね。二人とも同じ内容を。あずささんは椿のために読んでると思うんだけど、僕には椿だけじゃなくて、あずささんにも当てはまることがたくさんあるんだ」
「……」
「僕なんかがあずささんの未来に口を出すなんて身の程しらずだけど。……それでも、あずささんは少しずつ一人で生きていく練習をしないといけないって……そう、思うんだ」
「……そうか」
「まぁ実際、すぐに独り立ちされたら僕は困っちゃうんだけどね」
「椿のこととか相談できなくなるもんな」
「うん……。家のこと、家事もまた元のように手一杯になって、回らなくなる。今こうしてあれこれ考えられるのは、本を読めたり勉強できたりするのは、全部全部あずささんのおかげなんだ。……二人で家事をするとすごく早く終わるんだよ。ごはんの支度も、後片付けも。それで空いた時間を、今は好きに使える」
「……」
「父さんが言ってた。『あずささんは、縛られない。自由だ』って。それは、この先の未来は、何でもできるってことだって思った。僕や桐華姉たちができるのは、安心してあずささんが一人で生きていけるようにお手伝いをすることだって。困っていたら話を聞いて、何かに挑戦しようとしていたら背中を押す。そういう役目なんだって」
「……」
「さっきの話だけど。見守りたいのは山々なんだけど、クラスが違っちゃったり高校が別々だと、難しいよなぁって」
「……それで、俺が見守ると」
「もちろん、しなくてもいいんだよ。親だって、小さい頃はともかく段々見守れなくなっていくんだからさ。子供が保育園や小学校に入ったりしてさ。ただ……僕のわがままで……お願いしたいんだよ……」
「お前がやれよ」
「クラスや学校が違ったら無理でしょ」
「それ以外のところで。……俺は、遼介りょうすけほど上手に守れねぇよ」
「僕は守ってないよ?」
「守ってきたからあずさが笑……いや、何でもねぇ。……心に留めておくよ」
「うん!」
「何だよ、急にニコニコになって」
「剛がそういうときはね」
「うん?」
「安心して、任せられるんです」
「急に丁寧語になるな」
「えへへへへ」
「やっと笑ったな」
「えへへへへ」
「声変わり、終わったのかな。その低い声でいつまでも子供っぽく笑ってんじゃねぇよ」
「えっ! 声変わった? あー、あー……」
「自分で気が付かねぇのかよ……」
「あー……んー、あまり意識してなかったなぁ」
「ぼーっとしてるもんな」
「ふふ、相変わらずぼーっとごはんとか作ってるよ」
「この前の調理実習の時はバリバリ指示出ししてたよな」
「あーあれね。最初だけあずささんと一緒のグループになった時ね」
「そうそう」
「懐かしいね。他の子さぁ、家でごはん全然作らないんだね。鶏肉切るのもさ、パックから誰も出さないし触らないんだよね。野菜だってピーラーでどんどん皮くらい剥いていかないと、時間なくなるのに誰もしないし」
「肉は抵抗あるよ。生だし」
「肉は生でしょ」
「そうだけどよ……。肉の切り方も、初心者にはキツいって」
「そぎ切りでいいのにね」
「そぎ切り知らねぇよ」
「……そ、そっかぁ」
「俺のグループより遼介のとこを見てる方が面白かったな。お前が指示出して、他の奴らがまごまごしててさ、手本で切ってやったら全部切り終わっちまって、しかもあずさが食材入れるためのボウルを出すタイミングとかが絶妙すぎて、笑ったわ」
「切って切って油引いて炒めて、茹でて粗熱とって、ってやっている間に、あずささんが洗い物を全部終わらせちゃったしね」
「もうそのグループ、二人で良くね? って思ってた」
「グループ活動だから、それはまずいでしょ」
「だからレベルが違いすぎると苦労するよな、先生が。全員足並み揃えて協力し合って、調理実習完成! ってのは、ホント難しいよな」
「途中であずささん、別のグループ行っちゃった……」
「思い出して悲しそうにすんなよ。なんだかんだ、遼介のとこも全員実習に関われたみたいで良かったよな」
「まぁ、そうだよね」

「……まさかとは思うが。このパンみたいなやつ、自作か?」
「マフィンだよ。パンって。そうだよ、剛がうち来る前にさっき作ったよ」
「はぁー……」
「え? もしかして苦手だった? 市販のより甘さ控えめにできたと思ったんだけどな……」
「いや、美味いよ。なんか、プチプチしてるとこも本物っぽいな」
「偽物と本物の違いって何だろう? プチプチはイチジクだよ」
「なんだイチジクって」
「イチジクは……果物だね」
「……そうか」
「いよいよ三年生かぁ」
「その前に学期末テストだぞ」
「うぇー! それ、忘れてたのに、言うなぁー」


(つづく)

(第一話はこちらから)

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