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一冊しかあるノート

 新しいノートの表紙をめくると、眩しいほどの白が目に飛び込んできた。

 たくさんの紙をじ合わせたものをノートという。
 わたしはいつも、新しいノートをおろすときの期待感や高揚感が大好きで、それはもちろん絵を描くことが何よりも好きだから、何も書かれていない白い紙を見るととってもウキウキするんだ。

 でも、今日は表紙をめくってもウキウキとはしなかった。母から手渡された一冊のノート。わたしには姉がいて、姉も絵を描くことが大好きなので我が家に「紙」がやってくるといつも争奪戦となる。昔は、父が会社で間違えてコピーしてしまった紙や、学校のプリントの裏、新聞に挟まっているチラシの裏などに姉妹で争うように描いてきたものだ。それがシャガイヒ?とかで会社の物は持ち帰ることができなくなり、資源節約のためにプリントもあんまり配布されなくなってしまった。
 紙は貴重だった。
 とりわけ、裏も表も何も書かれていない紙、そして新品のノートは、さらに貴重だった。


「はい、これ。一冊しかないんだけど、お姉ちゃんと相談して使ってちょうだい」
「えっ? 一冊?」

 絶対ケンカになるじゃん、と心の中でぼやいた。でも仕方ない。わたしはノートを胸に抱きしめて姉がいる二人の部屋へと向かった。姉は机の前で頬杖をついてぼんやりとしていた。

「お姉ちゃん、これ、お母さんがノートをもらってきたんだって」

 わたしは姉に見せながら一冊しかないことを伝えた。姉は絵がめちゃくちゃうまくて、わたしは小さい頃から姉を見て、姉のように、姉に負けないようにとがむしゃらに絵の練習をしてきた。
 姉はノートをちらりと一瞥いちべつし、無表情で言った。

「そう。…………いいよ、それ、あんたが使って」
「えっ? いい、の?」
「うん。いいよ。私はもう使わないから」

 青天せいてん霹靂へきれきとはこういうことか? わたしは目を丸くして姉に理由を尋ねた。姉は興味なさそうに答えた。

 ダッテ、ワタシヨリジョウズナコ、イッパイイルカラ


 台所でお母さんが晩ごはんの支度をしている。わたしはリビングにのろのろと戻ってきた。貴重なノートが手に入ったのにちっとも嬉しくない。

 姉が絵を描くのをやめたら、じゃあ一体私は今から何を目標にして描けばいいのだろう。あれほど情熱を注いでいた姉は、他人と比較してあっさりと手放してしまった。わたしなんて常に上手な姉を見て練習してきたというのに。比較するなら他人じゃなくて過去の自分じゃないの?

 頭の中のイメージを何もない紙に転写する楽しさ、仕上がったときの満足感は、どうしても絵を描いた本人にしか味わえない。


 わたしはそぉっとつやつやした白紙を指で撫でてみた。
 パタンと表紙を閉じてみると、そこには淡くくすんだクラフト紙の中央に「note」とだけシンプルなデザイン文字がぽつん。

 少し思案した後、わたしは黒い油性マジックで『葉子ようこ言子ことこの交換ノート』と表紙に力強く書いた。




(1196文字)ルビは除く
2024.10.9 一部表記を修正させていただきました


こちらの企画に参加させていただきました!

1200文字以内というのが難しい!
ラストは補足も何もせずに終止符を打ちましたが、私は短くまとめることがとっっっても苦手なので、うまく伝わるかどうか…(滝汗)
何事も初めてはちょっと緊張します。

創作なんてしたことない、という方も
通りすがりの方も
いやいや、noteはじめたばっかりです、という方も、まずは書いてみよう!

きっと、何かがはじまるはず。

【募集要項】秋ピリカグランプリ2024の記事内より

このお優しい一節を読み、書いてみようかな〜と思いました。
楽しく書くことができましたのでよしとしましょう!

ピリカ様をはじめ、
企画・審査に携わる皆様に感謝申し上げます。
トップ画像はふうちゃん様。いつもありがとうございます。
(「ふうちゃん244」の素敵なイラストをお借りしました)


#秋ピリカ応募
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#紙
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#創作
#短編小説

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