源氏物語とフラワーエッセンス〜花散里
もう一度見つめる
源氏物語のメインの女性の登場人物の中で、花散里はわたしにとって特段感情を動かされる存在ではありませんでした。
特段嫌いとも思わない。共感もできない。
でも今回、花散里に手渡すエッセンスを考えること、彼女の人生に想いを馳せたことで、改めて穏やかな彼女の内側にあったであろう思い、そしてわたし自身の内面についてもたくさんの気づきがありました。
花散里はどんな女性?
花散里がどのような姫君だったのかについての詳しい説明は以下リンクの外部サイトを頼らせていただきます。
花散里という姫君は、しっかりした後ろ盾もなく、また特段美しいわけではない女性として描かれています。
それゆえか、光源氏からは『女性として』恋焦がれられたり、愛されるような存在ではありませんでしたが、その母性で光源氏の安らぎの場となり、また堅実さゆえ彼に絶大な信頼を寄せられます。
その結果、光源氏の子供や養子の養育を任され、また妻として丁重に遇され、穏やかで安定した人生を手に入れた『勝ち組』『賢い女性』『結局いちばん幸せな人』として評価されることも多い女性です。
花散里に手渡したいフラワーエッセンス
そんな彼女に手渡したいフラワーエッセンスは「アグリモニー、セントーリー、ワイルドローズ」です。
アグリモニー
源氏物語を読んでいると、花散里は本当に穏やかで、朗らかで、嫉妬したりしゃしゃり出ることもありません。
そんな中、光源氏には丁重に遇され、信頼され、光源氏の最愛の妻である紫の上と友情まで育む。
そんな彼女は『容姿には恵まれなかったかもしれないけれど、分別がある彼女が結局は、穏やかである意味最も幸せな人生を手にした』というようなことをよく言われますが、わたしは彼女が手放しで幸せだったとは思えない部分があります。
もちろん当時の社会通念からすれば、彼女はとても幸運だった、最上級の幸運さだったのだと思います。
賢い彼女はそれをよく分かっていたと思います。
上野七歩子さんのご著書『フラワーエッセンスヒーリング』の中にアグリモニーについてこのように記載があります。
花散里は、もちろん元々穏やかで優しい性質の人だったというのもあると思います。でも光源氏に頼らないと生きていけない中、でも自分には彼を強く惹きつけるほどの美貌や性的魅力はないと自覚していたからこそ、生きていくために、本当は女性としてもっと愛されたいという願い、そしてそれは叶わないという悲しみを抑え込み、『寛容な人、堅実な妻』として明るく振る舞っていたのではと思います。
彼女はもちろんもともと母性に溢れた人だったのでしょうけれど、光源氏の子供を養育する、ということに情熱を注いでいくことは、彼女の内面の痛みを紛らわせる側面、もあったのではと思います。
アグリモニーのエッセンスは、そんな彼女の明るさ、朗らかさ、寛容さ、賢さの下にある悲しみを彼女自身が見つめ、その上で人生を選択することをサポートしてくれたかもしれません。
セントーリー
源氏物語のなかで、花散里についてこんな描写があります。
つまり、光源氏の訪れがない日々を彼女は思い悩みながら、そんな彼の態度を恨めしく感じながら、過ごしていたわけです。決して訪れが少ないことが、平気なわけではなかったのです。
それでも、訪れがあった際には心から歓迎し、また後年の光源氏との成熟した穏やかな関係を築き上げ、光源氏や彼の子供や養子の『母なる』存在としての立場を確立の陰には、彼女が葛藤や弱さを超えて自分の人生の役割や方向性を選び取っていく強さがあったからなのではないでしょうか。
平安時代の世において自分にとってベスト人生を選んだ花散里。
そんな彼女の謙虚さを持ち合わせた強さは、こんなにピンクの可憐なお花なのに、とても逞しいセントーリーにピッタリです。
有り得ない『もしも』ですが、もし彼女が現代に生まれていたら、もっと彼女らしく幸せに満ちた人生を送る花散里にセントーリーは優しく寄り添ってくれたのではないでしょうか。
ワイルドローズ
これはわたしが直感的に花散里に送りたいと感じたエッセンスです。
ワイルドローズのエッセンスのネガティブな状態のキーワードとしては「諦め、無関心」などがあります。
ここまでにも書いた通り、彼女は、悩みながらも自分に与えられた人生を受け止め、その中で、そしてその時代のなかで、自分の確固たる役割や居場所を築き上げ穏やかな人生を送った人でした。
でもわたしはやっぱり彼女に深い諦めはあったのではと思います。
本当は光源氏に女性として愛されたい。
その願いを心の奥底に封じ込めた部分はあった、諦めることでしか自分の心も人生も守れなかった、という側面はあったのではとわたしは思います。
壮大な『If』になりますが、源氏物語のなかで花散里は最大限に幸福であったという前提のもと、もし現代に生まれ変わったのなら、その賢さと優しさと魅力で、1人の男性に『優秀な妻として丁重に遇される』のではなく、『1人の女性として愛される』人生を送ってほしい、そんな願いを込めて、ワイルドローズを花散里に送ります。
最後に
結果的に黄色とピンクのお花のエッセンスになったことが印象的です。
花散里が最初に登場する帖で、橘の歌が読まれています。
そのせいか(橘の実の色は黄色ので)、わたしの中で花散里のイメージカラーはずっと黄色でした。アグリモニーを渡したくなったのはそのせいもあるのかもしれません。
彼女の母性的な面から、ピンクのお花も無意識に選びたくなったのかもしれません。
光源氏最愛の妻である紫の上も、花散里に嫉妬もせず信頼し友情を築いていたとのこと、これは花散里を『自分の脅威にはならない』と紫の上がある種見なしていた部分もあると思います。
ただそれだけでなく紫の上の抱えている深い深い悲しみと絶望を花散里は察し慮ることができたからこそ、そんな深い心に紫の上も、そして光源氏も心を許したのでしょう。
目に見えない人の心の奥底の思いを慮れるというのは、誰にでもできることではありません。
そういう人々が男女問わず、報われ幸せになる世の中を望みます。