青いカゼと赤いカゼ
中医学と西洋医学は、どう違うんですか?という質問をよく受けます。そんな時父がよく話していた例えばなしをしています。
「カゼを引いている二人の人がいます。仮にAさんとBさんとしましょう。AさんもBさんも38℃以上の高熱が有る。そしてAさんは寒けを訴えていて、Bさんは喉の熱感と痛みを訴えている。このときにどちらも同じ解熱鎮痛剤を処方するのが西洋医学です。中医学では、寒気を訴えるAさんには温めて寒気を散らす葛根湯を。喉の痛みと熱感を訴えるBさんには、炎症を鎮めてこもった熱を散らす銀翹散を処方します。同じ発熱、同じカゼという状態でも、数値ではなく、症状や体の状態によって薬を使い分けるのが中医学です。」
手前味噌ながら、数値で病気を別ける病気主体の西洋医学と、症状や状態を診る人主体の中医学の違いがまとまっており、秀逸なたとえだなと思っています。ぼくもこの喩えを何度も使って説明しました。カゼは誰にでも経験があるのでわかりやすいですよね。さてさて、今日のお題はそんな“カゼ”のお話です。
カゼにはタイプが有るのをご存知でしょうか。中医学でカゼには、大きく分けて、赤いカゼと青いカゼがあると考えます。
赤いカゼは、熱っぽくて顔がほてり、喉が痛いなどの症状が特徴です。対して青いカゼは、寒気が顕著で、水っぽい鼻水や頭痛を伴うことも有ります。先程の父の話だと、Aさんは青いカゼ、Bさんは赤いカゼと考えます。
赤いカゼには、こもった熱を冷ます処方を使い、青いカゼには寒気を散らす処方を使います。赤いカゼの人は、温めることは控えたほうがいいので、お風呂には入らないほうがいいし、厚着をして汗をかこうとしないほうがいいでしょう。辛いもの、しょうが、シナモンなどは避けておきましょう。ミントティー、ごぼう茶、いちごなどはこもった熱を冷ますのでおすすめです。対して青いカゼの人は、温めたほうがいいので、お風呂にはいって、熱い粥を食べて、厚着して、軽く汗をかきましょう。生姜湯、シナモンティーなども良いでしょう。寒気が有れば温める、喉の痛みや炎症があれば温めないと覚えておいてください。食事はどちらの場合も“あっさり味を軽く“がいいです。
カゼを引くというのを中医学では、“外感を感受する”といいます。“外にあるカゼという“邪気”が、体の防衛が手薄になったところから侵入した状態“を指しています。邪気とは体の外にある健康を害する“なにか”です。花粉もそうだし、ウィルスもそうだし、気圧や気温、気候の急激な変化なども邪気になります。
この邪気にはタイプがあって、冷えとか熱とか乾燥とか湿気などが有ります。風の邪気はよく動き、隙間から入り込んでくる悪いやつです。この風の邪気は厄介なことに、冷え、熱、乾燥、湿気などを連れて体を襲います。
体が邪気に襲われる経路は、喉や鼻や口の粘膜や、皮膚表面です。襲われると風の邪気と、風の邪気が連れてきたほかの邪気の特徴を表した症状がでます。初めは粘膜や肌表面、もしくはイメージ的に皮膚のちょい下ぐらいに邪気はいます。
その初期段階で、体を守る“正気”がしっかり抵抗できている状態だと、寒気がします。正気が有れば邪気を追い出そうと体の表面に近いところで戦うので、その間、正気の体を温める機能が疎かになり、寒気がするというわけです。この状態を放っておくと、正気が強ければ勝ってカゼは治りますが、弱っていると、邪気は体の内へ進みます。そうすると発熱や悪寒、咽頭痛などの表面的な症状だけでなく、お腹が痛いとか、呼吸が苦しいと行った、内臓の症状が現れるようになります。これを中医学では、「裏に入る」と表現します。裏は内臓のことです。邪気が内臓に到達したという意味です。事態はより深刻になっていくわけです。
風の邪気は変化が激しく、上半身を襲いやすいので、発熱、咳、咽頭痛、鼻水などいった顔周辺の症状がでて、さらにそれらが色々変化します。風の邪気が連れてきたのが熱邪なら、喉が渇いたり、熱っぽくて、頭痛がして、炎症して痛みが出たり、咳き込んだりします。冷えの邪気である寒邪なら、寒気や悪寒が顕著で、水っぱなも出ます。頭痛もでるでしょう。湿気の邪気なら、だいたいお腹を壊します。脾(胃腸)は湿気に弱いですからね。俗にいう、胃腸風邪というやつです。加えて湿気は鼻詰まりや倦怠感を起こさせることもあります。乾燥の邪気、燥邪は呼吸器系を弱らせます。空咳、喘鳴などが顕著に出ます。こうして風の邪気が様々な不調のもとになる。これを『風邪(かぜ)は万病の元』というわけです。
で、治し方の基本は、邪気のいる場所を特定し、散らせる場所なら散らす。内臓まで達していたら、内臓の機能低下を回復させます。
さて、ここまではご存知の方も多いでしょうから、こっからがこの記事の本番ですかね。漢方薬の使い方です。
まず寒気が顕著で、喉の痛みがないなら、麻黄湯を使います。みんな大好き葛根湯は、寒気+無汗+首肩の強張り+もしかしたら下痢のときに使いましょう。首肩の強張りがなく、寒気が顕著で咽頭痛がなければ、麻黄湯を熱い湯に溶かして発汗するまで飲みます。発汗したら休薬し汗を拭き取ります。それでもまだ寒気が有れば、発汗後に使える温めるお薬の桂枝湯を、同じく熱湯に溶いてのみます。加えて、熱い粥をすすり、布団をしっかりかぶって寝るまでが治療です。さむけを少しでも感じたら迷わず使いましょう。ちなみに麻黄湯がなければ葛根湯で代用できますのでご安心を。
寒気がちょっと気になるけど、それよりも倦怠感がひどい、咳や痰もちょっと有る場合のカゼには、参蘇飲(じんそいん)を使いましょう。疲労倦怠感を感じるときのカゼの初期に良いです。コロナ後で、倦怠感と咳と痰が続くときによく使いました。炎症を鎮める作用のある生薬はほぼないので、舌の苔は黄色ではなく、白であることを確認しましょう。また咽頭痛が有ればあまり積極的には使えませんのでご注意ください。咽頭痛が有れば、次に出てくる銀翹散を使ってください。
元気の補給は参蘇飲だけでは足りないことも多いので、黄耆建中湯や玉屏風散、場合によっては生脈散/麦味参顆粒を併用します。生脈散や麦味参顆粒を使うときは、五味子が入っていて、体に諸々を留める力があるので、邪気の勢いが強い時(高熱、咽頭痛が激しい、咳がひどいなど)のときは、使用を避けてください。症状の山を超えて、回復にむかっているときならOKです。
銀翹散は、微悪寒、熱感、咽頭痛、頭痛などが有るときのお薬です。これは熱湯で溶かさなくていいですが、お湯に溶かして痛みがある患部に当てるようにのむとより効果的です。咽頭痛が落ち着くまで使用します。更に、イスクラ産業から出ている五涼華、板藍茶、白花蛇舌草を加えると良いでしょう。これらは清熱解毒の生薬配合なので、咽頭痛軽減にはおすすめです。喉に違和感を感じたら迷わず使いましょう。
カゼをひいて、下痢するなど胃腸症状が顕著なときは、悪寒が合っても咽頭痛があっても、まずは藿香正気散を使いましょう。勝湿顆粒という名前になっている場合もありますが、同じものです。
あと、微悪寒、発熱があり、イライラが強いなんてときもあるんですが、こういうときは香蘇散を使ってください。シソの葉をつかった風邪薬です。これは一番安全な風邪薬で、妊婦さんのカゼへのファーストチョイスです。たまに「漢方だから安全」というまちがった認識で、妊婦さんに葛根湯や小青竜湯を使う方がいますが、間違いです。どちらにも興奮剤の麻黄がはいっていますし、どちらも発汗させて寒気を散らすお薬です。妊婦さんに興奮剤は飲ませたくないです。110〜160bpmある胎児の心拍数を増大させて、負担になるという可能性もゼロではないですし。そもそも、漢方の考えでは、妊婦さんに、発汗、利尿、排便を促すお薬は使わないという“三禁”というのがあるので、漢方を勉強した人ならまず使わないでしょう。
それでもどうしても、リスクを鑑みても使うということはあります。例えば乳腺炎で、強い寒気を訴えている時。これは葛根湯が使えます。寒気を訴えておらず、胸が痛い、炎症が起きている状態なら、銀翹散のほうが良いでしょう。乳腺炎にごぼうの種が良いというのを聞いた事があるかも知れませんが、これはごぼうの種に炎症をしずめる清熱解毒の効果があるためです。銀翹散はごぼうの種も含んでます。どちらも1〜3回ぐらい。長くて2日ほどの処方です。
ちなみにゴボウの種は牛蒡子という生薬です。昔は規制がゆるくてどこでも買えたんですが、今は、薬(煎じ薬)の原料となっており、一般的には(法律上は)購入できません。
妊婦さんで寒気が顕著なカゼのときは、桂枝加葛根湯を使ってください。これは葛根湯から麻黄を抜いた処方ですので。
銀翹散を妊婦さんには使わないのか?というと、これはちょと難しい。本音は使いたくないです。できれば避けたい。でも必要なら使うという感じです。なぜなら、妊娠中というのは体をある程度温めておきたいんです。とくに胎児がいるお腹は温めておきたい。流産とか発達への影響を考えてです。銀翹散は、こもった熱をさますので、専門的には“血熱をとる”というのですが、血を冷やすんです。冷えた血が胎児に回るのはあんまり良いことではないですね。それでも少量で短期間ならまず問題ないから、妊婦さんで咽頭痛がある場合に使ったりもします。
漢方というのは病名処方ではないです。まあ一部ありますがね。病名に限らず、症状が有れば、体がその漢方を必要な状態なら、葛根湯も麻黄湯も桂枝湯も、銀翹散も参蘇飲も使えます。寒気があればカゼじゃなくても、葛根湯や桂枝湯、麻黄湯は使えるし、喉の痛みがあればカゼじゃなくても銀翹散を使うときがあります。例えば生理前の寒気に桂枝湯をつかうとか、花粉による喉の痛みに銀翹散を使ってもOKです。
もし裏に入ってしまった場合は、症状や時期を見ながらお薬を選択します。小柴胡湯とか、五虎湯とか、安中散とか症状によって使い分けます。ただ、そうなる前に漢方の専門家に相談して、その可能性を軽減させて置くことが重要ですよ。そしていくつかかかりやすい症状に合わせた漢方薬を手元においておいて下さい。カゼの漢方はタイミングが命なので。
ここまで、中医学が考えるカゼと、カゼの治し方の一部を話して来ましたが、何よりも大事なのは、やはり未病先防。病気になりそうな予兆を読み解き、予防することです。
体の防衛力は、衛気のおかげ。衛気は気の一種で、体を外敵である邪気から守る働きがあります。衛気が充実して体全体を隙間なく覆っていれば、風邪は侵入する隙間がありませんし、内臓もちゃんとケアされて防衛力が保たれます。衛気の充実には、しっかり睡眠と軽い運動、あっさり味で温かい食事を腹八分目。それに加えて、衛気を補う玉屏風散/衛益顆粒などを併用します。衛気を補うには黄耆という漢方が大事なので、黄耆建中湯なども使うことがあります。黄耆配合でも防已黄耆湯は、補気利水なのでちょっと違うかな。
日常生活では、お風呂に入ること、なるべく11時までに寝ること、冷たいもの取らないことなどを気をつけましょう。
未病先防、扶正祛邪。しっかりして病気を予防して、かかっても症状を最小限にして通過させましょう。
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