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「田ぐちの栗子餅」

「一番好きな食べ物は?」という世界一の難問には、「そのとき食べているもの」と答えることにしている。

そのくらい、日本中の食べ物は甲乙つけ難いくらいなんでも美味しい。
苦手な食べ物はわかっているから口にしないし、花粉を食べない限りアレルギーもない。

そんな私の今日の好物は、田ぐちの栗子餅である。


玄関のチャイムが鳴って、今年も秋が到着した。

栗子餅、読み方はそのまま「くりこもち」。
じいちゃん子の私の秋と、いつも共にあるお菓子である。
そう秋の定番、秋といえばこれ、これがなきゃ秋じゃない、そんなお菓子なのであるが。
この喜びをさあnoteに綴らんとして、ふと手が止まった。

…もしかして、これってマイナーお菓子なんじゃないか。

よく考えたら、うち以外で見たことがないし、友達の話でも聞いたことがない。テレビで見たこともなければ、近所の和菓子屋にも置いていない。

え、まさかそんな。

現代っ子らしく反射的にGoogle先生にお伺いを立てた。検索窓に「くりこもち」。そして気づく。
なんか違うのが引っかかる。
「栗きんとんをそぼろにしたものをやわらかな餅にたっぷりとまぶしました。」と説明されるお菓子の名は「栗粉餅」。

これじゃないって!

そもそも字が違う、粉じゃない。子どもの子である。見た目も完全に別物だ。

気を取り直して入力するも、「くりこもち」が全然正しく変換されない。検索候補にもない。「栗」「子ども」「餅」と一文字ずつ打って、ようやく3つ目くらいに出てきた。

そうこれ!!!

祖父の地元、長野県の木曽というあたりのお菓子である。

昔、木曽の山林には、栗の木が沢山あり、その栗を使って作り上げたのが始まりの栗のあんころ餅です。

やや武骨ですが、木曽の秋を代表する山あいのお菓子です。

https://kashitaguchi.co.jp/?pid=156093087

なるほど、木曽は栗が名産だったのか。
私がない頭をしぼって説明するより、公式で田ぐちさんが説明してくださっている方が正確かつ明快だ。

「栗のあんころ餅」……と言われて、伝わるだろうか。栗の餡のかたまりの中に、お餅が入っている感じである。まあ、そのあたりは私の必死の食レポの方に譲るとして。

運転好きだった祖父は、自分が故郷を離れても、この時期になるとわざわざ車で木曽に向かった。
そう、これだけのために。

木曽にはいくつか栗子餅を扱う和菓子屋さんがあるけれど、その中で祖父が買ってくるのはいつも「田ぐち」のもの。逆にいえば、未だにそれ以外のお店のものを食べたことがないのだけれど、理由はなぜかわからない。

祖父が免許を返納してからは、母が田ぐちのオンラインショップを発見して、家に取り寄せるようになった。
それで今年も、届いたのである。
祖父の愛する田ぐちの栗子餅が。

よく来たね

一般的な大きさの和菓子の容器に、ぴったりの大きさの楕円体が斜めに入っている。
くるまれている透明のシートを剥がすと、のっぺりした栗子餅の姿がお目見えした。

なんといっても原材料は、栗、砂糖、餅米、以上。

保存料だか着色料だか、とにかく私に理解できないカタカナの類は一切登場しない。

そう、だから、

①インスタ映えしない。

栗を潰したそのままの色だから、……正直インスタ映えはしないだろう。
栗色というと聞こえがいいけれど、栗色とは多分、栗の殻のような濃い茶色を言うんだと思う。
栗の色は栗の色でも、栗子餅の色は中身の色。
中身の色は真っ黄色でもなければ、真っ茶色でもないのであって。

燻んだベージュというかなんというか。
私の撮り方が悪いのなら良いのだが、そういうわけでもなく、かなり忠実にこの色である。

…それともインスタグラマー諸賢の手にかかれば、これも映えスイーツへと変貌するのだろうか。


②本当に日持ちがしない。

公式サイトの「賞費期限」は3日とあるが、これがとにかくシビア。
うっかり常温で賞費期限を超えた日には、文字通りカビの温床になる。
仕方のないことである。カビだってこんな美味しいもの、食べたくて仕方がないだろうから。そう何日も放置していたら、カビの側にゴーサインが出たと思われても文句の言いようがない。

そして冷蔵保存していても、庫内の乾燥に耐えられるわけもなく。
表面は乾燥してひび割れ、お餅は硬くなる。

解決策はただ一つ、できるだけ早く食べ切ることである。



しかしこのくらいのことは、この味を楽しむ上で障害でもなんでもない。
そもそもはじめから宣言されているではないか、「やや無骨」であると。

公式サイトのこの写真は相当頑張って撮られたのだと、自分で撮ってみてわかった


のっぺりとした表面をつまむと、大きさにしては重めの重量が指に乗る。
一口噛、んだか否かのうち、ほろりと崩れるように表面の餡が解けて。
次いで内側の餅が、むちぃっと、少し伸びて。

そして押し寄せる栗。

ああ、これ、栗子餅。

外側の栗餡は、結構硬めで、甘味も強い。指でつまんで食べているくらいだから、赤福のような餡とはだいぶ違うのはわかっていただけるだろうか。
そしてその餡には、潰しきっていない細かい栗の粒が含まれていて。
餡。いや、餡というか…餡というより、もう、栗。形を変えた栗そのもの。栗子餅の形をした栗。なんなら栗よりも栗。…ああ、伝わらないだろうか。

栗の粒入りの餡と、同じような硬さのお餅を、共にもきゅもきゅと噛みながら、これでもかというほど純粋な栗の風味を感じる。
ああ今日、鼻が詰まっていなくてよかった。もし鼻が詰まっていたら、このお菓子の魅力は1割も味わえないと思う。

栗を使ったお菓子がもてはやされる中、これがなぜ全国区でないのか、まったくわからない。
お世辞抜きで、世の栗スイーツとは一線を画するレベルの栗度だと思うのだが、どうなのだろう。栗好きの人なら間違いなく気に入ること請け合い、折り紙100枚くらいつけちゃうのに。

…だがしかし、大量生産に向かない感じはビシバシと伝わってくる。
会う人皆におすすめしたいけれど、あまり人気になってしまったらちょっと困ってしまうので。
ここでひっそりと、声は小さめで、呟いておく。

「食ってみな、飛ぶぞ」と。


そんなことを考えながら、緑茶と共に、ゆっくりと栗子餅を食べる。

栗子餅はお察しの通り季節限定商品なので、9月上旬から12月上旬までしか注文することができない。

季節なんて風流なものを慈しむ感性は、普段は持ち合わせていないけれど。
これを食べている今くらいは、今年も秋が到着したと、そう思うのである。


ああ、今日誰にも好きな食べ物を訊かれなかったのが残念だ。
訊かれたら、すぐに答えたのに。

「田ぐちの栗子餅」


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