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自分のせいにしない


春。
首を長くして、みんなが待ち焦がれる季節。
玄関先では、所在なさげにぶら下がる雪かき用のスコップ。ありがとう。また来年。

日がのびた。朝は、どれだけ早く起きても
太陽の方がはるかに早起きで、毎朝なんとなく損をした気分になる。
その代わりに夕方は18時を過ぎても明るくて、まだまだどこにでも行けそう。打って変わって得をした気分。
一日を通して損得のバランスをとっているのがなんか面白いなあ。

リビングに降りてきて
部屋が明るいだけで気分も明るい。

キッチンの窓辺で育てているバジルとローズマリーの苗は、陽を浴びることの喜びを全身で表現している。

ここを通るとふわっとハーブの香り


そうした喜びの中で渦巻く悩みの種。
漠然とした不安を抱えては、
落ち着かない日々を過ごしている。

一番は、土地が見つからないこと。
暮らしている町の端から端までを歩きながら、自分たちが描いている理想の森を探す日々。 
だけど、どこも手に入らない。
良いと思ってアプローチをしても夢半ば崩れ落ちる。
それを何度か繰り返すうちに、すっかり心がしょぼくれてしまった。

森の中で宿を開きたいという気持ちは絶対に譲れない。妥協はできない。

だけれども、どこかで折り合いをつけなければ、と思ったりもする。
それは、他の町に移ることなのか、高すぎる理想を譲歩することなのか。

だけど、そんな中でも決めたことがある。

上手くいかないことばかりが続いても、それを自分のせいにしないこと。

怠けているからとか、一生懸命やっていないからだとか、自分を責めることをしない。

まだ残されているかもしれない道を
自らの手で行き止まりにはしたくない。
そして道がないなら作ったらいいさ!
半分冗談で半分は真面目な話。


前置きが長くなってしまったけれど、自分を責めたくなった時に心がけていること、習慣を書いてみる!


一つ目
思いを言葉にすること。

とってもシンプルな方法だけど、かなり効果的

三年前に購入したトラベラーズノート

モヤモヤすること、悲しいこと、悔しいことを書く。
嬉しいことや楽しいこと、美味しかったことは、文字を大きくして書く。
嘘みたいな話かもしれないけど、言語化して頭を整理するとモヤが晴れた空みたいにスッキリした気分になる。遠くまで見渡せるようになる。
何に悩んでいるか分からない、なぜかわからないけれど不安。こういう気持ちが一番厄介なんだなあと思う。

(余談だけど私は、革製品を購入することは、もうしない。だけど今あるものを捨てるのは違うから、最後まで大切に使う。)


二つ目
いつも通りを繰り返す

朝一番の白湯がいつも通り


例えば旅行へ行って帰ってきた日の翌朝、例えばイベントの片付けで夜遅くに帰ってきた日の次の日。私は疲れを3日間ほど引きずるタイプの人間と自覚している。だけど、習慣に助けられることが幾度となくあって、気がついたらずっと続けているルーティンが疲れをリセットしてくれていることに気がついた。ルーティンに従って動いていれば大丈夫。そんなふうに思う。

生活とか習慣って人に見せるものではない分、自分基準で選ぶことが大切。


三つ目
体を動かす

何かに煮詰まっているときって大抵、運動やお日様の光が不足している時だなと、27年間生きてきて思う。
ありがたいことに大きな畑を与えてもらって、昨日はそこでスナップエンドウを定植した。お弁当を作って持っていって、青空ピクニック。
その前の日に悲しいことがあって落ち込んでいたことを忘れてしまうくらい、夢中で体を動かして、土を耕した。

滝のように汗をかいて、気がついた時には忘れてる。
大抵はそれくらいちっぽけなこと。


サクラマス弁当


畝作り


天気とか、時間とか、季節とか風向きとか、人間の都合ではどうしようもないものに囲まれて生きていると、自分を責めても仕方がないと思うようになる。それよりも感覚とか人とのつながりから得られる知恵とか、そういうものを磨いていったほうがいい。楽しい。

今日もYouTubeアップロードします〜
また夜!








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