故郷は遠くにありて
映画館で、夏のあいだババヘラアイスを売っている。
バラの形にみえるように盛り付けたアイスで、秋田県では、おばちゃんたちが、ヘラを使ってアイスのコーンに盛り付けしてくれるらしい。
おばちゃんがヘラを使って作るから、「ババヘラ」っていうんじゃなかったかな。
お昼過ぎ、ツナギ姿のおじさんが一人、映画館にやってきた。休憩時間だろうか。
「ババヘラアイスを売ってるってテレビで見たんだけど、あるかな」
と、おじさんが言うので、販売する。
アイスを渡したあと、少しだけお話しをする。
おじさまは、青森の生まれだと言っていた。
「ババヘラアイスは秋田県だけど、青森だと、チリンチリンアイスって言うんだよ。おばちゃんたちが、チリンチリンって鳴らしながら、屋台ひいて売ってるんだよ」と、教えてくれた。
「売ってるっていうのみて、懐かしくなってさ。カップはないけど、コーンに、こうやって、おばちゃんたちが作ってくれるんだよ」
おじさんは、コーンに盛り付けるしぐさをしながら懐かしそうな顔をしていた。
私は、おじさんの後ろに、夏の青空と、田んぼに囲まれた一本道、その脇で日除けの帽子をかぶったおばちゃんたちがアイスを盛り付けしている姿が見えた気がした。
おじさんは、大事そうにアイスを持って、「今度は映画観にくるよ」と帰っていった。
同日、釜石市を舞台にした映画を上映した。
土曜日ということもあってか、珍しくお客様が多かった。
映画の終了後、母親と同じくらいの年代のマダムに声をかけられる。
「あの、映画のポスターとかって売ってるの?」
残念ながら、釜石の映画のポスターもパンフレットも置いていない。
その事を伝えると、「それじゃあ、これもらっていくわ」と、今月の上映作品が載っているチラシを一枚手にした。
帰りぎわ、マダムは、「私、釜石の出身なのよ」と言っていた。
彼女は店を出たあと、入り口のポスターをしばらく眺めて、写真を撮っていた。
ああ、そうだ。ポスター。ポスターは、いつも、月末に剥がして、処分することになっていた。
先程の釜石マダムは、まだお店の前にいた。
「あ、ポスター、処分しちゃうから、またこの次来ることあれば取っておきますか?」
ワタワタしながら喋る私に、「大丈夫よ、写真撮ったから」と彼女は笑った。
青森のおじさんも、釜石マダムも、アイスや映画で、育った街のことを懐かしく思い出したんだろう。
島から遠く離れてこの土地で暮らす私も、彼らの気持ちが少しわかるような気がした。
18歳の私は、何もない自分の故郷が嫌いだった。
22歳で再び故郷に戻って、いいところも見つけたけれど、いつかここから出ていくぞ、と、ひっそり思いながらお金を貯めていた。
30歳で結婚し、故郷を遠く離れてみて、嫌いだったはずの何もない地元が、妙に懐かしくなって帰りたくなる時もある。
多分、生まれ育った場所って、好きとか嫌いとかそういう気持ちを越えた場所なんじゃないかな、と思う。
ババヘラアイスのおじさんと、釜石の映画のポスターの写真を撮っていたマダムの姿を思い返しながら、そんなことを考えている。