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大切な誰か

6月もあと4日で終わろとしている。
上山して40日が経過したので、残す営業は110日だ。

山小屋で過ごす約5ヶ月間は、ほとんど下山する機会がない。私含む尾瀬小屋スタッフは関東、関西在住の人しかいない為、5ヶ月間は都会を離れ尾瀬の山小屋を経営しに来るわけだ。山小屋の営業期間中は、麓まで下山して買い物に行く事はあっても、東京や大阪まで帰る事はまずない。移動する時間などを考えれば数日間の連休がないと帰省は難しいだろう。

結婚している人もいれば、恋人がいる人もいる。
そうした人達は大切な人と一時的に離れ、山小屋に来ている訳だから、本人の強い意思もそうだし、パートナー達の深い理解がなければ山小屋の仕事というのは長くは続かないでしょう。わざわざ、便利で選択肢の多い都会の仕事ではなく山小屋の仕事を続ける為には、仕事への誇りやプライドだったり、やり甲斐だったり、給与だったり、何か突出する動機のようなものがなければ難しい職業だとつくづく感じている。ましてや、尾瀬小屋のように毎年変わらないメンバーで山小屋経営をしようとするなら尚更だ。

今年は給与とは別途報酬も付与し、スタッフ全員に有給休暇を多めに付与することにした。山小屋は季節営業とはいえ、5ヶ月という期間は短いようで非常に長く感じる。だいたい、7月8月には一度や二度はエネルギー切れとなり労働力やメンタル面は低下する。このエネルギーチャージに今年はしっかり夏休みを設ける事とした。もちろん、営業は継続しながら。
山小屋のスタッフで有給休暇というのは余り聞きなれないが、長く勤務してくれているメンバーの待遇改善や労働環境を、より良くする事は私の役割なのだから当然の対応だと思う。感謝されたい訳ではないが、小さなありがとうだけ胸に秘めていてくれたらそれでいい。それだけ彼らは頑張っているのだから。

本人らだけでなくその背景で彼らを支えている大切な誰かにも、尾瀬小屋で働いて良かったねと思ってもらえるよう心がけている。

私自身も例外でなく、月に一度か二度、別の仕事で下山するくらいでほとんどを尾瀬で過ごす。三年前までは一年の全てを都会で過ごし、都会でビジネスをしていたのだから生活は大きく変化した。

今では下山しても取引先や仕事関係者以外の人と会う事はまずない。大切な人達の側に居られない事への歯がゆさや申し訳なさは何度も感じる時がある。その人達に万が一の事があったり、助けてあげられなかったりした時は後悔する事もあるでしょう。5ヶ月もの間、山に籠り自分勝手な生き方をしている訳だから、誰かに何を言われても言い訳は出来ない。

私は今年で37歳になりましたが、何歳まで尾瀬小屋に来れるかは分からないけど、そうした寂しさや孤独さ、もどかしさや身勝手さみたいなもの全てをひっくるめ、毎年覚悟を決めて山に来ている。

残りの人生で考えた時、12ヶ月のうち、5ヶ月を毎年尾瀬で消化していたら、あっという間に人生は進み行くでしょう。だからこそ7ヶ月の配分をどう使うかは本当に大切だ。でも、私が山小屋で働いている事を誇りに思ってくれる人や応援してくれる人がいる。僅かな電話の会話で支えてくれる言葉が本当に心強かったりする。そうした支えにも日々感謝を忘れてはいけないと、テラスに座りながら至仏山を眺めるのが日課なのだ。

再会は続く

『会い来たよ』『また会えて嬉しいよ』そうして訪ねて来てくれるお客様の言葉が、前述した自分勝手な生き方を少しだけ正当化してくれる。年に一回、二回の再会だけども、こうした時間もかけがえのない時間だ。だからこそ、オンシーズンの5ヶ月、オフシーズンの7ヶ月、どっちがどうのとかじゃなくて12ヶ月ずーっと全力でいる事が大事で、後悔しないような時間の過ごし方が必要だよなと気付きを与えてくれるお客様にも感謝する日々だ。

原点回帰

尾瀬小屋の仕事には役割があります。
受付、売店、厨房。大きく分けるとこの3つになる。
どの仕事が大変とかはないけども、グルメに注力している山小屋としてはやはり厨房の業務比重は大きいでしょう。だからこそ、私自身も一緒に厨房で皿洗いもやるし、調理も一緒にやる。役に立ってるかどうかは別として。

ただし、仕事の中でも掃除だけは別。
掃除だけは誰でもどんな掃除も出来るはずです。そして、私は定期的にトイレ掃除を絶対にやると決めている。見送りや客室の掃除などで動いている事が多いが、『トイレを磨く事は自分を磨く事』と教わって来た考えを忘れたくないからだ。

立場とか役職とかそんなのは掃除には関係ないし、自分も使うもので尾瀬が与えてくれた大切な水洗トイレに感謝する瞬間だ。毎日の繰り返しで慣れが出てきたり、気が抜けてしまいそうな瞬間には必ずトイレ掃除を申し入れる。それは自分の為でもあるのだ。

箱根に遊びに来た後輩達

尾瀬に居たら、箱根の施設に遊びに来てくれる友人達には会えない。身体は一つしかないから。それでも僕がいなくてもに遊びに来てくれたり、ご飯を食べに来てくれたり、箱根の施設を応援してくれる人達が全国にいる。『今来てるよー』そうして届いた通知は、この40日間で何回あっただろうか。箱根でおもてなしは出来ないけども、尾瀬から精一杯のありがとうを届けます。

大切な人達へ。

尾瀬小屋
工藤友弘

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