【小説】魔女の告解室vol,12
前回までのあらすじ
魔女と人が共に暮らす町。
魔女の母親と人間の父親を持つリコリスは幸せに暮らしていた。
母は魔女を導き守る「指南役」の任に着いていたが、
人間を殺し、魔女の立場を確立しようとする他の指南役に疎まれ、両親もろとも殺害された。
犯人の指南役「ガザニア」のもとで育てられる。成人したリコリスは、長老のもとで、自分の両親を殺害した犯人を知る。
母親の指南役の立場を引継ぎ、復讐を胸に誓うのであった。
第六章 月下美人③
「ママー。リコ姉ちゃん来てくれたよー!」
……ごめんね。
「お世話になっております、ミラ様。この度、再三の不当な魔法行使に対する、最終的な措置を取らせていただきます。よろしいですね?」
「お願い。魔法でも使わない限り、貧しい私たちは生きていけないの!あなたも、同じ魔女ならわかるでしょう?折角の魔法があるのに、貧しく惨めな生活を強いられる魔女の気持ちを。ね、お願い。だから……」
リコリスは、跪く母親の眉間を見つめながら、母親の手を握る。
「お邪魔しました」
「リコ姉ちゃんまたねー」
閉まる扉から母親の虚ろな顔と、まだこちらに手を振る女の子の笑顔が覗いた。胸のあたりに手を添える。彼女は魔女の記憶を消すことに、ためらいを持たなくなっていた。
✒ ✒ ✒
「無事に済みました。母親はもう魔法を使うことも、感じることもできないでしょう」
「娘の方は?」
「問題ありません。ガザニア様」
「わかったわ。ご苦労様」
夕陽に照らされて、教会はベンチの前に規則的な影を落としている。そこから離れていく影を、もう一人の影が見守っていた。
……私はいつまでこんなことを続ければいいの?懸命に生きる魔女たちから、力を奪い、生活の場を奪い合い、記憶を奪う。そうすることで、一部の魔女の暮らしを守る。私は誰を救ってるのだろうか。
「リコリス様」
黒のチェニックに身を包んだ世話人が、教会の陰から近寄ってくる。
「リンド。世話人としてあなたには助けられているけど、道行くらい、一人でも困りません」
「いえ。ご多忙なのは、重々承知しております。お力が必要な時、すぐに力になえるよう、こうして……」
「ありがとう。それじゃあまた夜に」
「リコリス様……」
ガザニアより付けられた世話人が、世話だけでなく、監視も兼ねていることを彼女は容易く理解していた。24時間に及ぶ監視は、リコリスを常に牽制してきた。そんな監視も、長老の領域である図書館までは届かない。
「いらっしゃい。リコリス」
「こんばんは長老様」
夜の図書館は紅茶の匂いを漂わせ、パチパチと暖炉の火が踊っている。集まった魔女たちはティーカップを傾けながら、静かに本を読んだり、小声で話をしたり。本をめくる音が時計を刻む音とあいまって、リズムを刻む。
「朗読会まで、まだ時間あるから。あなたもリンゴのタルトをお食べ」
「ありがとうございます。長老様。今日はまた随分と……」
「あら。いいじゃない。化粧のような物よ」化粧でございますか。
リコリスと長老の間を笑顔が行き交う。パイを切り分けてもらった長老の手に書簡を握らせる。こんな姿も、どこかで誰かが聞いているような気がして、手が震えてしまう。
「リコリス。あなたにこんな仕事をしてもらうなんて胸が痛むわ。けどね。代わりにあなたは指南役からの信頼を得る」
「はい……」
「だからもう少しだけ……ね」
長老の朗読の柔らかな声をまだ耳に残し、図書館を出る。不思議なことに、世話人のリンドがこの夜は、姿を見せなかった。
✒ ✒ ✒
夜になると、リコリスは貧しい魔女とその子供に、食べものを送った。指南役として得られる対価の殆どを、救済に充てていた。
証拠。
指南役の悪事を暴くには、他の魔女全員に訴える他なかった。そこには長老が鶴の一声で指南役を断罪するための準備が必須であった。
「リコリス様。お体に障りますよ」
湯気の沸き立つ紅茶を携えたリンドに背後から声を掛けられる。咄嗟に念写で紙面の内容をすり替える。
「え、えぇ。ありがとう。リンド」
「明日の仕事もありますので、あまり無理をなさらないように」
「あなたも、私のことはいいから、休みなさい」
「ええ。おやすみなさい。リコリス様」
彼女は白いナイトガウンを翻して、部屋を出るリンドを見つめていた。この献身的な態度も、全ては監視のためだけなのだろうか。羽根ペンをペン立てに戻し、紅茶をすすった。
また、朝が来る。
朝が来て、また魔女の記憶を消しに行く。または、魔法を見てしまった、感じ取ってしまった人間の記憶を消しに行く。人が犯し、人に裁けない罪を裁くことも求められた。
あの優しい母もこんな仕事をしていたのかと思うと、やりきれない気持ちで、彼女の胸はつまりそうだった。
この運命を呪いながら、眠りにつく。浅く、短い眠りに。
✒ ✒ ✒ ✒
「リコリス様。お時間です」
「ええ」
リンドに導かれ、夜の道を行く。
「あの人間を殺せとのことです」
教会を、外から覗き込む小さな陰を指差してリンドが言った。
「まだ……こどもじゃないの……」
小さな男の子の怯え切った表情を月が照らす。明らかに、教会内で行われていることを知っている顔だ。
「記憶を消すだけで、すむ問題じゃないの?」
「通知では殺せとのことです」
「なぜなの?あの子がなにをしたっていうの?」
「後ろをご覧ください」
窓を覗き込む少年の後ろ、木の陰に隠れて、少女が少年を見ていたる。その少女は、貴族の魔女の子息、最年少の魔女になると評判の女の子だった。
「確か名前はエレナだったと思います」
「そんな、あの子を巻き込まないように、まだ年端もいかない人間の子を殺せと?」
「できないのであれば、他の執行者に依頼するまでです」
「分かったわ」
魔女の女の子から記憶を消して、男の子との関係そのものを絶ってしまえば、どちらも助けることができるだろうか?できないから、こうして依頼がきているのだ。意を決して男の子に近づくと、彼女は異変に気づいた。
「なぜ?」
男の子の前で、止まってしまう。これ以上前にいけない。一瞬、男の子と目が合う。無理に触れようと手を伸ばすも、金縛りにあったように動けなくなってしまった。
「あなた魔女なんでしょ?なんで人間の男の子に魔法をかけようとしているの?」
振り返ると、世話人が抑えているはずのエレナが、立っていた。後ろにはリンドがうずくまっている。
「あなたは知らなくてもいいの」
記憶を消すしかない。無理やり魔法でエレナを手繰り寄せようとする。だが、金縛りのようなものは更に強まってゆく。
これほどの魔法を……
首のあたりの圧迫感が強まって行く。
このまま絞殺されるのだろうか?それもいいのかもしれない。
「待ちなされ」
「長老様⁉」
エレナを背後から光が包み、リコリス以外はみな倒れていた。黒のほろに身を包んだ長老が目の前に立っている。
「この子は魔女の未来じゃよ。おそらく、先に始末しようとしたんじゃろう」
「ガザニア様でしょうか」
「指南役の決定じゃろうよ。リコリス。お前は身を隠せ。後のことはわしがなんとかしよう」
「わかりました」
再び光に包まれると、リコリスは見知らぬ小屋の扉の前にいた。
‥長老が動いた。
人気のいない小屋で、リコリスは一人、月を見上げていた。
date 2020年7月24日
title 『魔女の告解室』
taiti
貴重な時間をいただきありがとうございます。コメントが何よりの励みになります。いただいた時間に恥じぬよう、文章を綴っていきたいと思います。