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【小説】魔女の告解室vol,6

前回までのあらすじ
魔女が魔法を隠しながら人と暮らす町。愛する男の妻を殺してしまった最年少の魔女エレナ。いまや魔女を仕切る長老のもとで、罪の告白がなされた。しかし、エレナの犯した罪はそのままに、長老は謎に包まれた魔女の1000年の物語を彼女に打ち明けていた。



第六章 千年の孤独③


「娘、彼女に自分の周りで起きた不思議なことが、魔法なのだと教えるにはさほど苦労はしなかったわ。子どもたちから受けたいじめや、大人たちに利用されてきたその力を彼女が憎んでいると私は思っていた」


当たり前だ。私ならその力で自分を痛めつけたものを皆殺しにしてやる。エレナはふつふつと湧いてくる怒りをこらえながら聞いていた。


「でもね、彼女は人間をちっとも憎んでなどいなかった。優しいとも少し違うわね。辛かったことや痛みそのものにフタをしてしまっていたの」


小さなこどもが虐待の中で育ったらどうなるか、エレナは本を通して学んでいた。環境に順応するために感情を殺す、もしくは別の人格を作り出してしまう。


「だから私たちは、努めて人の話をさけて過ごしたのだけれど、それは杞憂に終わったわ。自然の中で暮らすというのは案外大変なのよ?朝は川へ水を汲みに行き、山のふもとから燃えやすそうな枝を拾ってくる。私たちは自給自足の生活をしていたから、畑の手入れをして、豚と牛、鳥の世話をした。季節ごとにすべきことが細かく分かれているから、月日はあっという間に過ぎていった」


「長老様。その頃から長老様は魔法を使われていなかったのですか?」


「そうでもないわ。どうしたって生活が立ち行かなくなる時もあるもの。飼っていた動物たちが死んでしまったり、ハリケーンや洪水の酷い時とかね。そんな時、私は魔法を使った。生きるために。そんな生活の中で彼女は本当に穏やかに変わっていったわ。3年。彼女は20歳になっていた。暮らしの合間に読んでいた本が底をつくと、今度は自分でペンを持ち、日記やその時感じたことを書き始めたの」


エレナは彼女に不思議な親近感を感じていた。魔女は魔法が使える以上、必要以上に学ぶことはない。ましてや貴族という環境に置かれたエレナにとって、本は隠れて読まなければならなかった。良家へ嫁ぐ、それだけが貴族の娘に課せられた本懐だったから。


「5年目の冬。彼女は始めて自分の欲求を口にした。"もっと本が読みたいの"。私は嬉しかった。魔女になってしまった以上人間の世界では暮らせない。自由に恋愛したり、友人を作る事すら叶わない。それでも、私たちは生きていくための希望を持ったっていいはずだ。私は魔法で人間に扮し当時発展のさなかにあったこの町へ訪れた」


「この町というのは?まさか今私や長老様が住んでいるこの町のことですか?」


「そうよ。この町の貴族は書物を大量に蔵書していた。あなたの家族はその頃から町一番の貴族だったの。荷馬車一杯に本を借りて私は家へと向かった。帰り道、街道の途中で娘が待っていた。驚く私をそっちのけで馬の手綱を変わると、道を変えて家に向かったの。すると、次第に雨が降り、小雨から本降りになり、落雷まで落ちてくる始末。翌日その道を魔法で見てみたら土砂崩れが起きていたわ」


「予知?」


エレナが驚くのも無理はなかった。魔法は万能ではない。いくつかの欠点があるのだ。


「いかな魔女でも意識の外に対して魔法を使うことはできない。でも彼女にはそれができた。私が借りてきた本をすべて読み終えると、今度は"町へ私を連れていって"とせがむようになったの。そこからは今でも夢だったかのようにせわしく過ぎていった。熱心に本を読む彼女に貴族は書物の整理を命じ、彼女はそこに住み込むようになった。すぐに図書館建設がはじまり彼女が館長になった。彼女は働いていた貴族の子息と結婚し子供まで作った」


「違和感しかありません。彼女は人間を憎んではいなかったのですか?その予知を使えば、人間に利用されることもなかったのではないですか?」


「私もずっと疑問だった。でも彼女は戻ってきたのよ。80を超えて彼女が私の元を訪ねてきた。20歳のあの日の姿のままで戻ってきた」


"お母さん。魔女は人間と暮らせるわ。遠い春あの町を疫病が襲います。その疫病から町を救う手立てはありません。お母さんの魔法でも、私の魔法でも。私は人にこのことを伝えることさえ出来ません。それに、どうやら私の寿命も尽きようとしています。どうか、お母さんが後の街を、人を、私の娘たちを救い導いて下さい。"


「それだけ言うと娘は私の手を握り、蝶になって消えていったわ。その後実際に街が疫病に襲われた。彼女の残した5人の娘はそれぞれ魔法をもって自分とその家族を守り、疫病が終息すると、私は彼女の娘によって町へ迎え入れられた。彼女の言い残した通り彼女の姿をして。それから800年。私はこの図書館の館長をしてきました。ついてらっしゃい」


長老は立ち上がると、さらに奥の部屋へとエレナを連れて行った。図書館のどの扉よりも古い扉を空けると、ベッドが一つ、小さな机が一つ、小さな本棚が一つ。その本棚に「ivy(アイビー)」と著者名が刷られた本が数十冊。その他に、雑記をまとめた羊皮紙の束がきっちりと収まっていた。


「娘は最初から予知していたのね。処刑されかけたとき私が彼女を助けにくることを。その後彼女が町へ行き人間との生活を切り開き、私を孤独から救うこと。私が彼女を救ったその日から……その羊皮紙の最後を手に取りなさい」


エレナは、本棚の中央から最後に至るまできっちりと収まっている羊皮紙の最後、今日の日付が記された一枚を手に取ると驚きのあまり紙を落としそうになった。そこには今日の出来事が克明に記されていた。


「今日が最後の日なの。娘が予知した未来のね」


最年少の魔女が長老とこの図書館で話すこと。日付を遡って紙をめくってゆくと、最年少の魔女が愛する男の妻を処刑に追い込むこと。その娘が長老の役割を受け継ぐこと。それらが他の多くの出来事とともに記されていた。


「娘は最後の瞬間まで未来を綴ったわ。私は1000年。十世紀の間。彼女の書いた未来予想図の上を歩いてきた。それは、いつだって私の幸せに繋がることだらけだった。彼女の後を継いでここへ来た時、彼女の記憶に関する一切が私以外のすべての人間から消されていた。私が一から生きていけるようにね。一人寂しく生きるはずだった私の生涯を彼女が書き換えてくれたの」


長老の肩を抱こうとすると、彼女はもとのしわがれた老女の姿に戻っていた。彼女の体から生気が薄れてゆくのが手に取るように分かった。もう決して長くはないのだろう。


「ワシにはもう未来が見えん。今日より先の未来に何が待ち受けているのかもわからんのじゃ。しかし、呪いだと思い続けてきたワシの魔法は、実のところワシというつまらん人間に起きた奇跡なのかもしれん……」


長老の声は次第に小さく、体はしぼんでいった。


「エレナ。お前は他人を愛せる魔女じゃ。お前が人を死に追いやったのを最後にすると誓っておくれ。そして、この後魔女たちは人間という種を絶やしにかかるじゃろう。じゃが、それもみなワシの娘たちじゃ。そしてワシを救った娘はもとは人間じゃ。他人を愛すことができるのなら、限りある生の中で十分に幸せに生きていくことができるじゃろう。人間も魔女も」


「長老様……」


「幸せとは愛し愛されること」


皮膚がぺりぺりとめくれるとその一つ一つが蝶のように宙へ舞い部屋の空気へ溶け込んでいった。一枚だけ残ったべっこう色の羽根が羊皮紙の上に不時着した。そのページの最後の余白へ。綺麗に整った文字の羅列がエレナの目に飛び込んできた。


「お母さんが幸せになれますように………………ivy」

                                                                                                                       (続く)

2020年6月26日    『魔女の告解室』   taiti

 














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