題名読書感想文:47 ひらがなにする理由
本の題名を真剣に読み、その感想を真剣に書く。それが題名読書感想文です。真剣にやったって手抜きは手抜きと思われた方、そんなむき出しの弱点を突くのはおやめください。
今回のテーマはひらがなです。日本語をマスターするためには習得必須の、日本語でしか使わない独特な文字でございます。とは言え、小学1年生で習うものでございますから、決して難しいものではございませんし、極端な話、ひらがなを覚えてしまえば日本語の文章は、読みづらくはなりますけれども、一応すべて書けてしまう。
しかし、このひらがな、たまに独特な用法のものと遭遇するんです。今回はそのような題名の書籍をいくつかご紹介いたします。
まずは「イラストで学ぶ火災防ぎょ」です。
現在は7訂版まで出ていまして、時代を経るごとに情報を新しくして出版し直していることがうかがえます。この題名のポイントはもちろん「防ぎょ」、特に「ぎょ」です。
日本には「常用漢字」がございます。常用漢字とは、私たちが日常生活を送る上で、どんな漢字を使えばいいかを示している目安でございまして、現在は2136字が「日常生活でバンバン使うがいいさ」と国が発表しているようです。
常用漢字はあくまで目安でありまして、強制ではありません。「この漢字は絶対使え」とか「あの漢字は何が何でも使っちゃいかん」なんて命令はない。使いたければ「龘」みたいな書く気も失せる漢字を使いまくっても法的に問題ありません。ただす、現代日本語の表現として、常用漢字でない文字を敢えてひらがなにして載せる場合がございます。「警ら隊」なんかがその一例ですね。「ら」の部分、本当は「邏」と書くようなんですが、常用外である上、書くのはもちろん読むのもだるい。そのため、大抵はひらがな表記になっています。
「防ぎょ」もその類に見えるんですが、普通に考えれば「防御」のはずなんです。そして、「御」はバリバリ常用漢字内です。もし、「御」をひらがなにする習慣が世間に存在しているならば、日本のビジネス現場は「おん社」とか「おん中」とか脱力系単語が乱れ飛んでいるはずです。しかし、幸か不幸か今のところそんな兆しはない。なので、考えづらいと言わざるを得ません。
あり得るのは「防御」じゃなくて「防禦」だったパターンです。「禦」は「御」の旧字体ですね。著者としては「私が学んでほしいのは『防御』じゃなくて『防禦』だ」と考えていたのですが、「禦」は常用外の上、現代日本人には読みづらい。そこでひらがな表記を選んだ。「禦」を貫いた結果の「ぎょ」だったんです。この場合、なぜ「禦」にこだわったのかという疑問は残りますけれども、ひらがなが混じった理由として分かりやすくはあります。
ただ、ひらがなに変化される漢字が常用外とは限らないようです。例えば、「地下室だい好き」です。
著者は地下室が相当好きなんだなとすぐに分かる題名ではございますけれども、なぜ「だい好き」表記にしたのでしょうか。「だい」はどう考えても「大」でございまして、常用漢字のど真ん中に位置する簡単な漢字です。漢字習いたての人が手を出すタイプの文字でございまして、ひらがなにしなくても大抵の人に読んでもらえる。
調べたところ、そもそも「大」に旧字体はないようです。一応、古字と呼ばれる、今では使われていない文字として「𠘲」があるようですが、そんな古文書でしか出会わないような文字をわざわざ引っ張り出してくる意味はまずないでしょう。
では、なぜひらがななのか。考えられる理由としては、「地下室大好き」とすると漢字が続いて読みづらくなるため、「大」をひらがなにしたのではないか、というものです。ただ、ふと気になりまして、他に「だい好き」表記になっている題名の本を探したところ、「だい好き」が冒頭にくっついているタイトルもありました。それが「だい好きな時間」です。
冒頭ならば漢字が連続することはなく、「大好き」でも読みづらくはなりません。なのにひらがなとは、どういうことなのでしょう。見た目など感覚的な理由によるのかもしれません。
なぜひらがな表記にしたのか以前に、どの表記が正解なのかも謎な題名がございます。例えば、「いげ皿」がそれです。
「いげ皿」。皿ビギナーの私には、どういうものなのか全く分かりませんでしたので、軽く検索してみました。すると、こんなサイトが出てきました。
上記サイトから一部引用します。
名前の由来まで手短に書いてあって助かりましたが、このサイトだと「イゲ皿」なんです。他にもいくつかサイトを確認してみたところ、「いげ皿」と「イゲ皿」、2種類の表記が見られました。漢字表記は見つかりませんでしたので、いげ派とイゲ派でせめぎ合っているのだと思われます。
こんな題名もあります。「竹女ぼさま三味線をひく」です。
何とも不思議な題名で、日本古来から伝わる言葉が混ざっているのだろうと雰囲気で何となく察せます。しかし、現代日本人にとって見慣れない言葉が入っているため、どこからどこまでがひとつの単語なのかも分かりにくい表現となっています。
アマゾンの書籍説明を確認すると、題名の謎が解けました。まず、「竹女」は女性の名前で、市川竹女さんという方がいらっしゃったようです。つまり、その方について扱った本だと、題名で示している。
そして、「ぼさま」は「男盲の門付け芸人」と書かれていました。「門付け」は家の門などで芸をして金品を受け取る大道芸を指すようです。つまり、「ぼさま」は目の不自由な男性が家の門でやる大道芸とのことなんです。その芸のひとつとして三味線があったようです。
竹女さんは女性であり、視力も人並にあったようです。でも、「ぼさま」の三味線を受け継いだ。だから、人の興味を引き、書籍になっているのだと考えられます。
最後は「ヴィヒャルト千佳こ先生と「発達障害」のある子どもたち」です。
当然ながら注目点は「ヴィヒャルト千佳こ先生」です。人物名なのですが、独特な場所にひらがなが1文字ございます。そのような表記の名前は本名でもたまにお見掛けしますが、ヴィヒャルトさんはヴィヒャルトさんゆえに、氏名に漢字とカタカナとひらがなが全部入っている、珍しいお名前となっております。更にヴィヒャルトさんは先生であるため、題名にも「先生」がついている。これがより一層、ひらがなの「こ」が強調される形となっています。
当然ながら「こ」だけひらがな表記にされたのも、何らかの理由があるものと考えられます。可能であれば名付け親の方に聞いてみたい気がします。