薬物依存は「病気」である件 フジテレビのタレントたちに学ぶ
■松本俊彦氏の指摘
▼清原和博氏のことを書いたついでに、薬物依存に関心のある人は必読だと筆者が思うウェブサイトの記事を紹介しておく。
ちなみに、前回のメモはこちら。
▼きょう紹介するのは、松本俊彦氏の書いた「まちがいだらけの薬物依存症 乱用防止教育が生み出す偏見」だ。
この右上のマークは、薬物に関する「ダメ。ゼッタイ。」という有名なキャッチコピーそのものを使うべきではない、というメッセージである。
▼前編、後編の二つあり、後編は「薬物依存に陥らせるのは、薬の作用というより「孤立」」。
▼記事の前編が配信されたのは2018年9月12日。松本氏は国立精神・神経医療研究センター精神保健研究所の薬物依存研究部長。わが国の、斯界の第一人者だ。去年発刊された、ちくま新書の『薬物依存症』は名作である。
▼なぜ松本氏のこの記事を紹介したくなったかというと、前編の冒頭が、清原氏の話題から始まるからだ。
冒頭から、清原氏を非難する人々の理不尽さを指摘している。
〈今年の8月21日、第100回記念の甲子園決勝戦で、VIP席に元プロ野球選手の清原和博さんが顔を見せたことが、メディアでちょっとした話題になりました。
私もインターネットでその記事に掲載された、試合を観戦する彼の写真を見て、「ああ、いい笑顔だ」と感じたのを記憶しています。一般の人たちの反応もおおむね好意的で、彼の復活を応援する声が多数寄せられていました。
しかし残念ながら、辛辣な意見もありました。「Tシャツ姿なんてだらしない服装で登場するなんて、とても反省している風には見えない」とか、「犯罪者のくせに未成年者の前に現われるな」などといった批判です。
率直にいって、これらの批判は議論するまでもなく、理不尽なものです。夏の炎天下での野球観戦にダークスーツ姿で行くのは場違いなだけでなく、健康上にも好ましくありません。
また、執行猶予中の者が未成年者の前に現われてはいけない、などという規則や法律は聞いたことがありません。
そもそも、組織的な密売ならばさておき、法律で規制されている薬物の自己使用や、自分が使うぶんの少量の薬物所持がそれほど凶悪な犯罪なのでしょうか。
決して違法薬物の使用を肯定するつもりはありませんが、他者の権利や財産の深刻な侵害という点では、少なくとも飲酒運転によるひき逃げ事故や、自身の権威や立場を利用したパワハラよりもまだ罪が軽いように思います。
それにもかかわらず、なぜわが国の人々は、違法薬物に手を出した人にここまで反省や自粛を求めるのでしょうか?〉
▼ここから松本氏は、ダルクに対する地元地域住民によるあまりにも理不尽な攻撃について、淡々と記述していく。続きは当該サイトで確かめていただきたいが、その実態も、現場写真も、ひどいものだ。
▼依存症患者に対するこれほどのバッシングの原動力は、いったい何なんだろう。ひょっとしたら、「穢(けが)れ」「忌(いみ)」「禊(みそぎ)」という神道的なサイクルの感覚なのだろうか。
▼そういえば、電気グルーヴやピエール瀧氏の音楽や映像などの作品がどんどんアクセスできない状態になっているそうだが、そもそも、それらの対応は契約違反にならないのだろうか。
■「女性自身」のテレビ批判
▼「女性自身」は次のような記事を配信していた。フジテレビが薬物依存について相当ひどい取り上げ方をしたようだ。
〈電気グルーヴ特集番組を売名扱い『バイキング』に批判殺到
記事投稿日:2019/03/29 20:02
3月28日放送の『バイキング』(フジテレビ系)が、麻薬取締法違反で逮捕されたピエール瀧容疑者(51)に関する騒動を取り上げた。その内容と、出演者のコメントに批判が集まっている。
『バイキング』ではまず、3月25日付で市民団体「依存症の正しい報道を求めるネットワーク」が、瀧容疑者の出演作の公開自粛や撮り直しの撤回を求める要望書を提出したことを紹介。
この団体は要望書で「いきすぎた自粛という名の私的な制裁は、薬物問題の軽減にはつながらず、むしろ有名人に対する見せしめで、薬物問題を抱えた人が怯え孤立化につながり、ますます相談できなくなり、問題を悪化させる」と訴えている。
しかしMCの坂上忍(51)は「説得力がない」と断じ、薬丸裕英(53)が「まず手を出すことがいけないのに、その罪をつぐなわずに『更生のほうに』と言っているように聞こえた」とコメントするなど、ほかの出演者も坂上に同調。
続いてライブストリーミングサイト『DOMMUNE』による、電気グルーヴの音楽を配信した特集の反響を取り上げることに。3月26日に5時間にわたり行われたこの企画は、累計で約50万人が視聴し、ツイッタートレンドは日本で1位、世界で4位を記録した。
しかし森公美子(59)が「ツイッター1位って誰か呼びかけたんですか? 『DOMMUNE』、私、知りませんよ」と話すと、スタジオの面々は電気グルーヴ特集が『DOMMUNE』のための売名行為だったのでは? と疑う流れに。坂上がとぼけたように「『DOMMUNE』のPRという見方している人がいるんですか?」と話すと、ひな壇の出演者は苦笑していた。
Twitter上では《ちゃんと調べてからニュースとして取り上げるべき》《あなた方が不勉強で見識が狭いだけ》と、出演者への批判が殺到した。
また「依存症の正しい報道を求めるネットワーク」の発起人の1人として電話取材を受けた田中紀子氏も、自身のブログで『バイキング』の番組構成に疑問を呈している。番組スタッフに問い合わせると「(出演者は)要望書の全文は読んでおらず、電話取材の内容を伝えただけ、打合せの時間は、ざっと見積もって20分」などと、打ち合わせ不足を認めたという。さらに、いかのようなやり取りもあったという。
《そして「こちらの番組の意図ではなく、あくまでもタレントさん個人の発言ですので」を繰り返してこられるので、「わかりました。では番組の責任ではなく、タレントさんのコメントは自己責任と理解して良いんですね?」と聞くと、「いえ、違います。番組の責任です」と慌てて否定。一体どっちなんだ~?》
『バイキング』は今後どのように視聴者の声に応え、「番組の責任」を果たすのだろうか――。〉
▼この「女性自身」の記事は、いろいろなことを考えさせてくれる。
なぜタレントの発言の責任が、タレントの責任にならずに、番組の責任になるのかは、よくわからない。
■田中紀子氏のまっとうな指摘
▼田中紀子氏の当該ブログを読むと、取材された時点では考えられないようなひどい番組内容になっていた悲しみが、ストレートに伝わってくる。
▼上記の「女性自身」記事が取り上げた箇所の直後、田中氏のブログには、フジテレビ側のさらにひどい対応が綴られている。
〈「(略)我々専門家集団の意見に真っ向反論を全員で繰り返したわけですから、その根拠を示して頂きたい」と申し上げました。
そのうち一度「上から、『感情を害してしまったのなら丁重にお詫びしろ』と言われたので、かけたんですけど…」という番組のディレクター?プロデューサー?忘れてしまいましたが電話があり、あきれ果てました。〉
▼率直にいって、それはあきれ果てるだろうと思う。
〈同調的に取材をしながら、いざ番組本番になったら、真逆の取り上げ方をした意図は何なのか?回答が欲しいと伝えましたが、「今日中に回答する」と答えていらしたのに、回答はありませんでした。
おそらく最初から「ピエール瀧応援団全否定コーナー」という主旨だったんでしょうね。
このあとDOMMUNEさんのこと「番組出演者が全員知らない=売名行為」という、ひどい発言というか、小馬鹿にしたような態度があって、さすがに大炎上となりました。
この番組自分たちが「知らない」「理解できない」ことに対しては、全否定するという主旨の上成り立っているようですが、これでよく「ピエール瀧容疑者の作品は、スポンサーもイメージ気にするでしょうし!」なんて発言できるなぁと思いました。いやバイキングの番組スポンサーさんの意向の方を御心配された方がよろしいかと思います。〉
▼このブログ記事の最大の読みどころは、番組に出演していた坂上忍氏、後藤輝基氏、布施博氏、森公美子氏、薬丸裕英氏、岩尾望氏、横澤夏子氏のコメント一つ一つの矛盾点を指摘している点だ。
要するに、「バイキング」は要望書について取り上げたにもかかわらず、出演者全員が当の要望書そのものの「意図を全く理解していないどころか、皆さん内容を読んですらいなかったようです」ということがよくわかる。
なぜフジテレビは、このタレントたちに薬物依存についてコメントさせようと思ったのだろうか。
▼田中氏のブログ記事は結果的に、日本の昼の情報番組が、いかにデタラメで、厚顔無恥(こうがんむち)な内容を毎日垂れ流しているかを如実に示している。
一つ一つのコメントが短く、とても読みやすいので、興味のある人は当該サイトで確かめていただきたい。
■学ぶべき「生きた教材」がいっぱい
▼何度か書いているが、今回も書かざるを得ないが、なぜ日本のテレビは、芸能人やタレントが、時事ニュースに対して、不正確な知識しかないのにもかかわらず、個人的な偏見や感情的なコメントをしたり顔で垂れ流す情報番組を作るようになったのだろう。
▼田中氏の〈自分たちが「知らない」「理解できない」ことに対しては、全否定するという主旨の上成り立っている〉という指摘と、フジテレビ側の「上から、『感情を害してしまったのなら丁重にお詫びしろ』と言われたので、かけたんですけど…」という番組スタッフの論理とは、貝合わせのようにきれいに重なり合う。
この二つの言葉には、じつにさまざまな考えるべき事柄が詰まっているように感じる。
▼「自分たちが知らない、理解できない事柄は全否定する」という芸能人や芸人やタレントたちの傾向は、ネトウヨと呼ばれる人たちの反応によく似ている。
▼「感情を害してしまったとしたら謝る」という反応は、見事に事の本質を避けている点で、味わい深い。
▼そうした上司の論理を、そのまま謝罪すべき相手に開陳する電話の主の行動原理もまた、丁寧な分析に値すると思う。
▼「バイキング」の面々が罹(かか)っている「病気」は、きわめて重篤(じゅうとく)なもののようにみえるが、もしかすると、「大きな組織のなかで仕事をしていると、どのように人間が腐っていくのか」を学ぶために、出演者もスタッフも、身を削って優れた実例を提供してくれているのかもしれない。
それならば、わざわざ、ニュースにコメントするタレント(才能)のない人々だけを選び、出演させているのも納得できる。
(2019年3月29日)
※追記(2019年3月30日)
▼さっき田中紀子氏のツイッター(@kura_sara)を見たら、
〈バイキングのプロデューサーから、昨日の番組に対して「正当な論評の範囲であり、改めて訂正、謝罪、追加取材などはしない」という、まさかのゼロ回答が来て本当に驚いている!「Twitterなどでもおかしいと随分言われてますよね?ご存知ですか?」「はい」「その上での回答?」「はい」
えぇ~っ!?〉とのこと。
※追記(2019年5月2日)
▼田中紀子氏のコメントを引用した「ギャンブル依存症を生む日本の仕組み」というメモもリンクしておくので、ご参考に。
ここで紹介した田中氏の指摘を読むと、ギャンブル依存の問題がいかに構造的な問題なのかがとってもよくわかる。