見出し画像

「うわさ」と「インフォデミック」との違いを考える(3)

▼「情報+伝染」の新語である「インフォデミック」とは具体的に何か。

単なる「うわさ」との違いを踏まえて、松田美佐氏いわく、インフォデミックとは、

1)〈何が「信頼できる情報」なのか、それ自体が争われるような事態

であり、

2)〈「信頼できる情報」に対する不信感が増大する状況

であり、

3)〈必要な情報が届かないのではなく、届いたとしても、一部の人々には信頼されないという問題なのだ〉

という。この定義は、2010年代から世界中を巻き込んでいる問題の本質を鋭く指摘しており、筆者も同感だ。

▼1)と2)が病膏肓(やまいこうこう)に入ると、3)が激しくなる。

つまり、目の前に「必要な情報」「必要な事実」が差し出されたとしても、それを信じない、という、とても深刻なケースだ。こうなると、なかなか難しい。その難しさを先日メモしたのが、「ネットで極論にハマった人はほぼ救えないと専門家が明言している件」。よかったらどうぞ。

▼インフォデミックは避けられない。だから松田氏は、「中央公論」2020年5月号で、インフォデミックとどう付き合うか、その付き合い方を4つ提言した。今号は後半の2つ。

▼ちなみに前半の2つはこちら。

▼1つめは、各国政府や行政機関、WHOなどの公的機関が、「正確な情報をすみやかに隠さず公表する必要」がある。これが基本。これがないと、その社会から信頼は消える。精神的に窒息(ちっそく)する。

▼2つめは、マスメディアやネットメディアを含むジャーナリズムの、いい記事はほめよう、ということだった。

▼3番目は、ネットの「仕組み」について。適宜太字。

(3)ネット関連業者には、偽情報やフェイクニュースの拡散につながっている「仕組み」やサービスの見直しを求めたい。

▼これは、「閲覧数」がそのまま「金儲け」に直結している仕組みのことだ。

ネット関連業者にとって、事実かフェイクか、なんてどうでもいい。儲かればいいのだから。

だから、儲からなくなれば、フェイクニュースも減る、ということだ。

▼4番目が、大多数の人にとって最も大事なポイント。

(4)私たち個人の情報とのつき合い方だ。私たちが「情報の真偽を見抜くことは難しい」という前提を共有し、あいまいさへの「耐性」を持つことを提案する。

ここで登場した「あいまいさへの耐性」という言葉が、松田氏が繰り返し強調するキーワードだ。このキーワードだけだと、イメージがつかみにくいが、以下の3つの指摘を読むと、だいぶイメージがつかみやすくなると思う。

〈必要なのは「もっともらしく感じる情報ほど、反射的に拡散しない」という心がけだ。〉

〈リツイートも発信の一種であり、責任を伴うと捉えるべきであろう。〉

〈必要なのは分断や対立ではない。相手への想像力であり、対話である。〉

▼白か黒か、だけでは零(こぼ)れ落ちてしまうものばかりで、人生は出来ている。それが、パニックに陥ると、0か1かの二分法よろしく、極端な論理を信じてしまう。

新型コロナの文脈でいえば、「ゼロリスクでないとダメ絶対!」主義者や「ゼロリスクですか、それとも人間やめますか」主義者が増えてしまう。そして、ほんとうに必要な情報が目の前にやってきても、断固として信じない。

筆者は、そうした悲劇を、もっともらしい「自己責任論」で片づけて、「自己満足」することはできない。上の三つの指摘は、すべて、安直で無責任な「自己責任論」を拒否するものだ。とても素晴らしい指摘だと思う。

とくに、「もっともらしく感じる情報ほど、反射的に拡散する」人が多すぎて、なぜか「リツイートには責任がない」と考える愚かな人が多すぎて、「分断」や「対立」を煽って束の間の安心を得たがる、根本的には不安な人ばかりの社会では、必要な指摘だ。

▼そして、結論。

〈必要なのは、わかりやすい結論めいたものに安易に飛びつくことではなく、さまざまな情報に継続的に接触し、長期的にあいまいさを低減させることである。そのためには、不快なあいまいさへの「耐性」が必要だ。

 あいまいさを理解し、その不快さを引き受けて、長期的にあいまいさを減らしていく。難しい提案ではあるが、インフォデミック対策として最も重要なことである。〉(61頁)

▼「あいまいさへの耐性」については、「松田美佐氏の『うわさとは何か』を読む」で詳しく紹介した。このメモを書いたのも、もう2年も前になるのか。。

「あいまいさへの耐性」は、さまざまに展開しうる言葉だし、展開すべき言葉だ。

「あいまい」も、文字通り曖昧(あいまい)な言葉だし、「耐性」も、わかるようでわからない言葉だが、まさに今、「あいまいさへの耐性」が求められている、という現実を、筆者は肌感でわかる。このメモを読んでいる人にも、同感する人はいるのではないだろうか。

▼「あいまいさへの耐性」は、インフォデミックを考えるための参照点になる言葉だ。

ただし、見落としてはいけない点は、「あいまいさへの耐性」は、国家が強化することは難しい、というところだ。個々人の問題だからだ。

▼『うわさとは何か』は2014年に出た本だが、ますます重要になる本だと思う。

20年代を生き延びるための基本文献」を10冊選ぶなら、そのなかの1冊に選びたい。

(2020年6月25日)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?