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テレビを見すぎるとバカになる件

▼2019年3月6日付の朝日新聞夕刊に、〈テレビ見過ぎ▶言葉の記憶力低下/英研究チーム 50歳以上3600人分析〉という記事が載っていた(小坪遊記者)

長時間テレビを見る年配の人は、言葉を記憶する力が低下する――。そんな研究結果を、英国の研究チームが、英科学誌サイエンティフィック・リポーツに発表した。詳しい理由はわかっていないが、認知機能の維持に役立つ読書などの時間が奪われる影響などが考えられるという。〉

▼3600人を対象に、単語を覚えるテストを、6年の間隔をあけて2回実施したそうだ。

〈研究チームは、テレビを長時間見ることで、読書など認知機能によい影響を与える頭を使う時間が減ることや、暴力や災害など刺激の強い番組がストレスになる可能性を指摘している。テレビゲームやインターネットなど、より「双方向の活動」は認知機能によい面もあるとされる。

 論文はサイト(https://doi.org/10.1038/s41598-019-39354-4)で読める。〉

▼テレビを見すぎてバカになる理由は、1)「読書の時間が減るから」、2)「強いストレスがかかるから」という可能性の由。2)のようにテレビそのものの負荷もあるのだが、1)が面白い。テレビの視聴は、頭を使わないわけだ。また、テレビゲームやインターネットが、必ずしも人を愚かにしてしまうわけではない、という指摘も面白い。

▼テレビ以前とテレビ以後とで、人間の「考える時間」は減ったのだろうか。もはやどうだったのか、わからないわけだが、テレビ以後の世界を生きてきたご高齢の方で、ワイドショーばかり見ている人はご用心。

カントが1783年に書いた『プロレゴメナ』の序言から一文を引用しておく。適宜改行。現今の日本のテレビ業界を席巻している、芸人や芸能人が時事ニュースにコメントしたり解説したりしている番組には、以下の指摘が、けっこうそのまま当てはまると筆者は思うのだが、いかがでしょうか。

〈自説を弁護する言句に窮した場合に、常識をあたかも神のお告げででもあるかのように持出すべきではない。洞察と学とが落ち目になり、衰退の一途を辿るようになると、この時とばかりに常識を引合いに出すのは、当世の狡猾な発明の一つである。

すると浅薄きわまる饒舌でも、造詣の深い学者と安んじて張り合うことができるし、またかかる学者を相手にして引けをとらずに済むのである。

しかし洞察がひとかけらでも残っているうちは、常識を引合いに出すなどという便法を用いないように心掛けたいものである。

それにまたよく考えてみると、常識に訴えるということは、取りも直さず大衆の判断に頼ることにほかならない。大衆の拍手喝采を浴びると、哲学者は赤面するが、しかし俗受けを狙う軽薄な学者は、得意の鼻をうごめかして尊大に振舞うものである。〉(岩波文庫18-19頁、篠田英雄訳)

(2019年3月8日)

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