黒影紳士 ZERO 01:00 〜双炎の陣〜第五章 十二方位
第五章 十二方位
「幻影守護帯……発動!」
黒影は直ぐに、事件と深い関係にある行平 信夫教授を守る事に徹する。
己の影を帯状にし、シュルシュルと音を立てて、行平 信夫教授をぐるぐる巻きにした。
此の影は強固な守りにもなれば、犯人からすれば逃れる事の出来ない拘束ともなる。
「甘いな……。其奴がいなければ、犯人は犯行不可能だったかも知れないではありませんか。僕ならば、手足を影で突き刺してから、連行する。あくまでも己は犯人では無いと思っている、重要な協力者なのですよ?まぁ、黒影がそうするならば、何もしやしないですよ。だって、君は僕の未来なのですから」
そう……勲は、珍しく冷酷さを露わに出さなかったが、其れが黒影にある猜疑心を抱かせる。
聞きたくは無くても……何時か聞かねばならない事がある。
知るのが、先か……後か……其れだけの事。
「……珍しい事もあるんだな。……ならば何故、勲さんは今……。そう、まさに今だ。……其の殺気が消えずにいるのかお答え願いたい……」
影と影で打つかり合ったら、負けるかも知れない。
其れが死を早める質問になったかも知れない。
それでも「真実」を知りたがる黒影は、聞かずにはいられない質問だった。
「君が死ねば、私しは全てを手に入れる事が出来るのです。悪いが……未来よ、僕の為に死んで下さい」
勲の両手が黒影の喉に、ゆっくりと伸ばされた。
「あの……とっても残念な事……言いますね。……僕は……死にましぇーーん!!だって貴方の問題を解決するからっ!」
そう言って、黒影は……ぁははと屈託の無い笑顔で笑い、近付く勲の手を両手で握手する様に、巫山戯て止めたのだ。
「貴様!私しの話しを聞いていたのか!?」
それは流石の勲も憤慨したが、殺気は消え去っている。
「だって勲さん、君……僕が死ねば、僕の全てを手に入れられるだなんて、勘違いしているから。……真面目過ぎるんですよ。過去の自分に言うのも変ですけど。良いですか?僕はね、途中で気付いたのです。真面目だけでは、乗り越えられない物もあると。勲さんには「臨機応変」と言う物が足りないのです」
そう黒影は言うではないか。
「臨機応変?……そんな事は既に出来ている。多種多様な犯人を捕まえる為に、どんな技でも影で作って来た。然し、寄子さんを元の時代に戻すには、次期創世神の黒影の力が必要だ。鳳凰を使いこなした力もだ。私しは黒影より影で優っている。鳳凰を使い熟せば、今の黒影など目では無い。此の「黒影紳士の書」自体に書き換えを加えさせてみせる。次期創世神として書き換えれば問題ない。寄子さんの時を元に戻すなど、造作もない筈だ!……なのに、なのに、何故やらないのだ、黒影!人の狂った人生を弄び、何が平和で平等なる鳳凰かっ!……私しは黒影の存在が許せない。私しはそんな愚かな成長などしない!もしも運命でそうなると決まっているならば、私しは運命にでさえ逆らってみせる!……黒影……お前さえ消えてくれれば、私しが唯一の「黒影」となるのだよ。もう、お前の影が置き忘れた亡霊などではなく、この「黒影紳士」の世界で、確固たる「黒影」と成るのだ!……黒影は嘲笑ったが、分かっていないのです。何時消えるかも分からない影である、此の私の苦悩など!………………こんな…………何時消えるかも分からない……私しを……信じた寄子さんの気持ちなどっ!未来を変えるんだ!私はっ!」
殺気は消したものの、勲は真っ直ぐな怒りを黒影に当てた。
「じゃあ、臨機応変じゃなくて寛容さとでも言おう。僕は此の「黒影紳士」の主人公ではない。次期創世神に選ばれたには、理由がある。既に此の物語には、二人の著者が存在する。過去の著者である、この物語其の物を司る「黒影の書」と、現在の創世神だ。創世神もまた現在と過去に別れてしまっている。長い時の経過の所為で時間軸が崩れたからだ。そして僕は、書く事も無く、まるで主人公の様だが、再開の時から時間の歪みや予知夢と共に歩き始めた。即ち、season2で時夢来を手にした其の時から、此の物語自体の時間軸が狂っていたと想定される。唯一……同じ存在であるのに、勲さん……君とはシンクロしていなかったね。僕は力を奪い合う事無く、シンクロにより、創世神に選ばれし者だけが得られるある力が存在すると確信している。「未来を変える」……格好良い言葉だ。然し、変え方を間違ってはならない!こんなやり方は間違っていると、既に勲さんは気付いているじゃあないか。僕の通って来た過去だからこそ、分かるんだ。何故……何故!此の僕を一思いに影で突き刺さなかった?!躊躇しているのは確信が足りないからだ!僕なら……其れに、答えられる」
黒影は勲を指差し、断言する様に強く言った。
他の方法があればと迷う心……。迷えば迷う程……「真実」は其れすら明らかにする。
「寄子さんの事で、頭がいっぱいだったんだ。……hav1024を思い出してくれ。サダノブの母、桃花(とうか)さんが井戸に落ち、其の物質と科学反応を起こし、死んではいるが、肉体だけは未だ生き続けている。あの物質もまた時を止めたままだ。此の「黒影紳士」の世界の時は完全に狂っている。それこそが、本当の謎だったんだよ。」
「先輩……今の……」
丁度、調べを終えたサダノブが、教授の部屋を訪れ、今の話しを聞いていた様だ。
「ああ……あれは、物質が何か悪戯をしている様に見えるが、あの物質自体が時を狂わせる根源だった。周囲の生き物は耐性を徐々に作り、軈て寄生する。あの星の様に美しい触手でな。時を止めるヒトデみたいなもんだ」
と、黒影はサダノブにも分かり易く説明する。
「サダノブ、それよりも調べは?!」
黒影はサダノブが母の桃花の事となると、未だ気掛かりな事は知っていたので、態と目が覚める様なハッキリした声で、サダノブに報告を求めた。
「有りましたよ〜。変な金の動きが。警察からアポイントを取った直後、遠並医院から使徒不明金が二千万……行平 信夫教授に振り込まれていますね」
と、サダノブは銀行の金の流れをタブレットに表示し、黒影にヒラヒラと見せた。
「ふんっ、やはり繋がっていた。勲さん……寄子さんの件だが、僕も考えていない訳ではない。此の「事実」を明らかにしたんだ。今は一時休戦で構わないね?」
「ああ、黒影が何をしたいのかが分からないがな」
勲は確かに、確実な殺意等持てなかった。
黒影を殺してしまえば、己の一部がごっそり抜け落ちてしまうのでは無いかと言う、恐怖心さえ感じていたからだ。
それでも、寄子の為に出来る事が、此れしかないのならばと、決死の覚悟であった事は確かだが、状況が変わった。
未来は変えなくて良い……未来の己も、同じ事を考えていた。……今は其れだけで十分に思えたのだ。
ずっと……一人残され、戦って来た。其処に寄子と言う、優しさを見付けた。それでもやはり、一人で戦う事には変わりは無く、寄子も守らなくてはならなくなった。
寄子は違う時代に生き、自分がいなければ生きてすらいられない。
だから……一人で、解決しなくてはならない事案だと、覚悟した。
例え未来を失っても……己一人で、また築いて行けば良いと思ったのだ。
未来は……輝いて見えた。
己にすら殺されかけても、何一つ自分を変えようとはしない。恐れもなく、気付いていた。
「此れが……時の経過の差か……」
勲は思わず、小さく呟く。
「勲さん……」
「はい」
黒影が急に呼んだので、勲は既に怒りも鎮まり、普段の口調で答えた。
「僕は長く能力者と対峙して来ました。勲さんは影の力だけならば、確かに僕より遥かに上ですが、失礼ながら能力者逮捕経験は余りにも未だ少ないと思います。だから、僕は一足先に此処へ来た。大変でしたよ。……勲さんより先回りするのは。……勲さん、僕が想定するに、犯人は記憶を操作したのだと思います。勲さんが、被害者から聴取したデータを拝見しましたが、被害者は「警笛」だけで、記憶を想起し、尚且つ……犯人は葵さんだと決め付けている。……ですが、僕が思うに、その日「警笛」を所持していた警官は何人いたと思います?偶然、ぶつかったから葵さんなんて、誰が信じるでしょう?幾ら、クライアントが言っても、僕ならば首を捻ります。正直、そんな浅はかな記憶で日本の警察も探偵も動きやしませんよ。それでも勲さんは、「事実」が知りたいと思っている。……そして……僕も「真実」が知りたい。……其の理由はただ一つ……。そんな犯罪があったならば、犯人を野放しにして許すなど、有り得ないからだ。そうですよね?」
黒影は、どす黒く低い声で有り得ないとは言ったが、勲に確認する頃には笑顔になっていた。
「無論、異論無し。其のどす黒さは相変わらずの様で安心しましたよ」
と、勲も笑顔を作った。
サダノブには、此の二人が作った笑顔が、犯人に対する怒りで氷付いている様にしか見えず、ゾッとして、肘を抱え込んだ。
「サダノブ……」
「あっ、はい?」
サダノブはそんな凍り付いた空気の中、急に黒影に呼ばれ、声を裏返し返事をする。
「何だ?其の相変わらずの間抜け声は?狛犬ならば、返事ぐらいきちんと吠えろ。……それより、サダノブは思考読みだろう?思考を読み、ある程度脳を操作出来た筈だ。記憶は海馬にあるが、書き換えは能力次第では可能なのではないか?思考読みとしての意見が聞きたい」
と、黒影は犯人の能力が可能か如何か聞いた。
サダノブは珍しく目を真っ直ぐ黒影に向けて、集中している。
「変える事は俺には出来ないですけど、見えはしたから可能範囲ですね。……って、事は、俺より犯人の方が思考能力が高そうですね。思考戦には自信ないな……」
と、サダノブは相手が悪いと、黒影に素直に報告する。
出来ない事は出来ないときちんと言わないと、黒影に後で大目玉を食らうのは目に見えているからだ。
作戦を台無しにしたと、八つ当たりされるに決まっている。
「……そうだ……サダノブ。昔、僕の記憶を操作して事件を解決に導いてくれたじゃないか!風柳さんへの僕の勘違いを正してくれた!……あの時は、時夢来を使って時を操作し、記憶を正しい配列に変えたんだ!もし、犯人が、記憶を書き換えるのでは無く、断片的にすり替えていたとすれば如何だ。犯人はやはり「警笛」を持っていた。然し、顔をすり替えたら……書き換えた様になるじゃないか。サダノブ!もしかして……だが、出来損ないの跡取り息子、遠並 彰は何処かで制服を着ていないか?警官じゃなくても何でも構わない」
そう言うと、サダノブは慌てて遠並 彰の趣味や詳細を調べ始める。
「ん?……此れ……ですかね?」
サダノブは、不確かなのか黒影に確認を要求している様だ。
「それだ。成る程、研修代目当てに警備会社荒らしをしているな。警備会社は以前とは違い、研修期間が法的に定められた。研修期間は給与が発生する。軽いアルバイト感覚だった。……否、狙いは其れだけでは無さそうだ。ほら……ネットの裏取引で警官の古くなった服を買っている。誰が売ったか分からんが、これは違法だぞ。全く、マニアと言うのは何処にでも存在し需要を作るのだな。此の警官のボロの上着と、研修だけで制服をもらいバックれた警備会社の制服をエンブレムだけ取って、縫い付けたのだよ。旧式の警備会社の制服ならば、かなり警察の制服に似ている。「警笛」も警備会社の物だろう。遠並 彰はマニアでも無く、警備会社から貰った小遣いで警官の中古の制服を買った。そして、其の制服で警官に成りすまし、当時女児であった清白 菜津美を誘拐した。何と元手ゼロでスムーズにやり仰た訳か。強かそうだな。確かに、葵さんは全くタイプは違うが、サイコパス気質はあるのかも知れん」
と、黒影は見事な流れだと感心している。
「ちょっと、先輩!感心している場合じゃないですよ!其奴えらい悪党なんですよ!然も、今も動物を殺傷しているかも知れない。……急がないと!」
「……ああ、分かっている。問題は一点。現在も人間に対して何か犯行を行っていたとしたら?……突入した時点で、直様人質にされる。口止め料に二千万……人一人の命としては安いが、動物だけにしては医者はモルモットも普通に扱う……高過ぎる。人の価値も麻痺した……と、言ったところかな」
と、黒影が言うのだ。
「今も、人を?!だったら、現行犯で捕まえましょう!早く!」
サダノブが黒影を急かしたが、其れを制止したのは勲だった。
「待て。……確かに、今捕まっている人がいるのであれば、難しいが何とかして現行犯逮捕するのは可能だ。然し……問題は、被害を訴えた清白 菜津美さんだ。随分過去で証拠はもう残っていないと考えるのが自然だ。……黒影……先程、時が如何のという話しをしていましたね。何か策が?」
考えて上を軽く見ている黒影に、勲は聞いた。
「得策とは言えません。やってみた事がない。然し……あれだけの、残忍な事があったんだ。やらない理由は無いと感じています」
と、黒影は徐に言ったのだ。
「……黒影……。私しはとっくに、未来に賭けたんですよ」
勲が静かだがしっかりと、黒影に言った。
「そうですね。……可能性がゼロでは無い限り、足掻く価値もやってみる価値もある……」
黒影は勲の目を見て、ゆっくり何かを確信したかの様に頷く。
……未だ見ない……未知の未来は……
恐怖では無く……己の為にのみ……拓かれる道である……
――――――――――
「幻炎(げんえん)……十二方位鳳連斬!(じゅうにほういほうれんざん)………………解陣(かいじん)!!」
黒影は鳳凰陣を展開させる略経を唱え、鳳凰の力を自らの中から解き放つ。
真っ赤に揺らぐ黄金を纏う炎の翼が其の背に揺れていた。
「十二方位……だと?」
通常の十方位鳳連斬と、聞き覚えが違ったので、勲は訝し気な目で黒影の足元の、鳳凰を象る中心から広がる鳳凰陣、内円陣、外円陣を見詰める。
屋内であった為、幻炎と言うやや炎の立ち上がりは引く力の弱い、燃え移らない炎を操り陣を作っている。
然し、十方位と言う吉方位には意味があり、八方塞がりでも道を開くとされていた筈。
四神獣とは、元々方角と深い関係にある、方位の守護神の様な物だ。
確かに十二方位磁針等は存在し、其れ以上もあるが、細分化したまでの話しであり、十方位に中心部の鳳凰陣から技を外円陣に向け連動させ放つ黒影には、増やせば負担以外の何ものでもない。
「えっ?!じゅ、十二って言いました?!」
ほら……サダノブだって、力の使い過ぎを気にして驚くのも当然。
鳳凰陣から切り分けられた炎の線を、数を覚えたての子供の様に、確認し乍ら数え出す。
「黒影……。君は自分の役割りを忘れたのか?既に関係者はぐるぐる巻き……此処に犯人がいもしないのに、無駄に力を使うとは何事でしょう?君自身は鳳凰なのだから、誰かの力が無ければ連斬して攻撃を増やす事は出来ない。誰がこんな十二方位など全てに力を流せる程の攻撃が出来るって言うのですか?己の力も、使う味方の力の力量も分からぬ寓者じゃあるまい……」
と、勲は「寓者」とまで黒影に言ったが、これは黒影の体力の消耗を心配しているだけで、相変わらず「心配」だとか、そう言った類の優しい言葉を避けてしまう。
関係者は逮捕しても、連絡が無いのを不審がり犯人が来るかも知れない。
この場から隠れるか離れるのが得策にも思えるのに、ただでさえ目立つ真っ赤な炎の鳳凰陣を、力の加減も無しに広げたのだから、ご尤もな言い分である。
「そう……僕だけでは、この技……確かに体力の消耗が激しい……。然し、勲さん。貴方は僕を殺して全てを得ようとしたが、僕にとって勲さんは、僕の力を分けた存在なのですよ。元は僕の置き忘れた影。僕は違う人生を歩み出した貴方を回収もしないし、命を狙ったからと言って殺さない。……それは、己の根本が分かっているからです。勲さんは、僕は殺せないし憎みきれない。勲さんに其れが出来たならば、僕は探偵ではなく、殺し屋になっていた筈です」
と、黒影は見透かした様に言うと微笑んだ。
「十二方位……ある」
サダノブがやっと線を数えて、黒影が心配なのか見詰めた。
「僕ならこう言うだけで良い。……力を……貸してくれませんか……」
黒影の手は、勲に差し伸べられている。
独り時代に取り残された勲は、誰かにそんな事を言われた事など未だ嘗て一度も無い。
裏切るのではないかと言う猜疑心に包まれて行く。
黒影の手を取った瞬間に、力が足りない黒影は自分を回収するのではないか。
殺すなんて……そんな事をしなくとも、ただ自分に在っ
た力を取り戻す事を、殺すとは言わない。
未来を殺せば、自由になれる。
もう……此の恐怖とおさらば出来る。
鳳凰が平和と平等を司る神獣だとは知っている。
だが……黒影は「自分だから殺さない」と、言ったが、それは未来が変わらなかった場合のみ!
「私しは……黒影、君を殺す為に其の手を取る」
と、勲は黒影を睨み言った。
「先輩!そんな言い合いを自分同士で話している間にも、体力奪われているんですよ!?今、勲さんと本気でやり合うんなら、俺は先輩担いで逃げますからね!」
普段でさえ、影で戦うとなると互角か勲の方が強い。
鳳凰の力だけが黒影が勝つには必要なのに、力は使い続けて無くなってしまう。
「良いんだ、此れで。僕が良いのだと言っている」
黒影は殺気に満ち、流し目に長い睫毛を印象付けサダノブを制止させ、勲に視線を真っ直ぐ戻した。
「裏切り……恐怖……猜疑心……。だから、殺す……か。懐かしいな……。得体も知れぬ能力者犯罪が増え始めた頃、僕は捕まえると言うより、生き残る事に必死だった。だがある日気付いた。ただ捕まえても刑期を終えればまた同じ生き残りの殺し合い。「犯人」と呼ぶ者は明らかに命を狙う「敵」でしかない。そう……感じた。……だが、忘れてはならない。「罪人」と呼ぶ「人」でもある。分からない物に挑むは愚かか。……否、貴方が僕であるならば答えは違う。さあ……もっと分からなくしてみせよう。……其の時貴方は……確実にその陰の己の心を吹っ切る!」
黒影はそう断言すると、ニヒルな笑みを浮かべた。
次の瞬間、ネックレスにし胸ポケットに入れていた大事な時夢来を取り出すと、己の首のネックレスを引き千切るでは無いか。
「頼むよ……」
黒影は願掛ける様にそう小さく呟き、時夢来の懐中時計に薄い唇で軽く口付け、開いて見詰めたかと思うと、シャラシャラとネックレスチェーンが滑り落ちる美しい音色と共に手から落下させるのだ。
「壊れちゃ……!?」
サダノブが、慌てて黒影の足元に滑り込み、割れて壊れてしまわぬ様に受け止めようとしたが、鳳凰陣の中に懐中時計は消えた。十二方位に伸びた炎だけがいつの間にか消え、代わりに在ったのは、漆黒の黒い影の炎……。
流石にサダノブも其の光景に言葉を失ったのだ。鳳凰の秘技である鳳連斬が……闇に染まった瞬間であった。
其の得体も知れぬ闇を見た時、確かに勲は……黒影同様にニヒルな笑みを浮かべる。
「何者も我々の探究心には付いて来れまい。……結局、探偵を選ぶのさ。僕も如何なるか分からない。分からないから……人生は楽しい……。此の闇が……果たして毒か、否か確かめたくなってな。時を破壊するか、将又僕等に味方するか暴走するかも分からない。でも、もう……賽は投げた。誘い方を間違えた。吉と出るか凶と出るか……賭けてみないか?」
そう言うと、黒影は改めて鳳凰陣から勲に手を伸ばした。
流れる様に指先から開かれ、己に差し伸べられた手。
「……愚かなるは私しか。……己の性分には勝てないものだ」
勲は己は一体何に怯えていたのかと、苦笑した。
「そうだ。何か在ってから殺しても、遅くは無い」
結局のところ、分からないから知りたくなる。「事実」も知らずに怯えるなど馬鹿馬鹿しいではないか。
黒影もまた……私し自身である。
「ほらな。賭けにはつい乗っかっちまう。弱い癖に……」
と、黒影は乗せられた勲の手を有無を言わさぬ速さで、グイッと己に引き寄せ鳳凰陣に連れ込んでしまった。
「……これは?」
勲の頭に何か固い物が降って来た。
黒影は其れを見ると、
「そうか、勲さん……。そろそろ入れ替えましょう。……読者様が分かり辛い……」
と、笑うのだ。
「……シルクハットとタイ……か」
一度手に取り確認すると、勲は両サイドがズレない様に持ち、しっかり被り直す。
黒影の青いタイをしゅるりと襟から抜き、赤いタイに変えた。
借り物の己では見えない物もあったのだと感じる。
「あー!何でまた二人とも被っちゃうんですかー?読者様が何方か分からなくなると言いましたよね?」
サダノブががっくり肩を落とす。
「僕のはシルクハットのリボンもタイも青だ。勲さんは赤いだろう?元に戻っただけだ。分かり易くなっただろう?」
と、黒影は何を一々同一人物なのに、五月蝿い……と、言いたそうな顔である。
「……で?如何すれば良いんだ?」
と、勲は黒影に聞いた。
「多分ですよ。……勲さんだけは、僕を殺そうとしていた程なので、難しいかも知れませんが、本来はもう何か作動するんですよ。……でも、しないのは……ふはは……同調性、詰まりはシンクロ率が同一人物であるのに、低過ぎるんですよ。昔の自分に言うのも何ですが、その……敵外心をですね、せめて彼奴に向けて貰えませんかね?」
黒影は余りにも低いシンクロ率に笑顔も引き攣らせ乍ら、サダノブに振る。
「はぁ?俺、無理っす。勲さん強過ぎですから」
と、サダノブは両手を上げて勲に見せる。
「でも、彼奴は僕に何かあると、無意識にでも狛犬だからすっ飛んで来ちまう。……厄介ですよ。僕なら先ずは彼奴を仕留めてから、僕を狙う。確実にね。僕自身で出来る攻撃は鳳凰なのだから少ない。けれど、彼奴の技が連斬で来たら……ねぇ?」
と、黒影はにっこりと笑う。
「……確かにそうですね」
そう勲が殺意をサダノブに向け、ふとまた黒影を見た時だ。
殺意を他に移し、改めて近くで見ると、やはり自分で、鏡を見ている感覚になった。
其の時気付いたのだ。
何度殺そうとしても無駄だと。
結局は此の顔がある限り、自分を殺すようで気持ち悪い。
其の気持ち悪さは何かと言えば……
……自殺する時の気分みたいになるからだ。
鳳凰は……結局、僕等を平等に生かすに違いない。
似て非なる自らは、まるでもう一人の人格の様でもある。
多重人格を治す唯一の方法は……
違う己を赦す事にある。
如何に気に食わない己も、醜き己も……愛してこその苦しみの果てに、我々は一つの影では無く、人間で在ったと自覚出来るのであろう。
其の時……自分の未来を……確信した。
保証の無い未来に賭ける人生は、影と共に在り……。
――――――――
十二方位へ伸ばされた影の先が揺らめき立つ。
そして其の影が十二の人型に変わった時、異変は起きた。
勲の背に、影で作られた鳳凰の翼が生えたのだ。
それは影の十方位鳳連斬と同じくして、黒い影に地獄の蒼い炎を揺らがせた。黒影も持っている影の力。
然し、勲の影の力は黒影の其れを凌ぎ、其の翼は轟轟と冷酷さを纏う。
……懐かしい……。
生き残りたいと渇望すればする程、強くなり……今がある。
黒影は其の懐かしい己の闇に、静かに目を閉じた。
ゆっくり瞼を開け、勲の顔を見ると、何かを見て止まっている。
「勲さ……」
黒影も其処迄呼んで思わず止まった。
十二方位に伸ばした影の先に、騎士らしき正装をした男女が方位を守る様に十二人いるではないか。
外円陣に並ぶ其れ等は外側を向き、顔は見えないが、身長や体型も性別もバラバラの様である。
漆黒の騎士の正装で、背中と帽子に真っ赤な薔薇が見え、帽子には立派な羽根が揺れている。
女性も漆黒のドレスの上に、美しい裾に赤薔薇のあしらったかっちりとしたドレスコートを着ている。
黒の手袋をして、先にフリルの付いた黒い傘も持っている。傘の裏に時計の細部が描かれた金色の絵画が見え、美しい。
「ちょっと、宜しくて?私しの傘の先に傷が御座いますわ。こんな姿で主の御前に現れるなんて、恥を掻かされました。如何言う事です?」
振り向かないので、誰が言っているのか分からないが、貴婦人の一人が文句を言い出した様だ。
「そんな事は後で良い!我々が呼ばれたのだから、何か急ぎの用事に違い無いのだから!」
「まあっ!何ですって!?殿方には分かりませんのよ!」
何やら騎士と、婦人が言い争いを初めている様なのだ。
「分かった、後で替えるから、今日は我慢しなさい。主だって、其処迄気は短くないし、気にする様な御心の狭い方では無い」
「でも、我儘だわ」
「そうよ、身なりには五月蝿い方ですもの」
どうも、彼らの会話は埒が開かない様だ。
「あのぉ……貴方方は?」
サダノブは既に此の十二人に圧倒され、黒影の後に隠れている。黒影が話しに割って入り、そう聞いてみる。
「シッ!主が何か話したぞ!」
騎士の一人が言った。
「本当だ……。結構、声……低いんですねぇ。もう少し中性的だと思った」
「何?聞きましたの!?私し、聞こえませんでしたわ」
「相当レアらしいですからねぇ。生声聞けるの」
「聞いた人なんていないじゃない。公表していないのだから。何よ、自分だけ聞こえたからって!位置を変わりなさいよっ!」
其の遣り取りに次第に呆れた黒影は言う。
「あのっ!人の話しを無視しないで下さいよ!貴方方は何者かと聞いているんです!」
事と次第によっては、此の十二方位に立つ全員と戦わなくてはいけないかも知れない。
無視している感じからして、余裕がある様だ。
既に囲まれている……。
一斉に攻撃されたら?十二方位鳳連斬から出現したのだ。
連斬を使い熟すかも知れない。
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お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。