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縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜🐉🦋🐉第四章 染井吉野

4染井吉野

 白龍は全ての邪気を喰らい尽くすと、その大きな身体を波打たせ寺の庭に落ちて行った。
 霊雅は慌てて、白龍に溜まった邪気を払おうと、経を読みながら、数珠に力を握り締め、走り出す。

 ……まだ、終わらせないっ!!

 白龍を守る経を叫ぶやうに唱えながら、只管無事を祈る。
 ……何時だってそうだ。
 なんで、祈る事しか出来ないんだっ!
 涙を流す人々、苦しみ足搔く子供すら……確かに祈祷で救えたのかも知れない。
 けれど……変わってしまった彼らの日常は戻らない。
「有難う御座います。助かりました。」
 と、悲壮な顔で云った誰かは、きっと……そんな言葉、言いたい気分では無いだろうに。

 ……櫻……君は今……出逢った事を後悔しているのか?
 ……僕は後悔などしない。
 ……なのに、何故君を失いそうな今、憤りを感じるのか分からない。
 もし、僕が黒龍でなければ、君の助けを必要としなければ、此処に来る事も、こんな目に遭う事も無かったかも知れない。

 ……何故……涙が止まらないんだ。
 ……何故……君を失う事がこんなに怖いんだ。
 ……思い出してしまったんだ。

 ……君がこの寺で遠い昔に朽ちたあの日を……。
 もう……全てが許せない……。
 ――――――――――――――――

 雷鳴が寺の上空に響き渡る。
 暗雲が瞬く間に広がり、街を包んだ。
 吹き荒ぶ風に、細い枝葉は飛び彼方此方に強く当たる。
 落雷が起きては美しき花を付けた木は燃え上がる。
「黒龍様がご乱心だっ!」
 寺の者達はこの事態に、数百年前の書の悪夢を脳裏に蘇らせ震え上がった。
 祈祷師が集まり、一斉に鎮めの経を読み始める。
 真っ黒な闇に畝り、その怒りの叫びを轟かせる黒龍が上空を駆け巡っていた。
 祈祷場の上には特に大きな雷が何度も落ち、皆震え上がりながらも見守る事しか出来ずにいる。
 寺の屋根を渡る様に、動かなくなったもう一匹の黒龍が横たわっていた。
「何故、黒龍様が二体も!!」
 皆はその光景に騒めく。
「違いますっ!あれは白龍様です!……またあのお二人を無下に離そうとなんかしたから、天罰を受けたのです!白龍様……櫻様っ!」
 そう、言い放ち竜胆は櫻の頭部があるであろう庭に向かった。
 ……私を助けず、逃げて下されば良かったのにっ!

 前が涙で霞む……雷も本当は凄く怖い。
 けれど、その度に黒龍である霊雅様は、
「あれは歌っているだけだよ、竜胆。ああやって、若い子にキャーキャー云われたいだけなんだ。……だってほら、僕は怒っていないだろう?」
 と、そんな冗談を云って何時も慰めて下さった。

 そんな優しいお二人なのに……今度こそは……幸せになって欲しいからっ!
 ――――――――――――

「櫻様っ!……櫻様っ!……」
 真っ黒な龍と化した白龍は、その声に懐かしさを感じながら、重い瞼をゆっくり開いた。
 竜胆は龍の鼻先に乗り、櫻を心配そうに見ている。

……竜胆……良かった。無事だったんだ。
 櫻は安堵した。
 身体中がまだ痛いけれど、何とかなったんだ。
 お寺……少し壊しちゃったけど……。辺りを見ようとしたが、竜胆がいるので頭を動かせない。
 いつの間にか天気は大荒れで、傷口に寒気が沁み入る。
「櫻様っ!霊雅様が御乱心にっ!……櫻様が倒れ驚かれたのかと……。」

 ……えっ?あの霊雅が?何時も何があってもすましていそうな顔をしていたのに。
 幾ら驚いたからって……。
 私はちらりと上を見上げた。
 オニキスのやうに黒光りする、大きな鱗が横断して行く。
 ……嘘……でしょう?
 私、生きてるよ。……どうしよう……どう伝えれば……。
 ……まだ彼方此方痛いのに……。

 私はゆっくり顔を傾けて、竜胆に降りてもらう。
 何とかして行こうと思っていると、竜胆が髭を引っ張っているやうだ。
 視線を少し下ろすと、
「……これ、霊雅様がとても悩んでいらして。櫻様にだったのですね。大事な物だと思い、この竜胆……死守致しました!何のご心配も無く、行ってらっしゃいませ♪」
 そう云って竜胆はあの藤の簪を、両手で大切そうに私に見せ、微笑むのだ。

 ……割れて無かったんだ。有難う……竜胆。
 私は身体を起こすと、バラバラと寺の屋根の瓦を落とした。
 ……あら、いけない……。
 そう思うけれど、如何にもならないこの身体。
 仕方無く、真上目掛けて出来るだけ飛んだ。
「お見事な登り龍に御座います、櫻様っ!♪」
 と、竜胆は遠くしたからはしゃいでいる声だけ届く。
 ……全く、あの子ったら……。

 ……大海の雲を抜けて
 波打つ君の激しい憤りを感じ、急くこの胸の高鳴りは何だろう
 私の知らない君がいる気がして……少しだけ怖い。
 如何してこんなに悲しいのかすら、始めは分からなかった。
 真っ暗な雲を縫って行くうちに、気付き始めてる。

 ……どんな君でも見ていたかった。
 ……けれど……私の事で嘆き狂う君の姿は……もう……二度と見たくはないの。
 ……私の心に……どうか……気付いて下さい……。

 酷い嵐に目を閉じたくなる。
 強過ぎる風は、この龍の身体さえも持って行かれそう。
 目の前は大小の雷で、真昼のやうに光ったり暗闇に戻りを繰り返し、余り上手く見えもしない。
 ……あっ……。
 君の漆黒の鱗が雷に一瞬浮かんで、私は身体をくねらせ何とかしがみ付いた。
 今にも振り落とされそうで、私はそれでも上へ上へと巻き付き、君を抑えながらも進んで行く。
 軈て急に動きが止まると、黒龍が身体を畝らせ金の大きな目で此方を見ていた。
……やっと……気付いてくれた……。
 そう思ってホッとしたのも束の間、白銀の龍の剣が私の目の前に浮かぶ。
 えっ?!
 咄嗟に何時もの癖か、何とか剣を落とさずに掴んだが、ふわっと感じた恐怖に身を屈める。
 ――――――――――――――

 ……もう見二度と失わないと……誓った筈だったのに。
 こんな運命ならば、もう……何も無くて構わない……。
 何時迄も脳裏に……君を包むあの染井吉野が忘れられない。
 あの日のまま、時が止まってくれれば良かった。
 凍りつきそうな程、君を失い血の気の引いた身体は冷め切っている。
 まだ……やっと振り向いてもらえたのに。
 もうさよならなんて……。
 何が龍神かっ!神かっ!そんなものいやしないんだ。
 僕には君だけが……唯一無二の女神だった。
 誰が何と言おうと、僕には其れだけで幸福と呼べた。

 ……何だ……あれは?

 如何しようも無い虚しさ、怒りに見えなかった筈の視界に、淡く優しい雪のやうな白い何かが舞い上がっている。
 ……これは……
 君が見せた……あの染井吉野……。
 闇にはらはらと舞う其れは、薄ら紅をさした……紛れも無いあの日と同じ染井吉野だった。
 すぅと怒りが解けて行く。
 何故かあの日の日差しのやうに、冷め切った筈の身体が温かさに包まれ行くのを感じる。
 ……否、違う!これはっ!
 ふと己の身体を見ると、黒くなってしまった白龍がしがみ付いている事に気付いた。
 ……無事だったのか?
 これは夢では無いのか?
 そう考えていると、白龍と目が合った。
 あの藤の簪に似た……澄んだ紫水晶のやうに輝いている。
 その鱗や姿が変わっても……やはり君なのだと、その瞳の美しさに魅入っていた。

 ――――――――――――
「きゃぁああ――――っ!!」
 身体が急に戻って蹲ったまま、櫻は落ちるのを感じ絶叫する。
 折角、気付いてもらえたのに――っ!
 こんなところで諦めたくないっ!

 ぎゅっと目を閉じて願った。
 一体、何に願ったのだろう。それすら分からなかった。
 ふわっとした何かの上に落ちた事に、ゆっくり気付き瞼を開いて行く。
 強く瞼を閉じ過ぎたのか眼内閃光を感じる。
 次第に見えた視界には、美しい月と星が見えた。
 儚い命が瞬き、輝いている。
 ……助かった……のかな……。
 下を見ると、長い黒い毛の様な物の上にいる。
「……あっ!……霊雅!霊雅なの!?」
 私は落ちないやうに、顔がある筈の方へ向かう。
「あぁ!戻ったのねっ……良かった。良かった……本当に。」
 私は君の目の上から逆さまに見えるだろうけれど、落ちそうでそこから、声を掛けた。
 君は優しい目で私を見上げると、ゆっくり旋回し寺へと戻って行く。
「……ねぇ?確か、凄く昔にも……良く君と夜空を散歩した気がするの。」
 君が優しく降り立ち、私は軽くジャンプをして黒龍から降り振り向くとキスをした。
黒龍が縮んだかと思うと、霊雅が目の前に立っている。
「良かった……無事で……。」

 その声に安心して……それから……何も……覚えていない。

 ――――――――――――

「霊雅様っ!……櫻様がっ!」
 ……えっ?……今、一瞬竜胆の顔が見えた様な……。
 気が付いたかと思うと、双龍が金で描かれた漆黒の天井を見上げていた。
 此処は……何処だろう……。
 流石に私は誰とまでは思わない。そう……櫻よ。……多分合っているわ。
 そんな事を自分に言い聞かせている。
 身体には何故か力が入らない。長い夢の途中なのかとさえ思える。
 そうよ……あんな素敵な人に好かれるなんて、きっと夢だわ……私ったら、乙女じゃあるまいし馬鹿馬鹿しいったら。
 そう思い直してまた瞼を閉じる。
 バタバタと騒がしい足音……何だろう……。
 そう思いながらも、知らんぷりしてまた夢でも見れば良いと、瞼を引くつかせながらも意地でも閉じたままでいる。
「……櫻っ!櫻?!」
 ……あれ?……この心地の良い声……。
 自然に瞼を開いていた。
 視界に……霊雅の心配そうな顔が逆さまに見える。
 嗚呼……愛おしい人の顔を見て目覚めるなんて……でも悲しい哉、きっとこれも夢ね。
 そう思うのに、何故か君から目が離せない。
「……良かった。」
 そう云って君が強く抱きしめるから……何時迄も離してくれないから……私は、これが現実なのだとやっと分かったの。
「……えっとぉ……霊雅、此処は?」
 起きあがろとすると、支える私の腕をさっと外して、君が代わりに支えてくれた。
「重いわよ……。」
 と、思わず恥ずかしくて頬が熱くて、俯いてしまう。
 有難うと素直に云えれば良いのに。
 上体を起こされている途中で、君の顔が俯いていた筈の私の目に入り込む。
 ……えっ……ちょっと……。
 ただでさえ、恥ずかしいのに唇を奪われ押され、顔を上げさせられてしまった。
「お早う。ずっと待っていたんだよ。」
 相変わらず離してはくれないけれど、起き上がると唇を外し、そう微笑んで迎えてくれる。
「……あれはね、君と僕だよ。あれだけ壊してしまったからね。他はまだ工事中だけど、先に頼んで描いてもらったんだ。」
 と、誇らしげに君は天井を見上げた。
「……私、そういえば……結構、壊してしまったわ。御免なさい。」
 私はこんな由緒ある場所を盛大に壊してしまって、責任など一生をもってしても返せないと、ただ申し訳無く……けれど普通に謝る事しか出来ない。
「ぁはは……僕も盛大に壊しましたから、お気になさらず。参拝客の方々には、龍が天災から護った奇跡の寺って事になってますから。」
 と、君は大した事無いと無邪気に笑うのだ。
「物は云い様……。」
 私も思わず其れには、クスクスと笑った。
「……でも、アレって……。」
 と、私はまた天井を見上げながら呟く。
 ふと視線を戻すと、君は何故だか横を向いている。
 ……何だろう。
 急に……少し、気まづいじゃない……。
 君が笑いを消して押し黙るから、私も思わず押し黙る。

「……そうでした、櫻様っ!」
 沈黙を丁度タイミング良く、竜胆が壊してくれた。
「あっ、有難う。……良かった。」
 私は竜胆から受け取った藤の簪を見て、思わず微笑まずにはいられない。
 こんな繊細な硝子が、荒ぶる龍二匹の騒ぎにも動じず、一片すら欠けずに残っていたのだから。
「……何てしぶといのかしらん?綺麗で繊細な物程、案外図太いものね。」
 と。
「櫻さんにそっくりだ。」
 君はそんな風に云って私を揶揄った。
「云いましたわねっ!叩き斬って差し上げますわっ!……竜胆、私の剣っ!!」
 私は冗談ながらも、やはり何時もある龍の剣が無いのは物足りなく、竜胆に持って来てもらう。
 鞘から剣を真横に抜けば、何時もの白銀の輝きがある。
 髪に違和感を感じて、ふと剣を鏡に己の頭を映す。
 君の手に藤の簪が輝き揺れていた。
 私は剣を戻し瞼をそっと閉じる。
 大好きな君の温かい手が、私の長い髪をゆっくりと包み込んでくれるやうで……。
 耳に響くのは……ころころりと、優しく奏でる変わらない優しさ。

「……ずっと……此処にいてくれませんか?」

「…………はい。」

 其れが古からの、私達の約束。

 ――……指切りげんまん、嘘付いたら針千本飲ます。

 ねぇ?私達の指切り……如何してこんなにも指が離れないのかしらん?
 君は針千本より、厄介な黒龍だと思いませんか?


🔸次の↓「縞瑪瑙(しまめのう)の双龍〜オニキスの番龍〜」 第五章へ↓
(お急ぎ引っ越し中の為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)


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泪澄  黒烏
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。