「黒影紳士」season5-3幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜「砂上の夢」🎩第四章 7欠ける 8風
7欠ける
「……負ける気がしないな。」
黒影は見事な円陣を前に満足そうに見上げた。
「嘘を真実にするなんて……っ!」
犯人は流石に驚きを隠せずにそう言うと、やはり砂に姿を変えると一筋の巻砂を成して、何とか氷の檻を出ようとした。
鸞はそれを追い掛ける様に、円陣から腕を突き出し突風を外の巻砂目掛けて打ち込む。
砂はその度に、離れては集まりを繰り返したが、まだスピードが落ちない。
「案外、タフみたいだよっ。どうすんの!?黒影。」
鸞が攻撃を続けながらも、黒影に聞く。
「……鸞は何処にいるんだ。良く考えろ。如何なる時でも、洞察力と観察力は道を示す。鸞の其れは、確か全体攻撃は出来なかったね。多少、手を貸そう。」
黒影はそう答えると白雪に軽くキスをして、十方位鳳連斬中央……鳳凰の絵が幻炎(燃え移らない幻の炎)に揺れる鳳凰陣の核へ歩み寄る。
サダノブも鳳凰陣に入り、思考能力を使った疲れを癒し始めた。
すると、サダノブが奇妙な事を言ったのだ。
「先輩、疲れ溜まってます?」
と、黒影に聞くので、黒影はまた過労の心配でもしたのかと、
「否、其処まで疲れは溜めていないと思うが……。熟睡もしている。……そう、見えるか?」
と、黒影は自信無く聞いた。
疲れの感じ方は個々に違うが、過労レベルになると本人も気付かない事がある。
過去にも数度過労で倒れた黒影は、正直言って体力よりかは脚力や頭脳勝負に頼っていた節もあるので、気にはしていた。
「……そうは見えないんですけどぉ。〜なぁ〜んかなぁ〜鳳凰陣が弱ってるって言うかぁ。霊水(鳳凰の力の回復。霊水とは甘水の上質な物。富士山等の霊峰にもあり、鳳凰が唯一口にする事が出来る飲み物と謂れる。)ちゃんと飲んでます?」
サダノブはそんな事を言うのだ。
「失礼だな。ちゃんと飲んでいるよ。仕事道具みたいなものだからな。」
黒影はそう言いながらも、鳳凰陣に浮かぶ鳳凰絵図を見詰めた。……何故だ。
中央鳳凰陣から数歩下がり、全体を見渡す。
中央から十方位に伸びる炎の線。
内陣枠……そして一番外側の十方位を囲む円陣。それが外円陣。この総てが揃って、始めて完璧な十方位鳳連斬と言うのだが……。
「吉方位が、崩れている!サダノブ、外円陣だ!数箇所繋がっていないっ!」
黒影は異変に気付いてサダノブに言った。
「何ですって?!」
過去に一度もこんなトラブルは発生した事が無い。
力が円陣から溢れ出てしまっていたなんて。
「この方角……三箇所だ。三方位に異変が生じている!……こんな時にっ!」
黒影は悔しそうに、巻砂を見上げた。
まさか闘っている時にこんな事が起こるとは、幾ら黒影でも想定外である。
「先輩が経を読み間違えたんじゃないんですか?」
と、サダノブは思考読みを終えてすっかり、いつもの暢気な物言いで黒影に聞く。
「そんな訳ないだろう?ただでさえ略した経だと言うのに。違う……分かるんだよ。……何か胸騒ぎがする。」
じっと失われた外円陣の一部を黒影は見詰める。
……結界が……壊れたのか?
主に方位結界は方位を司り祀る神社等に各地にあるが、日本のその結界が壊れると言う事は、災害や何かの力により破壊されたと言う事だ。
一時的に建て替え等でも起こるが、大体は結界を維持する。
だから妙なのだ。三箇所同時に壊れるなど……考えられない。
何か災害だろうかと、黒影は心配した。
「……黒影!早くっ!腕、疲れてきたっ!」
と、鸞が黒影を急かす。
「あ、ああ……。」
黒影は後でその箇所を調査しようと、頭にメモして闘いに気を戻した。
「……まぁ、多少なりは気にはしまい。……蒼炎(そうえん。影に特化した蒼い幻炎)……十方位鳳連斬……解陣!」
黒影は天に手を翳し、蒼炎の十方位鳳連斬をその掌の上に解陣し、展開させた。
「えっ、何それ?足元じゃなくても出るの?!」
鸞は驚いて、片手で軽々と解陣させた黒影を羨ましがって言う。
「……ああ、使い熟せば出来る。イギリスで覚えた。」
と、黒影はさらりと答えるのだ。
鸞は実践経験の余りの違いに、愕然としたのだが、いつか黒影を超えるのならと、その姿を目に焼き付けた。
「鸞は気にする事は無い。……僕の影が特に追跡に特化しているだけだ。鸞には鸞に特化したもので勝負すれば良い。」
黒影は鸞が己を見るそのギラついた瞳に、昔の己が兄の風柳よりも強く成りたかった、若き日を重ねた。
敵わないと知り、別の道を探し……探偵になった。しかし、今は同等に犯人と闘う戦友の様なもの。
立場は変われど、そうなって良かったとさえ思っていたが、鸞の選ぶ道は黒影の知り得る道とは限らない。
ただ言えるのは、そるだけ鸞にも守りたいものが出来たと言う事だと、黒影はその時理解した。
軽いアドバイスをして、黒影は目付きを変える。
殺気を纏い、冷酷なその蒼き炎に身を包む。
人が人を制圧するからには、人として敵にも最大限出来る敬意は払うべきだ。
しかし、それはTime and place(時と場所)で変えなくてはならない。
相手が、味方総てへ蠹害(とがい)、殺意を持つならば……黒影にも守り抜く信念故に、限りなく殺意に似た正義を持つ事もある。
しかし、夢探偵社の鉄の掟……殺さない。戦闘不能までとする概念は被害者遺族からしたら甘いのだ。
けれど探偵は裁く者では無い。
出来る事は、如何にこの被害者の憎悪を、殺さず伝えるか……。
犯罪者の恐怖として君臨する、あの「黒影」の姿が鸞の目に入ってくる。
何時も忙しない、甘えたり我儘社長で優しい心配症の父は其処にはいなかった。
……仕事の時は「黒影」と呼びなさい。
その意味がやっと分かった気がする。
この冷酷な殺意を帯びる「黒影」を、閉ざしてしまわぬ様に……だろう。
「黒影」と呼ばれたその意味を、忘れない為に……。
飢えた深海を揺らぐ様な蒼い炎の瞳は、獲物を見つけ瞬き一つしない。
凝視するその様は、今にも食らいつき離さない獣の様だ。
地獄の蒼い炎とは、まさにこんな炎の事を言うのだろう。
「……何処まで逃げられるか、追い掛けっこだ。……幻影惨刺(げんえいざんし)……発動!」
天に浮いた蒼炎の鳳凰陣に、黒影は掌を一度引き、そう言い放つとニヒルな笑みを浮かべ、掌一つで十方位鳳連斬を動かし、犯人を追う。
鸞は思わずサダノブを見たが、サダノブは何時もの事だから暢気に赤炎(せきえん。通常の十方位鳳連斬。先に広げた方だ。)の鳳凰陣で回復し、のほほんと茶でも啜っているかの様に胡座を掻いて幸せそうである。
黒影の片手に浮かし操作する蒼炎の円陣からは帯びただしい程の無数の影の針がビュンビュンと音を立て、雨の様に巻砂を散り散りにし、追い回す。
その速度は現れは消えるを繰り返して見える程だ。
固まろうとした砂の動きを赦しはしない……固まれば突き刺さる……。
それこそ、声も無いが犯人からしたら地獄からの追跡者とも言えよう。
砂とは言え、元は固まっていた能力者。
必死に避ける疲労と、砂にもその鋭利な針の先が幾分か当たった様で、床にはらはらと砂が落ちているのが見えた。
「……詰まらんな。もう仕舞いか?一瞬でその姿、全部をこの影は捕まえる事も出来る。……良い加減、諦めてまともな交渉の場につけ。」
黒影はそう言うと、
「幻影守護帯(げんえいしゅごたい)……発動!」
と、更なる追い討ちをかけに入る。
先に言った言葉は確かで、幻影守護帯が鳳凰陣から放たれると、針の雨を縫う様に、シュルシュルと影の帯が犯人目掛けてどっと伸びて行く。
まるでその動きは、犯人を掴もうとする真っ黒な千手観音の様だ。
少しでも砂が擦れば巻きつきくるくると戻っては、また違う幻影守護帯が産まれ出でる。
「……ぁはは……。身体、どんどん持って行かれるぞ。全部バラバラに持って行かれたくなければ、5秒だけ待ってやる。此れが最後のチャンスだ。……僕は同じ事を何度も言うのが嫌いなんだよ。……とっとと……交渉の席につけ。」
その声は始めは遊んでいるかの様で、後半は地獄の底から響く地を這う怒りに満ちた低い声だ。
流石の鸞も、此れには我が父ながら多少の恐怖感を感じた。
こんな声で叱られた事はないが、実は何時もは本気で怒っていないだけで、こんな静かに沸々と沸く怒りの殺気を纏うこの声で叱られたら……と思うだけで、たまったものではない。
「大丈夫よ。黒影は鸞が大好きだから、愛情を持って接する相手には、あんな風にならないわ。私にだって一度も無い。鸞にだって無いわ。」
白雪は鸞が少し怖がっている事に気付いて、鸞の横へ行くとそう言って優しく微笑む。
「ほら……だからサダノブだってあんな気を抜いているじゃない。」
と、白雪は更に言った。
確かにサダノブは全く怖くない様だ。鳳凰付きの狛犬だからなのかと鸞は思っていたが、怖がっているどころか、蒼炎の黒影になってから安堵している様にも伺える。
……そっか。赤炎の鳳凰は守りは強いが攻撃に乏しい。
蒼炎の影は攻撃的ではあるが、即死にはならない。
だから安心しているんだ。
鸞はやっと黒影が技を使い分ける理由を理解した。
……あんな風に……使い分けられたら……。
と、いつか己もそうなれるのかと、ぼんやり考える。
「……いーち、にーぃ、さぁーん……。」
黒影は蒼炎の鳳凰陣から手を下ろし、数え始めた。
砂は一瞬でザラザラと床に落ち、一つの塊から元の砂女の姿に戻っていく。
身体の彼方此方の皮膚が削がれた様に鮮血を流している。
「……どう?もう闘う気ない?」
黒影は少しだけ憐れむかの様に、倒れて痛みに蹲る砂女に聞くと、砂女はこくりと無言で頷いた。
「……じゃあ、返してあげる。」
そう言った黒影の瞳は何時もの蒼と赤が入り混じった、紫がかった美しい色に戻っている。
鸞の見慣れた、優しい顔付きの父でもあり黒影の姿が、其処にはあった。
黒影は幻影守護帯から集めたであろう砂をはらはらと、不思議なマジックの様に、突き出した拳からゆっくり一本ずつ指を開き床に落とす。
その砂はゆっくりと、砂女の身体に吸い付いて、傷を消して行った。
「……最初から、そうして頂ければ無駄な手間もなかったのに……。」
そんな事を軽く言いながらも、黒影は影で安楽椅子を形成し、砂女に手を差し伸べる。
「……入りませんわ。私はまだ貴方を信用していない。交渉が成立しても、執行され結果を見るまでは決して貴方を信用等しない!」
と、砂女の最後の意地か強がりだったのか、そう言って差し伸べた黒影の手を払い除け、自らの力で震えを抑えながら立ち上がる。
まぁ、あれだけ冷酷冷徹極まりない黒影を見てしまった後だ。
警戒するのが普通だったとも言えよう。
「そんなに、ご無理をなさらなくても良いのに……。しかし、聡明ではある。僕も同意見ですよ。交渉も契約も執行され果たされなければただの紙切れですからね。しかし、御安心下さい。我が社は其処んとこの信頼ありきで、実績もありますから。」
と、黒影はまた殺され掛かった相手に、交渉となると平然と何も無かったかの様に、営業トークに変わるのだ。
相変わらずの光景だが、多少は他の皆んなが呆れたのは言うまでもない。
「えっと……砂女さんじゃ流石に……ねぇ。……お名前だけでも良いですか?調査員って事は伏せてコードネーム何でしょうねぇ?何方でも構いませんよ。」
黒影の脳内では、犯人を捕まえる事と交渉は全く別物で、それは太い線が間に引かれているのであろう。
「ライア。……嘘を赦さない。だからライアで良いわ。」
と、本名もコードネームでも無い、今思いついた名前をライアは希望した。
「……実際の能力とは少し違うようですが、まぁ……分かれば良いのですよ。連絡手段の際に必要なだけですから。そう言う訳あり依頼も多いので構いません。
……で、ライアさん。僕、さっき気付いたのですが、能力者が増えた原因、既に分かりました。しかし、下調べして其れが正しいと証明出来るまでは、曖昧な報告は出来ません。
この情報、買って頂けませんか。ライアさんでは無く、ライアさんを雇っているお国に是非。
調査だけで日本国内をかなり探さねばならない。更に対処ともなると、恐らく他の国の者では……否、僕の縁故(つて)を使わねばほぼ不可能だ。色良いお返事をお待ちしております。勿論、後で誘拐の罪は償ってもらいますから。」
と、黒影は夢探偵社の名刺を渡す。
「私が戻ってくると、本気で思っているの?」
ライアはまだ黒影に少し憤りを感じてか、睨むとそう言った。
「ぁはは……僕から逃げようなんて、また馬鹿な考えを起こしてるのですか?……忠告しておきます。僕の影に一生魘され追い回されたくなければ、素直に捕まるべきだ。……どうやら僕の情報を完璧に得れる程、御宅のお国は余裕が無かったのか、甘くみたのだか……。
……何処にいても、刑務所でさえも、僕の影は犯罪を赦さず追う。……だから、気を付けろあの「黒い影に」。其れが僕の名「黒影」の意味なのですよ。調べて頂いて構わない。少しは信用出来ましたか。」
黒影はそう笑って答えると、サダノブがタブレットで作成した契約書を確認する。
「……まぁ、簡単で良いだろう。間違いなければ、サインを。」
と、黒影は電子契約書を見せる。
8風
「こんなもので良いの?」
と、ライアは不思議そうに安楽椅子から黒影を見上げ聞いた。
「ええ。必要事項だけで十分。これは仮契約です。何れ必ず本契約したくなりますよ。他社には出来ませんから。
心に例え隠したい事柄があっても、僕は約束を破らないし、安易に約束をしない。
君が嘘を恐れたから、それを見破る能力が持てたと君は勘違いをしている。
口からだけ聞けば嘘も、心に想うものがあるのかも知れない。また逆に心に想うものがあるからこそ、嫌でも嘘を付かねばならない時もある。
君が嘘だと決めつけた物の中には、違う名前が当て嵌まる物も存在したのでは無いかと、僕には思えるのですよ。
「優しさ」……「労り」……「謙虚さ」……「思いやり」……其れ等は時に嘘のふりをする事があります。
理由は誰かを傷付けない為。
君が恐れた嘘……。総てが本物の嘘か、仮面を被っただけの嘘か考え直してみた方が良い。僕が嘘を真実に変えた様に、真実で照らし見ればどんな仮面も剥がれる。
その為の刑期です。君にに必要だからこそ言い渡される物を、君は素直に受け止めるべきだ。
傷ついた者を追う悪趣味では無いのでね。……出来る事ならば、そうして頂きたい。」
黒影は無理矢理引きとめるでも無く、そう言った。
「……幾ら信じても……虚しいだけだわ。」
ライアはそんな言葉を残して、その場から再び砂となり、屋敷の窓から姿を消した。
「先輩、本気で戻ってくるって思ってるんですかー?人が良過ぎですよ。」
と、サダノブは黒影に言う。
「そうだな。御人好しで騙された方が幾分かマシだ。」
黒影はそんな事を言って何を想うのか、ライアの消えた窓を暫し見ていた。
――――――――――
「サダノブ……ちょっと、アポイント取って欲しいんだ。」
黒影はあのキャピキャピメガネ(99%ブルーライトカットの伊達眼鏡。本人は似合わないと思っているが、インテリ風になるので白雪のテンションがあがる事から、サダノブが命名。)を掛けて、自室のメインパソコンを見ながら、サダノブに声を掛ける。
呼ばれて黒影のお気に入りの安楽椅子に、ちゃっかり座っていたサダノブは、慌ててタブレットを取り出し、メールをチェックする。
黒影がパソコン作業をしているのを少しでも邪魔をすると、肘鉄を食らったり八つ当たりされるので、出来るだけ距離を保っていた。
そもそも黒影はパソコンは得意だが、作業するとストレスを溜めやすいのだ。
「寺と神社ばっかり……。」
サダノブは黒影のメインパソコンから受信されたデータのリストを見て思わずそう口にする。
「五龍の居場所だ。其々方角があり結界を守ってくれている。五神獣みたいなものだ。十方位鳳連斬が欠けるのは方角の守りや力を失った時。欠けた方角で言えば、白龍の西、青龍の東、赤龍の南だ。これだけ失えば鳳凰陣が弱るのも当たり前なんだよ。」
と、黒影は言った。
「えっ…今、なんか青龍とか言いませんでした。あの青龍野朗ならピンピンしてるじゃないですか?だから、このリストの連絡先四つしかないんですよねぇ?」
と、サダノブは青龍のザイン(※世界とは同著書、黒影紳士以外のもの。ザインは「Prodigy」では大剣と龍を持つ革命児であり、神(黒影紳士内では創世神の意思を伝えるマザーコアと言う別の生命体)の子である。(また、黒影とは遠い親戚にあたる)と言う男を思い出し、苦虫を噛み潰したような顔をした。
「ああ、そうだ。ザインの青龍は、五神獣でもあり五龍の一つでもある。だから不在な理由は分かるが、方位結界は別に管理されていた筈だ。ザインの自己責任って事で、そっちはザインに直接伝えるよ。まだ本契約もしていないのに、僕らが其処まで出向いてやらんでも良いだろう。」
と、黒影は椅子からゆっくり眼鏡を外して、サダノブに言った。
「えー、彼奴来るんですかぁー?」
サダノブは憤くれてそう言ったが、
「じゃあ、ザインの仕事をタダ働きで請け負うのか?大体なぁ、サダノブはクロセルともザインとも、直ぐに喧嘩になるわ選り好みしているみたいだが、必要だから仕事上付き合う最低限ってものが成ってないんだよ。人に対して好き嫌いがはっきりし過ぎる。」
と、黒影は呆れて注意する。
気に入れば其れこそ忠犬並みに懐くのに、何故一回苦手だと思うとずっと噛み付くか吠えてるかが、黒影にも理解出来ない。
「……そうですかぁー?別に選り好みしてる訳じゃないですよぉ〜。ザインはマンウントとってくるし、クロセルは先輩に過保護で俺の事敵視するんですから、ちゃんと嫌う理由は有ります!……それに、苦手に合わせてストレス溜めるぐらいなら、合う奴といる方が楽だし健康的です。」
サダノブはそんな持論を言い出す。
黒影は其れをきょとんとした目で見ていたが、急に笑い出す。
「ぁはは……其れもサダノブらしいしご尤もだが、営業と社長には向いてなさそうだな。僕も雇われが楽かもなぁ〜。胃潰瘍にならないで済む。」
そんな事を言ってゆったり微笑み背凭れに背を預け、腕を後ろに組み伸びをした。
あの優しい色で部屋を包む、多色のアールヌーボー調の木製窓からの仄かな風が前髪を揺らした。
サダノブもそんな風につられて窓の外をふと見る。
「……先輩は我儘だから、無理ですよ。……其れにしても……現実感無いですね……。」
「……何がだ?」
黒影は腕を下げると、サダノブを見て聞いた。
「……人が兵器になるなんて。」
その言葉に、思わず黒影も窓の外を見た。
何も変わらない景色……日常。
逃げ惑い、闘い合う今日の能力者達の事実を、この長閑な景色はまだ知らない。
「……だから、止めるんだよ。現実味を帯びてしまう前に……。争いとは現実味を帯びてからでは収集がつかなくなる。今ならまだ、この穏やかな景色を変えずに済む。」
能力者を能力者が兵器として奪い合い、それが軈て何も知らない人々の生活を脅かす前に……。
もう歯車は動き出している。
……後、何日……否、後何時間……僕らはこうして何気ない会話をし、仄かな風に気を取られていられるだろうか……。
こんなにも不要な不安等、一秒でも早く消し去ってしまうに越した事は無いのだ。
黒影は無言で立ち上がり、部屋を出ようとする。
「……何処へ行くんですか?」
サダノブがそう聞くと、
「……ザインに現状を伝えてくる。」
振り返り、黒影がそう答えた。
「……先輩?」
サダノブはふと黒影をまた呼び止める。
「何だよ、今度は。」
二度目で少し面倒そうに黒影はまた振り向いた。
「あの……。能力者の増加の答え、何だったんですか?」
と、サダノブは今更聞くのだ。
黒影は溜息を付いたが、サダノブに察して貰おうと思う方が間違いだったと思い直す。
犯人を前に闘う時は其れこそ阿吽の呼吸だが、他に至っては全くだ。
「……調べたら単純だった。能力者の犯罪や人口が多くなった地域の分布図をFBIに問い合わせた。
それと地図を合わせると、やはり思っていた通り、五龍結界が途切れた場所とほぼ一致した。
能力者犯罪が増えたのも、その近辺からだ。
……元からのサダノブの様な遺伝的な先天性能力ではない限り、恐らくはライアの様に、内面的歪みと同調してそれに合った能力が発生する。
そう推測した。
今での突然能力者になった者も大概、内面的歪みとそれに適した能力を持っていたのは僕らも、もう当然分かっている。」
と、黒影はサダノブに今まで対峙した犯人らを、連想させこの推測を立てた理由を述べた。
「……確かに、殆どがそうだったかも……。」
推測域は出ないものの、サダノブも実際にそう感じる。
「龍は「瑞獣」と呼ばれる神聖な生き物として中国から日本へきた。僕の朱雀含む、青龍、白虎、玄武の風水四神獣に、「五行説」が加わったものだ。
龍に色、方角、役割があるのは僕ら四神獣とあまり変わりない。
この「五行思想」とは万物が木、火、土、金、水の元素から成り立つという自然哲学から成り立っている。
まぁ、一気に覚えなくて良い。
つまりは、この五行思想のバランスが崩れ、人体に影響し、特殊な……そう、能力者を創ってしまったって事だよ。
どうせアポイントを取ったら、一箇所ずつ周る。」
と、黒影は麒麟を加えた五神獣ではなく、四神獣と五龍について軽く説明し、此れから調べる予定だとサダノブに伝える。
「頭、割れそう……。」
と、やはり思考能力を使っていないサダノブには難しい話しだった様だ。
「だから直ぐに覚えなくて良いんだよ。五神獣だって、態々お前に先に説明したか?聞くより見るが早し。会えば自ずと覚える。」
黒影は今は気にするなと、そんな頭を抱えるサダノブを見て、相変わらずな奴だと思い、思わず微笑んだ。
「それと……ザインはああ見えて風の龍だ。
赤龍以外は水を扱う。四神獣として力を使うか、五龍として使うかを選べる。
だから、それなりに態度が横柄でも、あれで控えめな方さ。
それに、よく冷静に会話を聞いていれば分かるが、あまり多くを語りたがらない。
だから勘違いされやすいだけだ。サダノブみたいにな。」
と、黒影はザインの事を、そんなに悪い奴ではないと言いたかったのだが、サダノブは口を尖らせ、
「やっぱり先輩、ザインの肩持つんだ。あんなトロいやつの。」
と、黒影に困ったら一番に駆けつけると言っておきながら、いつも国がどうのこうの言って遅い事も、サダノブは気に入らなかった。
「……それは、国王なんだから仕方ないんじゃないか?好きでやっている訳でも無いのに、良くやるよ。」
なんて黒影が頷きながら、立派だとさも言いた気に黒影が言うので、サダノブは益々ザインが気に入らなかった。
「先輩は約束は必ず守るし、守れない約束を軽々しない紳士なのに、守れない約束を平気でする彼奴は気にならないんですか!」
と、これならどうだとサダノブは、黒影の紳士道を引き合いに出して言う。
「……だって……ザインは紳士では無いからな。そりゃ、紳士でそんな事を言っていたら許せんし、手袋を投げるさ。」
黒影はそう何を気にする必要があるのか、理解出来ないとさも言いたそうに、呆れ半分の顔でサダノブに言うのだ。
「あー!気に食わないっ!!じゃあ俺も行きますよ!ザインだけじゃ、先輩に何かあったら守れる気がしない。どうせ、彼奴は口ばかりなのに、先輩騙されてるんですよ。御人好し過ぎるのっ!」
と、サダノブは膨れっ面をするではないか。
「ザインに助けて貰わなくても、何かあったら自分の事ぐらい自分で守るよ!全く馬鹿馬鹿しい……。」
また何方が守る守れないだのの話になりそうで、黒影は呆れてサダノブを置いて自室を出て、階段を降りて行く。
……何で僕の周りはこんなに、良く分からん事で騒々しくなるんだと思いながら、黒影がリビングを覗いた時だった。
「……ああ、黒影!先に珈琲頂いていたよ。ほら、見ろよ。」
と、何と創世神が勝手に上がって、珈琲までちゃっかり出してもらって飲んでいるでは無いか。
……しかも、折角前回私服の紳士らしい服に変えたと言うのに、また黒影紳士用の衣装に姿を戻した様だ。
「何でまた今日はそれなんですか。」
黒影は少しまともになったのに、と言いたいようだ。
そりゃあただでさえ漆黒の翼だけで目立つのに、黒い全身を覆うフード付きマントに、白いペンキで雑に塗り潰した対ペスト用の大きな嘴マスクに、全く目が見えないアンティークゴーグルの出立ちなのだから。
「わぁ!変質者っ!」
降りて来たサダノブも創世神を見るなりそう言った。
「酷いなぁ。ナイーブな心が実に傷付いた。……でも、気になるからそう言うものだよなぁ。苦しゅうない、ちこうよれ。さっさとお座り、わんこ。」
と、創世神は分かりきったサダノブの席を、ビシッと革の材質の手袋で指差した。
「相変わらず、愛情歪みまくりですね。」
と、サダノブは呆れ乍も席に着く。
「……で、だな……今日は勿論、可愛くて可愛くて仕方ない白雪に紫陽花のドレスをプレゼントしにきたのだが、序でにだな……重要な知らせが……。」
と、創世神は揃った所で話し出したが、黒影の視線が一箇所に留まり、ガン見しているのに気付き、止まる。
……しまった!
会話を止めてしまった!
創世神がそう思ったとほぼ同時だった。
「幻影守護帯……発動!!」
黒影がそう席を立ち上がりながら言い放ち、創世神に掌を向けた。
夥しい数の影が帯となり黒影の掌からぶわっと湧くと、一瞬で椅子ごと創世神をぐるぐる巻きにしてしまった。
「……またかぁ〜。」
首から上だけ自由を許された創世神はがっくりと頭(こうべ)を垂れた。
「それはこっちの台詞ですよっ!……白雪、冷やすものと、炎症止めの湿布、あと包帯をくれ。……全く、あれだけ言ったのに、馬鹿も大概にしろっ!そんなもんで僕の目が誤魔化せると思っているのかっ!」
黒影は幻影守護帯から創世神の手だけを掘り出し、革の手袋を剥ぎ取る。
「…………勝手に脱がした。スケベ。」
と、創世神は憤くれて、しょんぼりするが文句は立派に言う。
黒影がシャイだと分かって態と言っているのだから。
🔸次の↓「黒影紳士」season5-3幕 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
お賽銭箱と言う名の実は骸骨の手が出てくるびっくり箱。 著者の執筆の酒代か当てになる。若しくは珈琲代。 なんてなぁ〜要らないよ。大事なお金なんだ。自分の為に投資しなね。 今を良くする為、未来を良くする為に…てな。 如何してもなら、薔薇買って写メって皆で癒されるかな。