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「黒影紳士」season5-4幕〜世界戦線を打ち砕け!編〜「必要とするもの」🎩第四章 7再会 8風
7再会
サダノブは風柳を探してタブレットを見ている。
黒影は、戦況が見えず……ただ、全体の事を考えていた。
「……今、日本の能力者兵はどのくらいだろうか……。佐田 明仁は何時動く……?……そろそろ動いてもおかしくはない。あれだけ結界の破れた場所から増えているんだ。一日……否、一時間単位でどの程度増えるのか、把握しておかねば……。本格的に内乱が始まる期を探っておかないとな。これ以上能力者といちいち対峙している暇はなさそうだ。……それにしても、重力とは……。」
組んだ腕の先の指先をパタパタと落ち着き無くさせ乍ら、黒影は何時もの様に全てを口に出して、やるべき事を頭にメモしているらしい。
サダノブは何時もの事なので気にせず、タブレットを見ているが、穂は二人を見てクスクスと笑い出す。
「喧嘩したと思ったら……直ぐに仲直り。……不思議ですね。」
と、言った。
「でしょう?……でも、喧嘩が大荒れだから、こっちは気が気でないわよ。」
白雪が、世間話をし出す。
まるで、公園で我が子を遊ばせ、其れを見乍ら話す母親同志だ。
「普段のお仕事中のお二人が見えない分、案外私は幸せですね。」
なんて、穂は言った。
時々は仕事が被っても、丁度良い距離だとさも言いた気に。
其れには流石に、サダノブの手が止まる。
密かに黒影に言われたのもあって、良い加減一緒に住まないかと切り出そうと思っていたからだ。
「……どうした?見つかったか?」
急に手を止めたものだから、黒影が風柳が見つかったのかと勘違いして聞く。
「……へっ?あー……えっと、まだ。」
サダノブは声を裏返して答えた。
黒影は考え事をしていたので、白雪と穂の会話は全く耳に届いておらず、首を傾げるだけである。
「あっ!虎っ!」
サダノブが画面に視線を戻すと、一匹の白虎が目に入る。
黒影はそのサダノブの言葉に画面にしがみ付く。
「……これは……。違うっ!白虎幻月だっ!」
黒影は其れを観た途端に叫んだ。
もう一匹の虎の尾が橋の上空から捉えた映像に、僅かに見えたからだ。
「……やはり、あのフラグは……。」
黒影は落胆しきって、そう言った。
体力を削って行くだけの無謀な技に出ている。
やはり、あの胸騒ぎがした時に何を振り切ってでも、行くべきでは無かったのかと……。
――――――――――――――――
龍の結界を破った襲撃者は、三匹の虎を見てもにやりと笑みを浮かべたところで、驚き一つしない。
明らかに能力者と闘い慣れた反応だった。
白虎は威嚇の唸り声を上げ、死角から一体ずつ襲撃者に襲い掛かろうとする。
しかし、襲撃者の近くに行くと、恐らく見えない重力にか捻じ伏せられてしまうのだ。
其の負荷が全く風柳に無い訳では無い。
だが、分散されただけ一度に重力を受け潰されはしない。
ただ……其れはまだ、この襲撃者が本気を出していないに過ぎない。
ただ飛ぶ蠅を払う様に、手を振っただけでこの様なのだ。
徐々に身体を蝕む負荷が、風柳の肩の骨を折る。
「……何が……何がフラグだっ!……そんなものぉおお――っ!!大和魂舐めるなよ――っ!!」
橋の鉄を伝う程、その叫びは凄まじい怒りと共に、地獄から湧き出る様に天を突き抜け消えた。
――――――――――――
「……何故……君が、此処に?」
レオンは夢でも見ているかの様な目で、ある人物を見詰め言った。
空港の雑踏が一瞬にして消えた。
周りの行き交う人々が……止まっている様に感じる。
何故……君だけが、鮮明に目の前に動いて見えるのか……分からない。
「……レオン?」
ジェニファーはレオンに気付いて、足を止めた。
何故、止まってしまったのか分からない。
自分を捨てた男なんて、見ても素知らぬ顔をして歩き過ぎれば良かったのに……。
さぁ……進むのよ、私の靴っ!
過去なんて私から捨てて、前を行くのよっ!
……そう思うのに、足がちっとも動かない……。
何処かで気付いていた。
貴方は何時も嘘を吐く時、耳の裏を軽く掻く癖……。
あの日……別れを告げた貴方の仕草が……忘れられない……。
其れでも、きっとそんなものは捨てられた私が傷付かない為にこぎつけた妄想に過ぎないに違いない。
黙って去ろう……さようなら……想い出。
高過ぎない赤いヒールの靴音が、ロビーにコツコツと……ゆっくりと響き始める。
……何故……他に向かう先が……無いの……。
「ジェニファー!!」
……二度と呼ばれない筈のその声で……その名前を。
何故にその両手は……私を包んだあの日の様に開かれているのでしょう。
……何も分からないの。
……何も分からない私を……砂の様に崩れ落ちそうなこの心を……救って……。
君がいる事が全てで良かった。
何が邪魔しても、それだけで強くなれる気がしたのに。
こんなにも傷付けてしまった僕を、君が許してはくれなくても……。
今だけは……この周りの景色の様に、ずっと君を強く抱きしめたまま……時の中に消え去りたい。
「……ジェニファー、聞いてくれ。僕は君に嘘を……。そう、沢山の嘘をついた。だけど、一番の嘘は……君の事を愛していないなんて。……探していたんだ、能力者兵になっても!どんな酷い任務でも良い……君にまた会えるかも知れないっ。それだけで……生き延びて来た。今も、ある人に助けられて、生きろと言われた時、君の顔が何よりも先に浮かんだ!……許さなくて良い……許さなくて良いから……。」
レオンはジェニファーの肩を両手で持つと、目を見てそう言った。
ジェニファーはその言葉に驚きと動揺を隠せずにいる。
自分を捨てた筈のレオンから、そんな言葉が出るとは思ってもいなかった。
それに、此れもまた心の何処かでそう願ってしまったから、聞こえる幻聴か夢かとさえ感じる。
徐々に此れは夢では無いと気付き始めたのは、レオンの腕が温かくずっと離れはしなかったから。
また嘘だったら……もう、傷付きたくないのに。
其れに……。
「レオン……私は黒影の元に罪を償いに行かなくては行けないの。……貴方の知っている、昔の私とは違うわ。」
悲しそうな顔で涙を浮かべ、最後にせめてと辛いのに優しい微笑みでジェニファーは言った。
そっとレオンから離れ、去ろうとした時だ。
振り向いて一歩を踏み出そうとすると、動けない。
……手が、引かれている事に気付き、レオンを見る。
「君が何をしたか知っている!僕も黒影の元へ行くんだ!僕も罪を償いにっ!もう一人にしないっ……二人で行くんだよ。どんなに離れても、心は変わらないっ。君が忘れても、僕は君を忘れる事は出来ないんだ!」
レオンの縋る様な目から、ジェニファーは目を逸らす事も出来ない。
嘘を憎んでまで……忘れられなかった人……。
「……私は……貴方を許せない。……だけど……忘れる事も出来ない。……分からないの。……分からないのよ。どうしたら良いのかさえ……貴方の前じゃ……。」
そう、迷うジェニファーを見て、レオンはふと風柳の言葉を思い出す。
……行けっ!……何も振り返らず走れっ!……生きるんだ!ただ、我武者羅に生きろっ!!
……俺は人を殺めた。なのに……あの人は生きろと言った。
黒影もジェニファーと会う為に、俺を信じて国へ変えそうとしてくれた。
……ジェニファーがいて、気付いた。
逃げなくて良いんだ。……もう、逃げる必要は無かった。
今を……
「ジェニファー、来てくれっ!君の力が必要なんだ。……これからを、今を二人で生きる為にっ!」
風柳がいなくては……黒影がいなくては……何処に行っても僕らは追われる!
これからを生きる為に、今……今、走るんだ!
レオンはジェニファーの手を握りしめたまま、走り出す。
風柳の元へ再び戻る為に。
――――――――――――――――
息を切らした風柳の背後から忍びよる気配。
殺気だっていた風柳は振り向きもせず、一匹の白虎を飛び掛からせる。
……しかし、その白虎が戻って来ないと知ると、睨みを効かせ振り向いた。
すると、背後には逃した筈のレオンとジェニファーの姿が見えるでは無いか。
白虎はどうやら少し離れた所に、物理並行移動されただけの様だ。
「何故戻って来た!?」
風柳は必死で守ったのにと、レオンを見るなり怒鳴り付けた。
――――――――――――――――
「来た!勝利の女神がっ!」
黒影はジェニファーを連れ、風柳の元へ戻って来たレオンを見て、思わず歓喜して言った。
「完璧だっ!こんな完璧な運命を引き寄せるなんてっ!」
未だ興奮気味に黒影は、部屋を歩き周り落ち着き無くそう、続けるのだ。
まるで、夢でもみた少年の様に目を輝かせて。
軈てその興奮が冷め止むと、狙いを定めた鷹の様に、目をギラつかせニヒルな笑みを浮かべた。
「……そうだ。……良い風が吹いている……。此処からだ。次の一手は僕が手にする……。」
何を確信持ったのか、そう……静かに低い声で言ったのだ。
ルイスは其れを聞き、
「やっと本領発揮だな、黒影。」
と、微笑み羽付き帽の手前をぐっと押さえる様に下ろすと、楽しそうに口元に微笑みを浮かべた。
「何ですか?二人ともニヤニヤと。」
黒影とルイスを見たサダノブが、不気味過ぎると思わずそう言う。
「……策士しか分からん楽しみでも見つけたのだろう?」
と、ザインはルイスのこの様子はきっとそうだと、サダノブに面倒だが教えてやる。
「へぇ……策士の楽しみなんか、俺には永遠に分からなさそうだ。」
サダノブは風柳が心配だったが、黒影がこんなに喜んでいるのだから気にしなくて良いのかと、気を抜いて両手を上げて背を伸ばした。
「それに関してだけは俺も同感だな……。」
ザインは、策士二人に任せて一眠りでもする気か、欠伸を堪える。
其の態度に一文句付けようとサダノブはしたのだが、
「サダノブ、風柳さんはもう大丈夫だ。ジェニファーと約束した、能力者が日本で増加した経緯の報告書を急いで纏めてくれ。風柳さん達が帰って来たら、一度探偵社に戻るぞ。亨さん、随分長居してしまってすみません。助かりました……本当に。」
黒影はサダノブにそう言って、目紛しい黒影達を黙って見ていた伊吹 亨に謝罪と感謝を伝える。
「……何だか全く分かりませんが、鳳凰様は随分お忙しい様ですね。怪我も未だ……ゆっくりされていけば宜しいのに。陽彦の最後の願いまで叶えて下さったんです。感謝したいのは此方の方ですよ。」
と、伊吹 亨は少し去るのが寂しのか、そう悲し気に言った。
「……僕らが癒せる物など、一時に過ぎません。其れこそ、その人が生きた分だけ掛けて、ゆっくり癒しても良いのです。何故、亨さんが苦しいのか……僕の個人的な推測ですが、早く元気にならなくてはならないからじゃないですか?例えば……そう、この赤龍を参拝に来る方々の為にか……励まされて。
余りに早く人に合わせ元気になったと思っても、後から思い出したかの様に悲しみが襲う。逃げても……必ず等しく……悲しみも存在する。特に身近な人の死は。僕は他の聖獣より生死を見届けて今がある。……だが、死の悲しみから完璧に逃れられた者を未だ見た事は無い。逆に悲しみから逃れようとし、人生を狂わせた者の方が多かった。
だから、先日は失礼な言い方をしてしまいましたが……立ち直れなんて言葉を、僕は使いません。
心静かに……見守ってみては如何ですか。向き合うとは、早く忘れる事でも強がる事でも無い。……何も動かず喋らずとも慈しみ、軈て心の平穏が訪れるまで、ただ待っても良いのですよ。……これは、推測では無く、鳳凰からの助言です。」
黒影はそう言うと、「死」と言う話しを物騒でもなく、こんな時に不躾だとも思わせもしない、不思議な程安らいだ声で、微笑んで伊吹 亨の手を取る。
「……等しき悲しみにも、薄れや終わりはある。荒ぶる龍の鎮まりと同じ。」
そう、帽子の横の鍔を軽く持つと、首とクッと横に軽く引き、無邪気な笑みを一瞬浮かべ、庭へ降りて行く。
空を見上げるその姿に、鳳凰の翼が揺れていた。
心地良い風に、流れる様に広がる炎を纏ったロングコートが靡いて……その漆黒の姿を時に揺らぐ命の赤を、儚く輝かせ見せるのだ。
伊吹 亨は食い入る様にその後ろ姿を、瞬きもせずに見詰めていた。
この景色を記憶に焼き付け、悲しみを今度こそ静かに悼む事が出来たならと。
――――――――――――
「この人が俺を助けてくれたんだ。黒影のお兄さんだよ。」
と、レオンは風柳をジェニファーに紹介する。
それだけで、ジェニファーは黒影との約束を思い出す。
たかが口約束、破ってしまえば逃げられたのに、戻ろうと決心し、今……レオンと奇跡的に再会を果たしている。
8風
風柳の様子を見た時、睨みつける先に立つ男が敵だと言う事はジェニファーにも直ぐに分かった。
「一人じゃ駄目でも……二人ならば、より強くなれる!僕らは風柳さんや黒影が切り開く筈の道しか行けない!だから、死んでもらっちゃ、困るんだっ!」
レオンは風柳にそう言った。
風柳は肩を押さえながら、ジェニファーは見た。朦朧としてきた意識に霞んではいたか、誰だか分かると微かな笑みを浮かべた。
「……レオン君、お前さんの彼女は実にこの場に相応しい……勝利の女神だな。フラグを消し飛ばしよった。襲撃者の能力は……重力を自由に変えられる。俺は、女神にバトンタッチして少し休ませてもらうよ。」
風柳は橋桁に寄り掛かり、背中を滑らせ乍ら座った。
ジェニファーは気付いていた。
嘘を許さない私の砂……今は、二人の邪魔を許さない……ちょっと我儘な私の砂……。
ずっと、寂しかった……とても悲しかった……だから、今はほんの少しの我儘なら……許してくれるよね?……黒影。
「……レオン?彼奴なら勝てる。」
ジェニファーは自信を持ってレオンに言った。
「ああ、君は簡単に成し遂げる。俺もいるのだから。」
レオンはジェニファーの片手を取った。
ジェニファーは襲撃者に手を翳し、一気に砂に変えて行く。
襲撃者は身体が動かなくなって、驚いた様だが、やはり初めてこの技に掛かったものは、まさか己が砂になろうとは、想像も出来ないのだ。
河川の風に舞い上がった襲撃者の砂が灰の様に舞い上がる。
「……此れじゃあ、体もバラバラになってしまう……。」
風柳は其れを見て身体を起こそうとし乍ら言った。
「……大丈夫です。逃しはしませんよ。」
風柳にまだ立つなと言うように、手で制止すると、レオンは流れバラバラに成る砂に両手を翳し、宙に動かす。
離れ行く砂を逃さずその両手の先の、中央に並行移動させたのだ。
砂は軈て集まり、パラパラと地面に砂の山を作り上げる。
「……どうしますか、風柳さん。……何かビニールシートみたいな物が無いと、此奴また飛んで行ってしまいますよ。」
そう言って、両手をそのままに振り向き、レオンが笑って話し掛ける。
「……流石に其れは俺がやるか……。行き先は皆んな一緒だな。」
風柳はそう言うと、よっこらしょと立ち上がり、袋でも探しに行く。
途中でジェニファーと目が合った。
「……お帰り、日本へ。……会えて良かったな。」
そう軽く風柳は声を掛けて、歩き去る。
ジェニファーとレオンはまた手を繋ぎ、その風柳の背に深くお辞儀をした。
――――――――――――
「只今、黒影……皆んな。」
風柳が、ジェニファーとレオン、そして何だか分からない重そうな袋を三人で手分けして持ち、先ずは黒影に軽く帰って来た事を告げ、皆んなにも無事を話す。
「風柳さぁんっ!」
黒影は待ちに待っていたので、思わず抱きついて喜ぶが……。
「其れが襲撃者……ですよねぇ?」
と、風柳が手に持っている袋の中身を見て、砂だと分かるとキョトンとした顔をして止まる……。
「あぁ、そうだよ。お土産。」
軽く風柳は頭を掻いて答えた。
「……どうするんです?其奴を戻したら重力攻撃してきますよねぇ?……幾ら風柳さんの管轄で引き取ってもらっても、能力者専用刑務所に、無重力なんて作る莫大な費用出せないんじゃあないんですか?」
と、黒影はどうしたものかと、屈むと袋の中の砂をじっと見る。
「本当はこのまま務所に入れたいところだが、それじゃあ浦島太郎にはなれても、反省にもならんな。」
風柳は全く困った代物だと、そう言って肩を軽く上げて笑ったが、肩の骨の骨折で顔を顰める。
「風柳さん?!……肩……。」
其れに黒影がこんな近くで気付かない訳もなく、あの怪力の風柳が痛がるのだから、只事では無いと直ぐに勘づかれる。
「ザイン、ガードシールド出してくれないか。」
黒影はザインに言った。
「……怪我人の様だな。ついでに黒影も入っておけ。さっきから言おうと思っていたが、背中の傷……全然治ってないじゃないか。」
と、ザインは眉間に皺を寄せて、少し怒っているのかそう言う。
「……ほら、兄弟揃って二人で仲良く入れて貰うのよっ。私だって、二人も治療するんじゃ大変だわ。」
白雪が何時も怪我人の治療はしてくれていたのだが、流石に伊吹 亨邸には酷い怪我人用の治療薬や道具が足りない。一般的な応急セットで足りない方が如何かしているのだが、夢探偵社では其れが当たり前になっている。
「はぁ〜い……。」
しょんぼりしながらも、庭でさっさと大剣を振り下ろし、魔法陣を作り待っているザインの元へ、風柳と黒影は向かった。
半球体のシールドを黒影は中から見上げる。
青白く発光する半透明のシールドから、逢魔時(おうまがとき)の空を見上げる。
「プラネタリウムでも始まるみたいだ。」
と、黒影は帽子を押さえて空を見上げた。
風柳も其れをきいて、
「風流だなぁ〜。」
なんて、怪我も気にせず言うものだからザインは、
「こっちは二人も治療してやってると言うのに……全く呑気な兄弟だ。」
と、呆れた。
闘いのほんの一時……この瞬間……。
昼から夜に変わりゆく、この色彩は二度と同じ物はない。
ザインも思わず大剣に寛ぐ様に、二人と同じ空を見上げる。
長く短い……一瞬の一日を噛み締めていたのだろう。
これから始まる……大きな唸りを、時代とするには未だ悲し過ぎるでは無いか。
縁側で、ジェニファーとレオンも寄り添って、日本のあまりに長閑な庭園を眺める。
また……暫くは会えなくなっても、生きている限り今日の先に繋がって行く。
月がゆうるりと姿を表し、整えられた砂利の波に光を差した。
「……帰るべき場所へ……帰りましょうか。」
黒影はそう言うと、ゆっくりとシールドから出て行く。
途中でザインをちらりと見やり、帽子の先を摘み軽く下ろし微笑んで行った。
軈て一人……また一人と美しき庭園から姿を消した。
静かに……ゆっくりと。
それは、誰もが赤龍の死を悼み、伊吹 亨の寂しさを知っていたからかも知れない。
伊吹 亨が全員が帰った後、静まり帰った庭園を、縁側でぼんやり口にしないお茶を持って眺める。
朧月夜から次第にくっきりと、美しい白い月が見えた。
ふと、今日の風柳の事を思い出すと同時に、他の全員の事を思い出す。
「……陽彦にも、生きている間に会って欲しかった……。」
蟲の様なか細い声で、思わずそんな事を言って視線を下ろす。
「……ただ静かに……」
其処に見た物に、黒影の言葉を思い出していた。
視線の先には光る砂に波打つ、漆黒の影の龍が月明かりに浮かんでいたのだ。
――――――――――――――
翌日、早朝――夢探偵社兼、新風柳邸にて。
黒影は、今回に至っては、やはりマンションを買っていて良かったと思った。
バタバタ出入りされるよりは、ゲストルームを何部屋か用意していたので、プライベートな時間は害されず珍しくぐっすり眠れたからだ。
しかし、此れから調べなくてはならない情報は山程ある。
其れも昨晩、身柄を引き渡す前にジェニファーの祖国との本契約が決まり、今までの情報提供として報告書を上げなくてはならない事。
更には、調査員だったジェニファーからの新情報で、よりこの能力者増加を防ぐのが先決であると判断したからである。
其れには、五龍結界を一刻も早く張り直す必要がある。
ザインとルイスにも滞在してもらったのは、そんな理由だ。
ジェニファーが持って来た情報には、その時いた誰もが顔を青ざめ、未来を悲観せずにはいられなかった。
……日本の能力者兵を危険因子と看做し、今後各国の能力者を集結し、派遣部隊を結成する。……
非公開ではあるが、スイスのジュネーブにて国連(国際連合)で合意し、現在各国の能力者を集めた派遣部隊を創るに躍起になっている様だ。
……世界が……動き出す……
最早、日本の安全神話は崩れ去った……。
「何故だ?!まだ、日本で止められる!その可能性があるのにっ!能力者が……きっ、危険因子だなんてっ……。」
その時、黒影は余りのショックに事務所のデスクを叩く様に大きな音を立てて、両手をつきそう嘆くと俯いていた。
「……誰も好きで……あんな意識も無い兵隊になり下がる事なんて、望んではいないのに……。」
黒影は悔しがり、そんな言葉を吐き捨てる様に言うのだ。
デスクにぽとり、ぽとりと虚しくもその悔しさが落ち、じわりじわりと滲んで行く。
こんな時に限って……佐田 明仁の事が、頭に過ぎる。
この闘いを終わらせる為に、強い思考能力を持った彼は、立ち上がった。
能力者から言語や過去の記憶を抜き取り、次から次へと兵士に変えた、まだ見えぬ首謀者の暗殺の為に。
確かに、それは理に適った一番早く、被害も最小限の考えではある。
だが、黒影は佐田 明仁……サダノブの父に、これ以上罪を重ねて欲しくはなかった。
……彼を頼らなければ……終わらないのか?
否……其れでは駄目なんだ。
殺しを許した時点で僕の何かが……音を立てて崩れ去るだろう。
……己が強くならねば。
……心は簡単に崩れ去る……。
其れが……戦争なんだ。
……けれど、僕は……佐田 明仁……貴方の力を悔しい事に、欲しているではないか。
其れが情けない……妙に苦しい……。
これはもう……僕一人でどうのと言う話しではなくなっているのではないか?
そう思えた頃だ。
「……先輩……今、親父を呼んでいましたね。呼んだら来ますよ、きっと親父。俺より、思考が読めるから。……俺、親父にこれ以上、罪を増やして欲しくないんですよ。穂さんとだって、本当はそろそろ結婚したいと思っているんです。
先輩……缶珈琲、昔よく転がしてくれたじゃないですか。今は持ってないですけど……。」
と、サダノブは隣のデスクからシャープペンシルを一本、俯き続けた黒影に見えるよう、ついた両手の間に転がした。
「……此れは……。」
黒影は、サダノブに昔、……観察力と洞察力で見れば自ずと道は開ける……そう、何度も言って、サダノブの危機に缶珈琲を転がし、サダノブに気付かせた過去を思い出していた。
……僕らの通った道は……間違いなんかじゃなかった。
何故か、そう思えた。
創世神が黒影に贈った一言が再び、鮮明に蘇る……
……孤高であれ……黒影。
決して一人では無い。しかし、考える時は誰しもが一人。
その時……自らの意思を他人に委ねるな。
そう……言いたかったのでは無いかと、黒影は感じた。
「……呼ぶのは簡単だ。縋るのも簡単だ。……だけど、僕はそうしない。……僕の道は洞察力と観察力のみが正しく指し示す、「真実」へと向かっていなくてはならない。
……有難う、サダノブ。踏み間違えるところだった。」
黒影は、サダノブに微笑んだ。
「もう、踏み間違えて落ちるのは御免ですからね。」
と、サダノブも涙顔ながら笑った黒影を見て安堵する。
サダノブは崖から落ちた時、井戸に落ちた時を想起し苦笑う。
「……確かに、あれはもう、僕も御免だよ。」
散々お互い殺し合いにも近い大喧嘩もした仲だ。今更、サダノブは黒影の涙を見ても何も驚かないし、黒影も平気で涙を見せる。
感情なんて、隠さなくても……確かな友情が其処にはあった。
そんな話しがあったから、今日は事件だろうが、何があろうが、ゆっくり朝食を取るのが日課の黒影も、少しだけ早めに朝食を終えた。
サダノブがジェニファーの祖国に情報をリークしている間に、黒影は二階へ上がりFBIに、国連の動きと、日本の能力者兵と、新しく能力者として目覚めた者の、大凡の推定人数を割り出して貰った。
少しでも敵にするかも知れない間柄ならば、情報が欲しい。
日本現在確認出来ている能力者兵約1200人。未確認は規模から言って約600人。現在、結界破損箇所からの反応により、能力を覚醒した者の人数450人。一箇所に付き三時間で一人から二人増加。
此れが、黒影が上げたデータとFBIのデータを駆使して出した数値だ。
「……今いる兵だけて1200人。推定含め1800か……。いちいち相手にしていたらキリが無い。僕は結界を張り直しに掛かります。国連に待つ様に、手を回してくれませんか。」
黒影は、ボスに言ったが、流石に難しい話しなのだろう。
簡単には首を縦には振ってくれなかった。
「……その結界破損による増加の裏がまだ取れていない。
其れを信じるなんて誰も脅威の前では出来ないよ、黒影。君なら探偵だから分かっている筈だ。論より証拠が総て。……其れは結界を張り直す事に成功し、数値化し初めて君が納得出来る答えを得られる……そうじゃないか?」
と、黒影が焦る気持ちはわかるが、納得できるだけの材料が足りないと、残念そうに首を横に振った。
🔸次の↓「黒影紳士」season5-4幕 第五章へ↓(此処からお急ぎ引っ越しの為、校正後日ゆっくりにつき、⚠️誤字脱字オンパレード注意報発令中ですが、この著者読み返さないで筆走らす癖が御座います。気の所為だと思って、面白い間違いなら笑って過ぎて下さい。皆んなそうします。そう言う微笑ましさで出来ている物語で御座います^ ^)
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